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柄目木庵

良寛さまに思いをよせながら。

舞子高原にて

2017年06月19日 | 旅行など
 
16日(金)、「国営越後丘陵公園」での撮影の後、「関越道」を「塩沢石打IC」まで走りました。

 以前にも、おじゃましていたのでスイスイと若者のメッカ「舞子高原」に到着。
スキーやスノボーのシーズンには若者天国でしょうね。しかし、この季節、静かなものです。






 ホテルにチェックインしたら、何と受付には行列でした。そして、シニア、シニア。
この季節、ホテルの宿泊客はシニアばかり。この時期、ホテルの経営を支えているのは、我ら年配者なのだと気が付きました。


 温泉も楽しみ、やがて夕食時、ここでもビュッフェ(バイキング)式でした。
こんなところまできて「お刺身」と言うのもなんですが、私の大好物なので余計目にいただきました。
地元「八海山酒蔵の焼酎ハイボール」で乾杯。そして、もう一度温泉入浴、おやすみなさいとなりました。








 朝方、カーテンの隙間から強烈な朝日が差し込んで早々と目が覚めました。


 さてさて、せっかくの「お出かけ」ですから、帰り道はどのようにと考えましたが、近くに「雲洞庵」があることに気づきました。
何度か、おじゃましていましたが、いつも「秋の雲洞庵」でした。「新緑の雲洞庵」はどうでしょうか。写欲がもりもりとなってきました。




金沢へ走る2

2017年06月04日 | 旅行など
 金沢での二日目(5月29日・月)です。ホテルを出て「山側環状線」なるバイパス道路をすいすいと走り「若松橋」まで。
そこから、前日からの金沢大学見学の続きを。兼六園近くの医薬保健キャンパスや大学付属病院などを見学しました。もう立派なものです。




 私たちは何度かの金沢訪問で、まあ定番の観光場所は見学していました。
そこで、「香林坊、近江町市場」などは、通過しながら車の窓からの見学でした。予想以上に人出の多いのにはびっくりです。
北陸新幹線開業で、金沢は今一番にぎわって、元気なんだなと言う感じでした。

 前回の訪問で「金沢駅」前の広場の大きな構造物には、気づいていましたが、まだ直接の見学はしていませんでした。
今回は、駅周辺の駐車場に車を入れて、じっくり見学と言うことにしました。新幹線開業を契機に整備されたのでしょうか。
すごくて素晴らしい構造空間でした。観光都市金沢のシンボル的存在としても立派なものでした。










 一度、ホテルに引き返し休憩してから、孫との約束時間に間に合うように約束場所(若松橋)に向かい、無事に再会、ホテルに招待しました。
この日、ホテルの夕食バイキングの会場は、バス5台くらいでやってきた台湾からの観光客で満席でした。
私たちは、さいわい最上階のラウンジを予約していました。

 わずかな期間ですが、その間にも孫はたくましくなったなあ、などと実感しました。食事もしっかり、話すこともしっかり、
私どももすっかり安心、幸せをかみしめたところでした。名残り惜しみながらも下宿先の近くまで送って、おやすみ、としました。

 さて、翌日は予定外の温泉地(宇奈月温泉)の宿が予約できたので、もう一泊寄り道をして帰ろういということになりました。

金沢へ走る1

2017年06月02日 | 旅行など
今年の「小さなお楽しみ旅」は、どこにしようかね、などと最近話題にしていました。
お互いの予定など考慮すると、日にち確保が可能なのはほんとに限られてしまいます。

 出発は5月28日(日)、何とか宿の予約(2日分)はできたので出発。目指すは「金沢」、なぜか金沢でした。
家内と互いに交代しながらの運転。北陸道「越中境PA]の「鯖汁」もおいしくいただきました。


 走ること300km余りで「金沢森本IC」でおりました。
ナビの設定を「金沢大学」にして走り出しました。目指すところには、すんなりとはいかず、あちこち走り回りようやく「角間キャンパス」に到着できました。
立派過ぎるほどの建築群が広大な丘陵に展開されていました。360度見回しても大学大学でした。


 その後、今日の宿にたどり着きました。
さいわい、この日はホテルも静かで、ゆったりと過ごすことができました。






 遠慮しながらも、孫に電話をしてみました。今宵はすでにお友達との約束があるけど、明晩ならOK,会いたいね、と言うことになりました。
なぜ金沢なのか、自然にそうなっちゃったのですが、やはりこの春、この地に進学して一人生活を始めた孫に会いたい。これが本音でした。

