先住民族関連ニュース

先住民族関連のニュース

アイヌの伝統工芸品知って 千歳で3月17日展示会

2024-02-28 | アイヌ民族関連

会員限定記事

北海道新聞2024年2月27日 22:43(2月27日 23:09更新)

【千歳】アイヌ民族の伝統的な衣装や民具、アイヌ文様の手芸品などを展示する「アイヌ文化伝統手工芸品展示会」が3月17日、蘭越生活館(新星1)で開かれる。

 市民にアイヌ文化や伝承活動を知ってもらうため、千歳アイヌ協会が開催する。・・・・・

 

 入場無料。事前申し込み不要。午前10時から午後4時。問い合わせは同館、電話0123・23・4964へ。(工藤さえら)

※「チプ」の「プ」、「マレク」の「ク」は、それぞれ小さい字

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/980540/


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アイヌ民族の遺骨、取り扱い方針策定 函館市教委 市立博物館の保管分

2024-02-28 | アイヌ民族関連

会員限定記事

北海道新聞2024年2月27日 21:47(2月27日 22:07更新)

 函館市教委は、市立函館博物館で保管されているアイヌ民族の遺骨の返還手続きなどを定めた、遺骨等の取り扱い方針を策定した。

 関係団体から地域返還の申請を受け付け、返還対象団体と確認した後、団体と協議し引き渡し方法などを決定する。申請がなかったり出土地域が特定できない遺骨などは、同館で保管を継続するか、または国と協議の上、胆振管内白老町の「民族共生象徴空間(ウポポイ)」にある慰霊施設に保管する。

 同博物館では函館市、・・・・・

(千鳥綾香)

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/980485/


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アイヌ文化、今後も継承 白老の山崎さん、文化庁長官表彰を町長に報告

2024-02-28 | アイヌ民族関連

会員限定記事

北海道新聞2024年2月27日 21:45(2月27日 22:12更新)

大塩町長に文化庁長官表彰の報告をした山崎さん

 【白老】本年度の文化庁長官表彰を受けたアイヌ工芸家、山崎シマ子さん(83)が町役場を訪れ、町民初となる受賞の喜びを語った。

 町出身の山崎さんは1986年からアイヌ民族博物館に勤務した後に、98年からアイヌ工芸サークル「テケカラペ」を主宰。現在まで、樹皮の繊維を使うアットゥシ織りやゴザ編みなどを中心に技術伝承に携わってきたことなどが評価された。

 22日に町役場を訪れた山崎さんは・・・・・・

(斎藤雅史)

※「テケカラペ」の「ラ」、「アットゥシ」の「シ」は、それぞれ小さい字

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/980475/


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

全国の学生、アイヌ文化学ぶ 平取で工芸、料理、踊り体験

2024-02-28 | アイヌ民族関連

会員限定記事

北海道新聞2024年2月27日 18:50(2月27日 19:37更新)

工芸家の藤谷さん(右)からアットゥシの織り方を教わる岸本さん

【平取】全国の大学生や大学院生が町内でアイヌ文化を体験する町主催の講座「大地連携ワークショップ」が行われ、学生が地元の人と交流しながら工芸品の作り方や舞踊を学んだ。

 講座は毎年夏と冬の2回実施。今回は12~16日に東京外国語大や京都大などから参加した16人がアイヌ料理を作ったり伝統の踊りを体験したりした。

 15日はアイヌ工芸伝承館ウレシパで、町内工芸家の藤谷るみ子さんら3人からアットゥシ(樹皮の反物)の作り方を教わった。樹皮を割いてよった糸を用い、機織り機で縦糸と横糸を交差させ時間をかけて織り進め、藤谷さんは「この地域で100年以上続く伝統的な織り方」と説明した。

 体験した立命館アジア太平洋大(大分県)1年の岸本 ・・・・・

(杉崎萌)

※「ウレシパ」「アットゥシ」のシは、小さい字

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/980322/


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アイヌ民族とサーミ族に焦点 平取でドキュメンタリー上映会

2024-02-28 | アイヌ民族関連

会員限定記事

北海道新聞2024年2月27日 18:47(2月27日 19:36更新)

上映会の開催に携わった関根さん(左端)、カプフィールさん(右から2人目)ら(参加者提供)

 【平取】沙流川歴史館で北欧の先住民族サーミやアイヌ民族に焦点を当てたドキュメンタリー映像の上映会が行われ、それぞれの文化への理解を深めた。

 二風谷アイヌ文化博物館の主催で17日に実施し、約40人が来場した。

 ノルウェーとスウェーデンの一部の南サーミ地域を研究するノルウェー出身のトム・カプフィールさんが手がけた48分の動画を上映。サーミが自然への感謝の祈りをささげる山や岩を紹介し、サーミの自然保護運動も取り上げた。2022年から撮影が続いている。

