kametaro爺さんのよもやま話(ペイント画を含む)

日常の生活の中で、主に気付いたことやしたことをまとめておきたい。また、ブログにアップしたい

小林喜多二・蟹工船(2/3)・・・・柏シルバーAクラス講義

2009-03-14 06:35:04 | 柏シルバー大学院

1.    小林多喜二は1903年秋田県に生まれる。没落した農家(自作兼小作)。4歳の時、伯父の勧めで小樽に移住。叔父の援助で小樽高等商業学校に入学。学生中に小説クラブに投稿した。志賀直哉の文学に興味を持っていた。

2.    小樽の拓殖銀行に入社。俸給70円。21歳の時、田口タキ(16歳)と出あい。高利貸の借金で見受けをする。結婚は断られ、伊藤ふじと結婚する。この時に、「胸から、胸の奥底から、心臓から、どうしても社会主義にならずにはいられない」(1927年、多喜二よりタキへの手紙)、心境になった。

3.    1928年(昭和3年)、男子普通選挙実施される。日本共産党員を応援して演説。前衛芸術家同盟と日本プロレタリア芸術連盟合同、全日本無産者芸術連盟を結成。小樽運輸労働組合創立。

4.    1929年 本俸百円。日本プロレタリア作家同盟創立。蟹工船完成。拓殖銀行で左遷さる。11月16日拓殖銀行依願退職。

5.    1933年2月20日、築地署特高に逮捕さる。拷問により当日、午後7時45分死去。

検察当局は、死因を心臓麻痺と発表した。死体の解剖を妨害し、通夜、告別式の参列者を検束、火葬場まで警戒を解かなかった。

次回に、面白い多喜二の側面をアップする<o:p></o:p>