 初日の金沢の夜、温泉のようにはいかないバスタブの利用。近年、温泉地に外国の観光客がひしめくわけが理解できますね。
疲れていたようです。ぐっすり休むことができました。


カタクリの花に魅せられて

2017年04月08日 | 旅行など
 5日の「つづき」です。
思い切って「西生寺」さまの駐車場に、こっそり車を止めさせていただきました。お地蔵様に手を合わせて、お許しをいただきました。

 ここは、多くはないのですが「カタクリの花」が咲いているのです。
傷のない新鮮なお花は、なかなか見つかりませんが、それでも「光を大切に」、いろいろと工夫をして撮影にしばし夢中になれました。














 色違いの「キクザキイチゲ」も美しかったです。
この日は「NIKON1V1]のミラーレスに「105mmのマイクロレンズ」でした。
とてもピント合わせが難しく、ついに「オートフォーカス」の使用となりましたが、体がぐらぐら揺れて厳しいものでした。

春霞にけぶり

2017年04月07日 | 旅行など
 この日(5日)は、午前中に「旧職場のみなさん」と来年の再会を約束して、宿を出発。
寺泊岬の「ホテル飛鳥」に宿泊していた家内と落ち合って、「越後七浦シーサイドライン」をすこし走りました。

 「弥彦スカイライン」への道に入ると、道路脇に「キクザキイチゲ」が群生していました。






 やがて「弥彦山登山」をしようとする人たちの車が道路わきに、大変な数で並び始めました。
私たちは、やがて左手に曲がり「地蔵院」を目指しました。前回3月の時に訪れたときとは違って、春盛りの「地蔵院」でした。




 地蔵院は高台にあります。春霞に文字通りかすむ「寺泊」方面を撮ってきました。

寺泊港にて

2017年04月06日 | 旅行など
 年に一度、かつての同僚だった皆さんとの宿泊懇親会が、今年は長岡市の「寺泊」のしにせ旅館でありました。
10人少しの皆さんですが、私が上から2番目の年かさです。心待ちにしている集まりです。

 夕方、予定より早く到着できたので、目の前の「寺泊港」に行ってみました。
この寺泊港一帯の海岸は、私の「キラキラ輝いていた青春の地」でもありました。海面のキラキラが、思い出を呼び覚ましてくれるようでした。












 私は生まれながらの「遊び人」のようです。
30代の頃のお話です。遊び盛りの若い人たち数人で、「舟づくり」に挑戦しました。幅50cm、長さ4mの船を2艘、耐水ベニヤで作り、双胴船としました。
「三条市の五十嵐川」で進水をしましたが、すぐに改造して「カタマラン式のヨット」、名付けて「アラヨット号」となりました。
ホームポートは、この「寺泊海岸」でした。

 何度も危険な目にもあいました。でも、風で動く、風を読んで帆を操作する。この醍醐味に、はまってしまっていました。
その後、紆余曲折を経て、私は「シングルハンダーのディンギー・ヤマハ・シーホッパー」のオーナーとなりました。
暇さえあれば、寺泊にやってきて「シーホッパー」で海に出ていました。
ハラハラしながらの爽快感、風をはらむと海面を飛んで疾走します。
しかしです。 やがて、私が海で遊んでいる間、家内や母は生きた心地がしなかった、そんなことを知り、私のキラキラも急速にしぼんだのでした。

 今日の寺泊の海の「キラキラ」は、遠い昔の幻を見るような心地がしました。

春の小さな旅3

2017年03月24日 | 旅行など
 今日は冷たい風がびゅーびゅーでした。やはり、まだまだ寒い日ってあるんですよね。

 ところで、この前、紹介した「雪割草」たち、ほかにまだまだハードデスクの中に残されていました。
せっかくなので、もう一度載せることにしました。

 群れて咲いていたり、光の具合が素敵だったり、姿形が「いいね!」なんて、いろいろでした。どの花もぼくには「いいね!」なのでした・








 なんとなく、居場所が悪いような雰囲気で、こっそりと咲いていた「キクザキイチゲ」でしょうか。遠慮しなくていいのにね。


 私たちは、「大崎雪割草園」を後にして走り出しましたが空腹を感じていました。
さいわい古民家風のお食事処を発見。「番屋汁定食」で満腹、あとは、ゆっくり帰路につきました。

