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重松清 「ステップ」 感想

重松清さんの「ステップ」を少しずつ読んで読み終えました。
切ない、いとおしい話でした。
僕は所帯を持っていなくて分からない所もあるのでしょうが、
妻に若くして死なれて一人で娘を育てていく若いお父さんの話。
少しうらやましくも感じながらいい話だなと思いながら読みました。
各章でそれぞれお父さんは女性に出会う。
その女性と娘とお父さんの話。それぞれがいい話で各章で僕は涙しながら読みました。
妻の死の悲しみを抱きながら生きていく。
でも出会ったいろいろな人たちに助けられて育てられていく。
そして悲しみやさみしさは消し去ったり、乗り越えたりするのではなく、付き合っていくもの。
悲しみが人を育ててくれると思うようになった。
思い出が大切。
僕もいろいろな人に出会い、育ててもらったのだなと思いながら読みました。
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実家の生活、団地の生活

母は心配かけては悪いと思って内緒にしていて欲しいと言っているので内緒でおねがいします。
母がやっと退院しました。
まあこれからが大変だと思います。
僕は母がまた脳梗塞を起こしたら大変だと思い、
僕が実家に戻って一緒に住もうかと思いました。

今日、仕事の後に実家に寄って昼ごはんを食べながら母といろいろ話をして、
部屋のカーテンを夏用に替えるのを手伝いました。
それだけで母ははあはあ息を切らしていました。なかなか大変です。
あと庭の草取りは暑かったので別の日にすることにしました。
それで母は心配なら毎日夕方4時に電話すると言っていたので、そうすることにしました。

まあ実家に僕が戻らなくても今の団地と実家を間に職場をはさんで行き来すればいいかなと思いました。
幸い僕の住んでいる団地と実家とは自転車で20分位の距離。
一応、実家に近い団地を選んで住んだのが正解でした。
あとは僕は自分の時間が必要だし、ぼーっとして何もしない時間も必要なのだと思います。
母も市役所の人が来るので利用出来るサービスも相談してみると言っていたので、
今も市のヘルパーさんを少し頼んでいるので、上手く利用しながら、
無理しないで長続きさせていこうと思います。
帰りに空を見て晴れ晴れとしました。
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ブルース・スプリングスティーンのファンの集まりに行きました

昨日はブルース・スプリングスティーンのファンの集まりに行きました。
僕の持って行ったニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデンでのライブ・ブルーレイも観てもらいました。
僕が映っている場面、SHERRY DARLINGで僕がブルースに持って行ったボードを見せている所、
ブルースが近づいて来ても握手を求めたりしないでボードに集中していたのがいいと言ってもらえてうれしかったです。
また新たにTHUNDER ROADでも僕の顔が1,2秒間小さく映っている場面も見つけたので観てもらいました。
みなさんに喜んでもらえてうれしかったです。
昨日話していて思ったのですが、僕は昔、西新宿のブート屋で動くブルース・スプリングスティーンの映像を観て
大喜びでビデオを買っていたのから始まり、
ブルースの腕をなでた。柔らかかった。と言って、
そして今回は「BRUCE Please Come to JAPAN」と書いて持って行ったボードをブルースに見せられた。
僕もよくやったと思います。
いろいろな人たちのおかげです。
また、ブルース・スプリングスティーン・ファンの人たちとも知り合えて来た。
ありがたい思いでいっぱいです。
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ブルース・スプリングスティーン Rock In Rio-2016 僕なりの感想

youtubeでBRUCE SPRINGSTEEN & THE E STREET BAND Rock In Rio-2016を観ました。
正直なところ僕はがっかりした。
ロックフェスでの演奏ということもあるだろうが、まとまりが無いというか、
緊張感が無いというか、ブルース・スプリングスティーンのライブ特有の流れが感じられなかった。
僕が今年の1月にThe River Tour 2016を観てきたこともあるだろうが、
あの時のライブはアルバム「THE RIVER」完全再現でもあったのでなおさらなのだろうが、
緊張感が満ち溢れていた。
そして1曲ごとに感情が流れていくのを感じた。
僕はすごく気持ちが動かされたのを覚えている。

