見もの・読みもの日記

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美しき世紀末/誌上のユートピア(神奈川近代美術館・葉山)

2008-01-29 23:21:35 | 行ったもの(美術館・見仏)
○神奈川県立近代美術館・葉山館『誌上のユートピア:近代日本の絵画と美術雑誌 1889-1915』

http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/

 プレスリリースによれば、19世紀末から20世紀初頭にかけて(1889-1915)印刷技術の発展を背景に次々と生まれた美術雑誌を紹介し、あわせて同時代の日本美術への影響にも着目する展覧会だという。

 冒頭を飾るのは、世紀末ヨーロッパを彩った美術雑誌の数々。まずは、ドイツのイラスト文芸誌「ユーゲント」(Jugend,1896年創刊)。ずらり並んだ各号の表紙は、黒+2、3色の簡素な色づかいにもかかわらず、変幻自在な芸術性を見せる。1例を挙げれば、画像はこちら。オーストリアの「ヴェル・サクルム」(Ver Sacrum,1898年創刊)は、クリムトを会長とするウィーン分離派の機関誌である。表紙は地色+印刷色の2色構成。正方形に近い版型は、なんとなく和本を思わせる。職人的な生真面目さと大胆な芸術性のブレンド具合は、琳派の造本(光悦謡本とか)を思い出さずにいられない。それから、フランスの風刺雑誌「ココリコ」(Cocorico,1898年創刊)。イギリスの「イエロー・ブック」(The Yellow Book,1894年創刊)は、ビアズリー描く「サロメ」を掲載したことで有名。

 いずれも、「マスプロダクション=読み捨て」を宿命とする「雑誌」とは思えない、宝石のような芸術品である。審美的・象徴的・官能的などの「世紀末芸術」の特色を共有するとともに、各国の個性が感じられて面白い。

 「ユーゲント」の説明プレートにあった「石版」という文字を見て、私は思わずうなずいた。昨年、印刷博物館で行われた『石版印刷の表現力~モード・オブ・ザ・ウォー』という展覧会、さらにその半年ほど前の『ポスターの時代、戦争の表象』というシンポジウムで得た知識によれば、本展が扱う「19世紀末から20世紀初頭」は、まさに石版(石板)印刷が、技術の絶頂に達した時期である。このあと、印刷の主流はオフセットに代わられていく。

 ところで、これらの雑誌は、どのくらい日本国内に所蔵されているのだろう。試みにNACSIS Webcatを引いてみた。英語の「イエロー・ブック」は、そこそこの所蔵館があるが、ドイツ語の「ユーゲント」、フランス語の「ココリコ」はぐっと減る。「ヴェル・サクルム」は「Sacrum」で検索すると1館だけ出てくるのだが…この書誌、誰か訂正してくれないかなあ(涙)。

 それにしても、本の展覧会は悩ましい。あらかじめ主催者が用意した、特定の1ヶ所しか鑑賞することができないからだ。展示ケースの中にじっと横たわった美術雑誌は、ガラスの棺の中の白雪姫を思わせる。ゆすぶって目を覚まさせてこそ、つまり、手の中でページを繰って眺めてこそ、あるべき姿なのではないかと思う。

 後半は、日本の美術作品を展示。杉浦非水、いいなあ~。爆発的にカラフルでモダン。技術的には、石版印刷からオフセットの時代に入っているのだと思う、たぶん。一番好きな三越呉服店のポスターへのリンクを貼っておく。会場には非水の肖像画(油彩)もあって、作品とは全く異なり、職人っぽい、もっさりした風采が微笑ましかった。

 京都・細見美術館の逸品、神坂雪佳の『金魚玉』を見たときは、思わぬところで昔の友人に会ったような懐かしさを感じた。木版画集『百々世草』から、木版画5件、原画22件の一挙展示も嬉しかった。お気に入りは「花さし草」(藤の花で飾られた牛車)と「春の田面」(和菓子のような色彩)である。
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