春の小さな旅2

2017年03月23日 | 旅行など
 18日(土)、良いお天気に恵まれそうです。今日の道草・寄り道は「柏崎市西山・大崎雪割草の里」でした。
途中の道草もありましたが、まずは「春の妖精たち・雪割草」をたくさん見ることができました。

 丘陵の斜面で日差しを浴びながら、春風に吹かれて震えている可憐な姿。鉢植えでは味わいない姿ですよね。
あのお花も、このお花も、みんなみんな撮ってあげなきゃあ。束の間の輝きです。愛おしさがシャッターを切らせてしまいます。
















 「雪割草の里」到着前の道草でした。
車を走らせながら柏崎から刈羽に入り、原子力発電所を迂回する道路に東京電力のPR館がありました。
そこで、係りの方の熱心なお話やパネルでの説明などを、見たり聞いたりしてみました。
でも原子炉の格納容器の巨大模型をみながら、付随するこれだけの「たこ足配線」に近いパイプ群を見て、
地震では、まず持たないだろうなと直感しました。なによりも核反応を終えた核の廃棄物処理が未解決。
結果として、廃炉なども考えると発電コストが一番高いのが原子力発電ではないのかな、素朴な疑念でしたね。

春の小さな旅1

2017年03月22日 | 旅行など
 この日(17日・金)しかない、そんな中で前々から計画予約などをしていたプチ旅でした。
家内とそのお友達、それにドライバーである私と言うことでした。道草を楽しみましょう、そんな熟女たちの願いでした。

 高速道を「上越IC」で下りて「国道18号線」を妙高方面に走りました。やがて道を外れて到着したのは「えしんの里記念館」。
「親鸞聖人」の銅像があり聖人の奥様である「恵信尼」ゆかりの地「上越市板倉区」になります。


 水盤にうつる上越の山並み、「えしんの里記念館」は「お浄土」をイメージしたものでしょうか。
入館して、まずビデオでしっかり「恵信尼さま」のことを勉強しました。
残された文書、とくに聖人とともに京都で暮らしている娘「覚信尼」にあてた越後からの手紙の数々、筆跡とその内容に感動でした。
まあ、今風に言えば「ゴッドマザー」でしょうか。「恵信尼」あっての「親鸞」であったと思いました。




 隣接して建てられている「こぶしの里・恵信尼さま会館」と「廟所」で、それぞれお参りしました。




 他にも、素敵なことがいくつかあったのですが、今日の道草はここまでとしました。
あらかじめ予約しておいた「夕日の宿、鵜の浜温泉」の宿に到着。女性群は時刻を間違えて見れなかったサンセットでしたが、僕はばっちりでした。


 明日の道草は「雪割草」が咲き乱れているであろう「大崎雪割草の里」です。雪割草の夢でも見ますかね。
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ようやくの初もうで

2017年02月01日 | 旅行など
 
もう2月となってしまいました。
今日は「ホテル飛鳥」からの帰り道「寄り道2」と言うことになります。

 この日(1月28日・土)、せっかく通り抜ける「弥彦村」、「弥彦神社」にお参りもせずに通り抜けるわけにいかないでしょう。
さすが「越後一宮」です。満杯の駐車場にようやく空きをみつけて滑り込みました。
参詣道を逆にとおり、いきなり本宮の横に出ました。懇ろにお参りをすませ、正式な参道をもどりました。








 私たちの、お参りの道順は計算されたものでした。神社の大鳥居の前に、お気に入りのCafeがあることを知っていました。
さっそく上がり込んで2階のいい席をゲット。
小腹の減り具合も、絶妙な具合でした。わたしのオーダーは写真の通りです。甘党の私には言うことなし、でした。




 この後、車はちょっと走るとすぐに「新潟市西蒲区」です。「道の駅・いわむろや」に立ち寄り写真展などを見たり。
ところが会場の一部に囲いを作り「カイロプラクティック」なるものが行われていました。
このような施術を未体験な私は、非常に興味がありました。30分、全身チェック、リーズナブルな料金。体験してみることにしました。

 やがて順番が来て「全身の歪チェック」を受けました。予想していたとはいえ、全身歪だらけの私でした。
車なら廃車寸前の状態に例えられる「わが身のガタ」でした。まあ、承知の上で運転していくほかないでしょうね。

なお、私の写真作品の2月の展示をブログ「柄目木庵・収蔵庫」のほうで紹介しています。
どうぞ、この「柄目木庵」のブックマークから、お入りください。お待ち申し上げています。