僕が今日観たRock In Rioはショー的と言おうか楽しくはあったけれど、
何か物足りないと言うか肝心なものが欠けてしまったと僕は感じた。
いわゆるブルースがノース・カロライナのライブをキャンセルした時の声明で使った表現、
ロック・ショーになってしまったと僕は感じた。
心を動かされるようなものを感じられなかった。
最後の曲「This Hard Land」は沁みたけれどそれだけだった。
ブルースはどうしてしまったのだろう。
僕はThe River Tour 2016はアメリカ数公演で終わりにするべきだったと思う。
もういわゆるライブ・ツアーのコンセプトが無くなってしまったと僕は思う。
Rock In Rioの後の通常公演ではまた戻って来てはいるようだけれど。

ブルース・スプリングスティーンの今までのライブ・ツアーでは、
開始直後からしばらくはタイトにコンセプトを守って行われている。
そして公演回数を続けていくうちに他の曲も演奏し始める。
そして終盤はグレーテスト・ヒット・ライブになる。
僕は聴きたい人気のある曲をいっぱい聴けるのも確かにうれしいけれど、
やはり1本のライブは1曲目から流れて行きコンセプトを伝えながら最後の曲で完成するのが僕は好きだ。
それもあって僕はブルース・スプリングスティーンのライブを出来るだけアメリカの1st legで観ることにしている。
アメリカが好きでヨーロッパには行ったことがないので心配なこともあるけれど。

まあとにかく僕は今のブルース・スプリングスティーンはブレてきているのではと心配です。
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天声人語 ブルース・スプリングスティーン「BORN IN THE U.S.A.」が米大統領選挙に使用された事について

5月10日の朝日新聞朝刊、天声人語でブルース・スプリングスティーン「BORN IN THE U.S.A.」が
当時のレーガン大統領の演説に使われた事について書かれていました。
今行われている米大統領選挙の共和党代表選びでトランプ氏がローリング・ストーンズの曲を
演説会で使用した事にローリング・ストーンズが抗議した話から始まり、
1984年にレーガン大統領が再選を目指してブルース・スプリングスティーンの
「BORN IN THE U.S.A.」を演説で使用したこと、
ブルースがそれに抗議したという記事でした。
この話は熱心なブルース・スプリングスティーンのファンには有名な話なのだけれど、
当時のほとんどの音楽ファンは「BORN IN THE U.S.A.」はアメリカ万歳の曲だと思って聴いていたのだと僕は思います。
本当はベトナム戦争へ行かされた人たちの苦悩、不満、そしてアメリカ社会への反発を訴えた曲なのだけれど。

そしてブルースは誤解された「BORN IN THE U.S.A.」の本当の意味を理解してもらう為に、
それからの半生を費やしてきた。
「The Ghost of Tom Joad Tour」では本来強力なロック・サウンドであるその曲をアコースティック・ギターだけで演奏した。
僕が日本でそのライブを観た時には、そこまでやるか、痛ましくさえ感じた。
僕の近くにいた観客は浪花節だと言っていた。
それでも観客の欧米人らしい観客の一人は立ち上がって拳を挙げて叫んでいた。

正直なところ僕も「BORN IN THE U.S.A.」をアメリカ非難の曲だと頭では分かったつもりでいたけれど、
僕はそれをアメリカにあこがれを持つ気持ちで聴いていた。
かっこいいなと思った。僕にはアメリカは夢の国だった。

実際、当時MTVなどで流された「BORN IN THE U.S.A.」のビデオでは、はためく星条旗をバックにして、
ブルースは拳を挙げて叫んでいた。かっこ良かった。
あの映像を観て"Born in the U.S.A.I was Born in the U.S.A."と歌うバンドの強力な演奏を聴いたら、
愛国歌と思われても仕方ないと僕は思う。
そこが音楽の難しいところ、恐いところなのだと思う。

その後ブルースは歌詞にあるように皮肉にも半生を曲の本来の意味を理解してもらうように”covering up”することとなった。
そしてやっと最近ブルースはこの曲を本来のバンドサウンドで演奏するように成れた。
詳しくは分からないけれどブルースは鬱状態にもなったらしい。
この「BORN IN THE U.S.A.」を誤解された事も少しは影響したのではと僕は思う。
でもブルースはそれで終わりになることなく、周りの人たちのサポートも得て
自分の歌で立ち直った。そしてバンド・サウンドでまた「BORN IN THE U.S.A.」を歌うようになった。
この立ち直ったのも音楽の力なのだと思う。
この話は音楽の持つ強力な力の恐さとともに素晴らしさも語るものなのだと僕は思います。
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アルバム「ネブラスカ」が浸みた日