 平取町のアイヌ民族の暮らしを記録した映画「Ainu ひと」(溝口尚美監督、2018年)も約1時間上映され、文化継承者の萱野れい子さん、川奈野一信さんらが紹介された。

 上映会は、平取町出身でアイヌ文化普及に取り組む関根摩耶さん(24)・・・・・

(杉崎萌)

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/980321/


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

16~19世紀の「小氷期」、残酷な寒さは世界をどう変えたのか

2024-02-28 | 先住民族関連

戦争や大飢饉、迫害にも影響、一方で新たな商売や「黄金時代」ももたらした

ナショナルジオグラフィック2024.02.28

ベルギー、アントワープ近郊の凍り付いたスヘルデ川。1593年、ルーカス・ファン・ファルケンボルフ作。(PHOTOGRAPH BY INCAMERASTOCK, ALAMY STOCK PHOTO)

 16世紀から19世紀まで、北半球は長く続く厳しい寒さに見舞われた。この期間は「小氷期」と呼ばれているが、その原因は何だったのだろうか。また、どのような影響があり、人々は寒さにどう適応したのか。そして、新たな気候変動の時代に入っている現代の私たちは、そこから何を学ぶことができるのだろうか。

小氷期とは何か、その原因は

 小氷期は、本物の氷河期とは違う。平均気温はおそらく0.5℃低下しただけで、寒さがずっと続いていたわけでもない。米ジョージタウン大学の環境歴史学准教授であるダゴマール・デグルート氏は、「小さな小氷河期」が繰り返し起こっていた時代だったと説明する。

 米航空宇宙局(NASA)の定義によると、小氷期は1550年前後に始まり(一部の研究者はもっと早かったと主張している)、温暖な時期を挟んで寒さのピークが3回、1650年と1770年、1850年に訪れたとされている。

 小氷期がなぜ起こったのかはまだ解明されていないが、太陽活動の低下や火山噴火の増加のほかに、ヨーロッパ人による北米先住民の大量虐殺が原因だという説がある。大量虐殺によって人口が減り、耕作されなくなった農地に代わって森林が拡大し、大気中から約70億トンの炭素を吸収したという。(参考記事:「米先住民の大量死は17世紀の寒冷化に影響した? アマゾンで検証」

 2021年12月15日付けで学術誌「Science Advances」に発表された論文は、逆説的なようだが、1300年代末頃に非常に暖かい海水が熱帯から北に移動したことで、北極圏の氷が北大西洋に流出したことが寒冷化の引き金になったのではないかと推測している。

歴史のいたるところに影響

 小氷期の影響は歴史のいたるところに見ることができるが、どこまでがその影響によるものなのかは専門家の間で意見が異なる。(参考記事:「“17世紀の危機”の原因は小氷期」

 1658年にスウェーデン国王カール10世グスタフの軍隊が、凍り付いた海峡を渡ってデンマークのフュン島に侵攻したことや、1795年にフランス軍が海氷にはまって動けなくなったオランダ艦隊を捕獲したことなどは、確かに寒冷化がなければ起こりえなかっただろう。馬に乗った軍隊が艦隊を捕らえたのは、後にも先にもこれきりだ。

 農作物の不作が続くことによる恐れと不安から、ヨーロッパでは魔女裁判やユダヤ人への迫害が急増した。(参考記事:「魔女狩りの恐ろしい歴史、不当な嫌疑で殺された女性たち」

 さらに中国でも、食料不足によって農民の反乱が増えたことが明王朝崩壊の一因になったという見方がある。グリーンランドでスカンディナビア人の植民地が消滅したのも、気温低下に伴って海と陸の両方で氷が増加したためだろうと推測されている。

 ストラディバリウスのバイオリンが持つ独特の音は、寒さのためにアントニオ・ストラディバリが使用した木材の密度が高くなっていたためであるという説さえある。

 歴史的な出来事だけでなく、小氷期はそれ以上に普通の農民や都市に住む貧困者を苦しめた。人類学者のブライアン・フェイガン氏は、自著『歴史を変えた気候大変動:中世ヨーロッパを襲った小氷河期』(河出書房新社)のなかで、「アルプスの人々は、木の実の殻をひいたものを大麦とオーツ麦の粉に混ぜ合わせてパンを焼いていた」と書いている。

 英ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジのアリエル・ヘッサヨン氏によると、17世紀と18世紀初めに食料危機が深刻化し、1600年代末にはいくつかのヨーロッパの国で大飢饉が起こったという。あまりの厳しさに、1684年の冬、イングランド国王チャールズ2世は国民を助けるための寄付を募り、自らもそれに貢献した。おかげでイングランドは、近隣諸国よりはましな冬を乗り切ることができた。

 それでも、「全国で人が次々に死んでいった。動物、鳥、魚も同様だ。地面が硬くて穴が掘れず、埋葬もできなかった。樹木は割れ、植物は枯れた」と、ヘッサヨン氏はブログに書いている。(参考記事:「アラスカの凍土に眠る血みどろの歴史、貴重な遺物に消失の危機」