国道290やまなみラインを走り

2016年11月19日 | 旅行など
 
思いがけないことで、この15日、私は長岡市の「蓬平温泉」に一泊でした。
何のことはない「家内のアッシーくん」を務めて、私の方はぬくぬくの温泉三昧でした。いい湯でした。

 この日、家内が新卒教員となり、初めて担任をした「山古志のみなさん達」の同級会だったのです。
数年前に還暦を過ぎた立派な面々が「蓬平」に集合したわけです。賑やかに元気な談笑のうちに夜も更けていったようでした。
 
 翌朝、窓の外の秋景色をご馳走に朝食でした。
集まられた皆さんに見おくられて宿を出発、懐かしの「山古志」に向かいました。




 中越地震から、すっかり復興した山古志です。私たち二人は、まず「復興会館おらたる」に向かいました。
そこで、再び「同級生のみなさん」と一緒になりました。ここは、やはり「山古志」の心のよりどころになっているのでしょうね。

 同級生の中には地元写真家の方もおいでになり、その方の作品を「郵便局」や「あまやち会館」などのギャラリーで見て回りました。
さすがに、地元の方ならではの写真作品の数々は「すばらしい!」の一言でした。
私も、ところどころで小さな「ミラーレスカメラ」で、山古志の風景を撮ってみました。






 私たち二人は、以前に「山古志」から小千谷市や長岡市経由で戻ったことがありました。今回は「半蔵金」、栃尾市経由で戻ることにしました。
そして「国道290やまなみライン」を走りましたが、「山並みの紅葉」もそろそろ終わりかな、そんな風情でした。
途中、加茂市の「冬鳥越ガーデン」で一休み、ここで「菊花展」があり、その作品をパチリ。




 なんとか、無事帰り着きました。
このたびの「蓬平温泉」では、卒業生の方と「Facebook」でのお友達になるという、とてもうれしい出会いもあったのですよ。

蓼科からの帰り道2

2016年10月15日 | 旅行など
 「ビーナスライン」を蓼科から、白樺高原へ、そして「白樺湖」周辺へ。「池の平温泉街」では「ニセアカシア」の黄葉がみごとでした。




 一気に駆け上がると「車山の気象レーダー」が見えました。そして「霧ヶ峰高原」にいたり、いくつもの展望駐車場」がありました。
まさに展望台なのです。「八ヶ岳連峰」、「南アルプス」が見えます。
実は、連峰のすそ野から、「富士山」が雲の衣を変化させながら、ずーっと見えていました。興奮の極みでした。




 あまり張り切って撮影していたので、お腹も減っていました。道の駅風の建物に寄り、そこで「おやき と バタじゃが」でお昼としました。
素敵な景色の中で食べると、格別においしいものですね。


 ここで、思わぬハプニングでした。ちょっと道を外れただけの昼食場所だったのに「ナビ」が「リルート」していたことに気づかずに走っていました。
なんと何と、グングン下り結果的に「諏訪湖湖畔経由ビーナスライン」の案内となってしまっていました。

 帰り道の時間を考えると、許される時間も少なくなっています。思い切って、このまま「諏訪IC」に直行の決断をしました。
高速道に乗り、やがて県境が近づいてくると、どんどんお天気模様が妖しくなってきていました。
やがて、新潟県側に入ると、とんでもないドシャブリです。「米山SA」までも降り続いていました。いやはやでした。
「長岡JC」から「新潟中央IC」までは、2車線ともびっしりの車、車でした。なんとか700kmを超える道のりを無事帰り着いて、疲れがどっと出ました。

 また、じきに元気になって、お出かけしたいなあ、まあ、そんなところでしょうね。ありがとうございました。

蓼科からの帰り道1

2016年10月15日 | 旅行など
 
この12日(水)、朝は「ビュッフェ」形式の朝食、こちらですと好きなものを好きなように食べることができるので、僕の好みです。
やはり普段の食習慣で、朝はしっかり「ごはん」です。野菜たっぷり、お肉類は少なめに、コーヒーはお代わり、です。

 たっぷり楽しんだ後は、ベランダに出て周囲の山々を改めて眺めました。
帰り道は、「白駒の池」をとおる「八ヶ岳メルヘン街道」か「ビーナスライン」かでした。
しかし、紅葉いまだ、晴天です。これで「ビーナスライン」と決まりました。何度も走っているのに、やはり選んでしまいました。




 我が車「WISH]のリアーの窓を超広角レンズとして一枚、ホテルの前です。白樺やカラマツの木々がみごとでした。
いよいよ出発。ちょっと下って「ビーナスライン」に戻ります。