今までここに書かなかったのですが、いよいよ無理が来たので書きます。
母は大事にしたくないようなので母には内緒でおねがいします。
1か月ぐらい前に母が初期の肺がんの手術をしました。
内視鏡での手術で1週間ぐらいで退院出来るだろうという話でした。
まあ10日位で退院したのですが、その後の検査で再入院。
肺に菌が入って炎症を起こしているということでした。
その菌がなかなか無くならずに3週間入院していたら、
今日、母が脳梗塞になったと連絡が来ました。
仕事を早退して病院にかけつけたら、病院で脳梗塞が起きたのですぐに処置してもらえて、
一応左手も動くし、話も出来ました。手も右手ほど動かなくて話ももごもごしていましたが。
まあついていたと言えばついていたと言うところです。

結局、後手に全てが周っていると感じます。
がんの腫瘍を切除したまでは良かったけれど、細菌に感染。
入院して寝ていて動かないので血栓が出来て脳梗塞。
悪循環のように思います。
まあ命には別状ないようなので良かったです。
これからは一緒に母と病院内を歩こうと思います。
歩いていいのなら先にそう言ってくれれば僕も母を歩かせたのにとも思いますが。
どうも後手に周っています。

職場に自転車を置いてタクシーで病院に行ったので自転車を取りに戻りました。
ひどく疲れたし電車の待ち時間が長くてきつかったのでi podで
ブルース・スプリングスティーンのアルバム「ネブラスカ」を聴きました。
「この世には説明の出来ないことがあるのさ」
このどうにもならないことに無力でいる。
でもそれでも聴いているうちに抵抗している。
そう人の根っこからの力強さみたいなものがあるのだと思いました。
そしてアルバム最後の曲「「reason to believe」「信じる理由」でブルースは
「本当にきつくて絞り切られた時に人は信じる理由を見つける」
と言い切る。
そうなんだ。
僕もここからが真価の見せどころだと思う。
僕もいざとなればもの凄い力を出すのだ。
今までもそうだった。
さあここからだ。
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「心のふれあいフェスティバル」に参加して思ったこと

昨日は千葉の中心地、中央公園で行われた「心のふれあいフェスティバル」に参加した。
仕事を片付けて職場のテロ防災訓練の参加は断ってかけつけた。
昼前に着いて誰か知っている人がいないか探して周った。
僕の目的は今までお世話になった人に会って近況報告をすること。
でも知っている人が本当に誰もいなかった。皆、年配になって現場に出て来なくなったのだろうと思う。世代交代だ。
僕はすごくさみしくなった。
僕の通っている病院の出しているブースに行っても何も話すことがなく、
僕が書いた文章を載せてもらっている文集を5冊買ってそこを離れた。
もう帰ろうと思ったが、あまりにこのままではつらいので、
目に付いた相談コーナーに行って相談をすることにした。

受付で僕の居場所について相談したいと言った。
しばらくして場所が空いたところで面談となった。
僕は障害年金が打ち切られて、仕方ないので仕事を増やした。
その為、病院デイケアに週1回行っていた時間が無くなり卒業となった。
でも仕事がきつくて勤務時間を元に戻した。
だからこのままでは老後は生活保護だ。
そしてもうデイケアも僕が行かなくなってからすっかり雰囲気が変わってしまい、
状態が悪い人が中心の集まりになったと僕は感じてもう僕は戻れないなと思っている。
でも僕の居場所が無い。
更に昔行っていた作業所の悪口まで僕は言い出した。
聞いてくれていた人もそこは話を変えて終わらせようとしていた。

僕もこれは言ってはいけないなと思い、他の話にしようと思った。
そうして僕のお得意の話、ブルース・スプリングスティーン・アドベンチャーの話をした。
その人もブルース・スプリングスティーンを知っていてアルバムも1枚持っていると言っていた。
僕もそれならと自慢話をした。

