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西加奈子「夜が明ける」を読んでの感想

西加奈子さんの「夜が明ける」を読んでの感想です。
この本では「俺」と「アキ」の二人の出来事を平行して書かれている。
人生、人との出会いだな。人はそれぞれ会った人にも会っていない人にも影響を与え合っている。
みんな過酷な中で一生懸命生きている。僕は読んでいて癒された。

高校時代の思い出が有ったから俺もアキも生きられたのだろう。
それぞれ2人が出会う人にそれぞれ助けられている。もちろん嫌な人にも出会ったけれど。
僕は遠峰さんが素敵だった。「恨んだら負けなんだ」ネガティブなやさしさかなと僕は思った。
人は意識しても意識していなくてもお互い影響していく。

そして俺と森さんが交わす言葉が僕に響いた。僕は森さんが出て来て救われた。
そう。負けていいんだ。堂々と負ければいい。生きているから負けを認める、負ける権利があるのだ。
この本の登場人物はみんな負けちゃいけないと言っていた。でも「助けて」って言えばいいのだ。
そしてお互いが知らずに助け合っていくのだ。
この本は自己責任と言い続ける世の中を批判している。

僕はこの本を移住しようとした北海道浦河のグループホームで読んだ。上手く行かない中で読んだ。僕は結局一時戻って来た。そして団地の部屋で読み終わった。
僕は思う。僕も弱さを出していいのかな。自分の弱さを出そう。僕は浦河で自分の弱さを出さなかった。だからみんなの中に入れなかったのだと思う。
5月にもう一度浦河に行く時は自分の弱さを出そう。
僕は弱さを出す大切さを千葉に戻ってから気が付きました。
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内館牧子「すぐ死ぬんだから」を読んでの感想

内館牧子さん「すぐ死ぬんだから」を読んでの感想です。
僕はこの本を北海道浦河のグループホームで読みました。
上手く行かないきつい状況で読みました。
78才の女性が身なりを気に配り生きている姿、ナチュラルがいいと身なりを放棄した年配の老人を茶化しながら生きているはつらつとした女性が主人公の話でした。
僕はクスクス笑いながら楽しく読みました。この本を読んでつらい日々を楽しく過ごせました。
この本の主題はハナさんが若く生きようと努力する前半の部分だったのかもしれませんが、僕は後半の主人公ハナさんの生き方に勇気をもらいました。
出会ったそれぞれの人から影響を受けて、それを自分の人生に活かしていく。さすがだなと思いました。
どうせ白い箱(棺桶)に最後入るのだから、それまで自分のやりたいことをやろう。チャレンジしようと思いました。
運というのは投げなければやって来る。僕は死ぬまで一生懸命ジタバタしよう。そして白い箱に入るのだ。

僕は残りの一生を北海道浦河で生きる決意で浦河に来た。
でもどうもしっくり来ない。仲間に入れない。グループホームの生活にストレスも感じた。
コロナ感染予防で居場所に集まるののが休止になったので、この機会に僕はいったん地元千葉に帰りました。
4月の後半に千葉での写真展を開いた後にまた浦河に戻るつもりでいます。

僕の残りの人生をどう生きるか?
しばらく千葉でゆっくりしながら考えていきます。

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浦河の6割理論

今日は共同住居の氷割りをした。溶けては凍った硬い氷でなかなか上手く行かなかった。
何とか2人でやった。
やり残した所を塩化カリウムを多めにまいたら上手く溶けて蒸発した。やはり化学の力はすごいと思った。
でも他の箇所は塩化カリウムでなくて黒土をまいたので残っている。おそらくまた凍るだろう。塩化カリウムでなくて土をまくのが良いと強く主張する偉いおばさんがいるので仕方ない。
まあ僕はおばさんが黒土を主張した通用口は凍るだろうけれど、歩道は住居の入口から門の外まで確保出来たので良いとしようと思う。

風呂に入って最近のことを考えた。浦河の6割理論だなと。
相手が言ったこと、やったことに反応しよう。何を考えているか感じているかまで推測しないで。
どうもここ浦河ではそうした方が上手く行きそうだ。シンプルに行こう。
まあいろいろあるけれどいい経験しています。

今日の北海道浦河は明るくなる時間が早くなり光の春を感じました。
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「沈黙」遠藤周作の書評を読んでの感想

「沈黙」遠藤周作を読みました。書評が本に留めてありました。さすが浦河図書館です。
小説発表当時の1966年に書かれた書評を読んで「沈黙」への僕の感じ方が変わって来ました。
僕はロドリゴ神父は完全に敗北した。救われる所は何も無いと小説を読み終わって感じました。
でもその後に書評を読んで僕も考えを整理していたら感想が変わって来ました。
ロドリゴ神父が踏み絵を踏むかという瞬間にそれまでずっと沈黙していたイエスさまがロドリゴの所に現れた。
イエスさまはずっとロドリゴの側に居たのだ。

僕は江戸時代に踏み絵を踏めなくて処刑された信者も多かっただろうけれど、敢えて踏み絵を踏んでそして密かにキリスト教信仰を守った人もいたのではと思うようになりました。
どちらが尊いかでは無くてそういう道を歩んだ人もいたのではないかと思います。
僕のお母さんはしきりに僕に「沈黙」を読むように勧めていた。僕は読まないでお母さんはもう亡くなってしまったけれど、お母さんは踏み絵を踏んで信仰を守る方法を話したかったのかもしれないと僕は今思いました。
お母さんは強制的では無いだろうけれど結婚後キリスト教とは離れた。でもお父さんの死後イエスさまに赦しを求めた。お母さんの側にもイエスさまがずっと居たのかもしれないなと思います。僕はそんな話をお母さんとしたかったです。

それとこの小説が書かれてその直後に書評が書かれた1966年の当時、日本は良くも悪くもあいまいさを好む多様性を認める寛容な国だったのではと僕は思います。
それがここ最近10年で日本はすっかり冷たい国に成ってしまったと僕は感じます。
武士のように切腹しなくても、踏み絵を踏まなくても許される、そんな時代が昭和だったのではと僕は思ったりしました。
僕も踏み絵を踏まずに、でもそれでも信念を持って生きて行く生き方をしてみたいなと思いました。
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