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見もの・読みもの日記

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手仕事の魅力/実業美術館(赤瀬川原平、山下裕二)

2008-01-09 23:09:32 | 読んだもの(書籍)
○赤瀬川原平、山下裕二『実業博物館』 文藝春秋 2007.10

 日本美術応援団の本、6冊目。日本美術(2000)→修学旅行(2001)→雪舟(2002)→社会科見学(2003)→観光団(2004)と来て、今度は「実業」である。日本美術と何の関係があるのか?と首をかしげる読者には、南伸坊を加えた巻頭鼎談が、懇切丁寧に答えている。「まるっきり芸術を目的としていない工場とか実業でできたもの」は、時として芸術に等しい感動を生み出す。しかし、それらは、美術のステージに上げてしまえば「死んで腐る」ものでもある。

 山下裕二氏の比喩が上手い。「かつて海中で生まれた生物は、海を出るときその海をコンパクト化して、海水を体内の無数の細胞ポケットに携帯して陸に上がった。それと同じように、日本美術応援団は美術のステージをコンパクト化して体内に格納し、その構えで外に出て、感動を拾い歩くわけである」。

 取り上げられているのは、カメラのコシナ、オリエント時計、自動車メーカーのトヨタとマツダ、日本銀行、国立印刷局、自衛隊基地、交通博物館に野球博物館。いかにも”男の子”好みの施設が並ぶ(けれど、男の子の大好きな時計とカメラの生産主力は女性だというのも面白い)。衝撃的な「博物館網走監獄」の話は、どこかで聞いたと思ったら、2005年の紀伊国屋のトークイベントで聞いたのだった。

 印象的なのは、実業の現場で、著者たちが出会う人々。やっぱり、芸術家や学芸員とはちょっとタイプが違う。すごい技術を淡々と披露して、見学者がおおーっという顔をすると「少しだけニコッとする」。まだ日本には、こういう控えめで誇り高い技術者がいるんだなあ、と嬉しく思った。トヨタは応挙、マツダは光悦という比喩は、両社の特徴をよく捉えていて秀逸。戦艦大和は秘仏である(実用性を超えた、精神性の極地)というのも。

 それから、軍艦は一定年数を経過したら(使えなくなったかどうかとは別に)必ず新しく作り直すことで技術の伝承をはかる。これは、伊勢神宮の式年遷宮の思想と同じだという。オリエント時計では、退職間際の職員と退職した職員を集めて、技術が失われるぎりぎりで、機械式時計を復活させた。一方、お札のデザインを専門とする印刷局の工芸官は、20年に1度、活躍の機会があるかないかの仕事である。マツダでは、他社にないロータリーエンジンを作り続けることが社員の誇りとモチベーションになっている。こうした例を見ていくと、技術の伝承というのは、採算と効率の追究だけでは保たれないものなんだな、ということをしみじみ感じた。
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