結局その人は今までいろいろな所に行かれているのですね。無理して方向を変えるよりも、
そのブルース・スプリングスティーンのファンの集まりを大切にしてくださいと言ってくれた。

僕は何となく満足してお礼を言って帰って来た。
そうしたら知り合いと会い、少し話をしてそれから部屋へと帰った。

僕がいつも感じているのは僕は中途半端なのだと思う。
病気も治りかけていて状態もいいので病院デイケアのメンバーとは一緒にいても不満が出て来る。
また仕事をフルタイムでやれるほどではなくて、一般の人の集まりに行っても僕の経験の少なさ、常識の無さに距離を置かれてしまい、
結局一人ぼっちになってしまう。
僕は爬虫類でも鳥でもない「こうもり」なのだ。

部屋に帰って夕方から寝て12時間位眠った。
起きて仕事に行き、残業をして帰って来た。
帰りに自転車に乗っていて空を見たらすごく青かった。
そこで近くの海に寄った。
いつもの海でいつもの場所に座って海を眺めていた。
飛行機が羽田に行くのか、成田の着陸待ちで巡回しているのか飛んでいた。
そうだ。またブルース・スプリングスティーンのライブを観にアメリカに行きたいな。と思った。
そう思っていたら空に飛行機の形をした雲が現れて来た。
そうなんだ僕はブルース・スプリングスティーンの集まりを大切にしようと思う。
そう思いました。

昨日会えなかった人たちもこのブログを見てくれていたらうれしいです。
僕は
Keep Going です。

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ウクレレを始めました

今日からウクレレ教室に通い始めました。
部屋の郵便受けにチラシが入っていて読んでいるうちにやってみたくなりました。
僕はアコースティック・ギターを弾いているけれどなかなか上達しないので、
ウクレレは簡単という文句にひかれました。
実際、弦はギターの6本に比べてウクレレは4本。
弦も強く張っていないので押さえるのが楽です。
それにコードの押さえ方もギターよりも簡単です。
さらに生意気な事を言えば、ギターはどんなに上達してもバンドをやっていた人にはかなわない。
ウクレレなら独自に目立てます。
僕はこれからウクレレ・プレーヤーになります。
牧伸二のように漫談をやったり、やわらかい演奏で癒し系を目指そうと思います。

教室初日の今日はグループ・レッスンのもう一人の人が病院に通院ということで休み。
一人で1時間のグループ・レッスンを受けました。
僕は左手のコードは今の所、問題なく押さえられるのだけど、
右手で弾くリズムが悪くて苦労しました。

ブルース・スプリングスティーン、Eストリート・バンドのギター、スティーヴ・ヴァンンザンドが弾いていたのは、
何だったかなと思い出したのですが、
残念あれはマンドリンでした。
でもユーチューブでThunder Roadのウクレレ演奏もあるので将来は目指したいです。
ウクレレはなかなか奥が深いように思います。
これから練習して上手くなりたいです。
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ブルース・スプリングスティーン「ダークネス・アルバム再現ライブ」DVDをまた観ました

なかなか大変な事があり僕は疲れて来ました。
そういう時に僕はこのダークネス・ボックスセットの2009年ダークネス・アルバム再現ライブのDVDを観る。
1時間以内で手頃だし、僕が初めてブルース・スプリングスティーン、Eストリート・バンドを
間近でライブで観た2009年4月を思い出しながら観られる。
まだクラレンスもいる時だ。
僕はあの時にブルースの腕をなでたのだ。柔らかかったのだ。
達成感に満ちたうれしいライブだった。

今日またDVDであの頃の演奏を観た。
やはり気合が入る。
僕はこのダークネス・アルバム、この頃のライブをブートで聴いて頑張ったのだ。
そして僕はやり残したことをやれたのだ。

アルバム前半で入り込んで来た感情が「プロミスドランド」で吹っ切れて明るくなる。
僕はこの瞬間が好きだ。
でもその後「ファクトリー」で現実を思い出す。
僕もブルーカラー・ワーカーなのだ。
そしてアルバム最後「ダークネス・オン・ジ・エッジ・オブ・タウン」で
ブルースはこの世界で生きていくと宣言して終わる。
本当にもがいているアルバムだ。
僕はまたこのDVDを観て元気が出た。
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