 蓼科高原のカラマツ林です。私どもは数年前、この八ヶ岳の反対側「清里」から「小淵沢」までの「黄金のカラマツ林」を走り抜けていました。


 途中「北八ヶ岳ロープウェイ」の駅まで行ってみました。乗車希望の人たちの長蛇の列、それに、その人たちの本格的な登山スタイルをみて、
こりゃあ時間もかかりそうだし、装備も不足を認識させられて、潔く断念しました。


 続きます。

十三夜そして旅

2016年10月13日 | 旅行など
 今宵は「十三夜」とか、夕食後慌てて、とにかく「NIKON1J5]をもって外に出てみました。
手持ちのオートですから、フラッシュは光るし、そこで「Pモード」にしましたが、さすがにブレブレ。結局「オート」での写真となりました。
まん丸ではないけど、ふくよかなお月さま、すてきでした。


 さて、お友達から「会員制リゾート・東急ハーヴェストクラブ・蓼科」への割引宿泊券をいただいていました。
私ども夫婦の共通の「予定のない日」は、この11日(火)と12日(水)だけ。とにかく走りましょう、ということになりました。
交互に運転しながら180km走行で「長野県」になりました。

 長野県も大きな県ですものね。北アルプスをちらちらと眺めながら走り、「諏訪湖」で休憩して「諏訪IC]で高速道を降りました。
一路、蓼科高原方面に走り、標高1,300mを超えて目的地に到着。330kmの走行でした。


 部屋に落ち着くと、さすがに疲れていることに気づきました。ところが、窓からは、目の前に憧れの山並みが雲間から見えたり隠れたりしていました。




 いつか登ろう、いつかなどと思いながらも、もうダメですね。でも目の前に「八ヶ岳連峰」でした。そして南アルプスの山々。


 ちょっと、目を移せば「甲斐駒ケ岳など」です。ロープウェイでしたが「甲斐駒ケ岳」のお花畑までは行ったことがあったのです。


 少しは期待していた「紅葉」は、ほんのちょっぴりでした。


 その夜、ディナーは「イタリアン料理」のコースでした。
久しぶりのウェーターの運んでくれるような料理に、フォークもスプーンも、どうもぎこちなかった。でも、おいしかった!

道の駅南魚沼「雪あかり」

2016年10月05日 | 旅行など
 9月23日「舞子高原ホテル」をチェックアウトして、国道17号線を少し長岡市よりに走ると、
すぐに「道の駅・南魚沼」があります。「道の駅 雪あかり」とも表示されていました。

 なんと、素敵なネーミングでしょう。「雪あかり」を経験して知っている方、その情緒を知っている方、
雪国育ちであるとか、雪国での生活体験のある方ならきっとご理解いただけるはずですよね。

 こちらの食堂で、お昼ご飯を頂きました。セットものでしたが、ご馳走はちょっと味が濃すぎて、しょっぱさが気になりました。
ご飯は大盛りにサービスしておきましたとのこと。ところが、さすが「魚沼産こしひかり」、そのおいしさには脱帽、大盛りを完食でした。

 道の駅の後ろ手に「アートステーション・今泉記念館」なるものがありました。名水コーヒーに惹かれてはいったのですが、
中に入ると「棟方志功展」「ピカソ展」とあるではありませんか。さっそくチケットを購入しました。
キルトの展示を見たりしてから、2階の「棟方志功展」へ。
承知はしていたつもりですが、作品群の圧倒的な迫力に、まさにノックアウトされてしまいました。

「ピカソ展」は、彼の初期の小さな作品(版画)がけっこう多数ありました。若かりし頃のピカソの生活に思いがいきました。
それにしても、ここ南魚沼の地に、これだけの作品を集められていた先人がいた、ということも大きな驚きでした。





 私たちは、ここのカフェで「名水のコーヒー」をいただきながら、リッチなひと時を持てたことの幸せをかみしめていました。


 じつは、この記事を書いているのは、10月5日(水)夜の10時です。
間もなく台風18号による「雨と風」が、新潟市秋葉区に最接近してくるだろうと思いながらのタイピングです。
今朝ほど台風襲来に備えて庭木の手入れと準備もしました。
その時の「ムラサキシキブ」です。


 ちょうど、風の音が急に大きく聞こえてきました。今宵は洋服を着たまま休もうかと思っています。
まあ、明朝には静かな朝を迎えることができるでしょうか。とにかく無事通り過ぎていってくださいね。