寒さに適応して生まれた商売や戦略

 それほど厳しい寒さにあっても、適応した人々がいた。ロンドンでは凍り付いたテムズ川で「氷祭り」が開催された。ホットチョコレートやパイを売る屋台が立ち並び、人々は氷上サッカーをしたり、イヌにクマを攻撃させる「クマいじめ」を見物したり、アーチェリーの腕を競ったりした。

 水上タクシーなど、川が凍り付いて商売ができなくなった人々もいたが、氷祭りで屋台を出すなど別の収入源を確保することで変化に適応していたと、ヘッサヨン氏は言う。「川の上なら賃料を払う必要がありませんから」

 米大陸では、現在のカリフォルニア州に住んでいた先住民モハベ族が、やはり気候の変動を受けて「高度に分散された交易文化を発達させました」と、デグルート氏は言う。また、丈夫な籠や陶器を作ってその中に物資を入れ、長距離を運んだ。「ある地域で食料が不足しても、別の地域との交易でその分を補っていました」

 ネーデルラント連邦共和国(現在のオランダとベルギーの一部)も同じようにして、気候変動に強く多様な交易インフラを構築し、小氷期の最も困難な時期に「黄金時代」を過ごしていた。

 北米ニューイングランドの先住民からなるワバナキ連邦は、寒さと雪を味方につけ、雪靴を履いてイングランド植民地を襲撃した。しかし18世紀前半になると、今度は入植者たちが先住民の技術と知識を取り入れ、雪靴を履いた兵士らがワバナキの狩猟場をパトロールするようになった。

現代人が学べること

 デグルート氏によると、意外にも小氷期に商業が栄え、紛争が減った地域もあったという。それが、北極圏の捕鯨場だ。「寒くなって氷が増えたことでクジラが狭い場所に集中し、捕鯨がしやすくなったのです」。その結果、北極圏の捕鯨をめぐる武力紛争はなくなったという。

 そこには、現代の気候変動に直面する私たちが学ぶべきことがあるかもしれないと氏は続ける。「現代の国家安全保障をめぐる議論では、北極圏で正反対のことが起きると予想されています。北極の氷が解ければ競争が激しくなり、この地域での紛争が増えるというのです」

 各地に甚大な影響をもたらした小氷期だが、その気温の低下の幅は、現在の地球が直面している気温の上昇幅ほど大きくはなかった点を、デグルート氏は強調する。だからこそなおさら、当時のことや、人々がどのように適応していったかを理解することは重要だと、ヘッサヨン氏も言う。

「研究できそうな材料は山のようにあります。そこから、現在の危機にどう立ち向かうかを学べることを期待しています」(参考記事:「気候危機の伝え方は間違っていた? 気温目標ではダメと新提案」

文=KIERAN MULVANEY/訳=荒井ハンナ

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/24/022200108/


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Blackmagic Design導入事例:インディーズ映画「Touch the Water」の場合

2024-02-28 | 先住民族関連

PRONEWS 2024.02.27 

Blackmagic Designによると、インディーズ映画「Touch the Water」がBlackmagic Pocket Cinema Camera 6Kデジタルフィルムカメラで撮影され、編集、カラーグレーディング、VFX、オーディオポストプロダクション・ソフトウェアであるDaVinci Resolve Studioが編集に使用されたという。同作はアメリカ先住民のコミュニティを擁護する作品であり、劇場での公開が継続されるのみならず、米国とカナダの保留地100箇所以上でツアーが予定されている。

同作は、高齢者センターのインターンが、高齢の先住民女性のもう一度、海を見て、実際に海に触りたいという長年の夢を実現させる、という心温まる物語。映像作家のトラビス・ホルト・ハミルトン氏が脚本・監督を手掛け、アメリカ先住民を扱った物語を伝え、その地位を押し上げることを目的としている。

Pocket Cinema Camera 6KでBlackmagic RAWを用いて撮影された同作では、アリゾナ州の灼熱の砂漠とカリフォルニア州のビーチでロケが行われた。

ハミルトン氏は、次のようにコメントしている。

ハミルトン氏:本作では極端な環境での撮影に苦労しました。大部分を夏のアリゾナで撮影したのですが、温度は確実に問題の一つでした。

極度な気温の中で高齢の出演者の撮影を行う際、時間は極めて重要です。このカメラは汎用性と有用性に優れているので、必要なショットをすばやく撮影でき、山火事の煙の注意報が発せられ、何日にもわたって気温が46℃を超える灼熱の中でもカメラが不安定になることはありませんでした。

同様に、海のショットでも活躍してくれました。砂、細かな埃、湿気をものともせずに、撮影に問題が生じることはありませんでした。

同作ではハミルトン氏が、撮影監督、プロデューサー、監督を兼任していたため、カメラは直感的に使えることを重視して選定された。同氏は多くの作業をこなさなければならない中、OSの操作性の高さのおかげで迅速に作業できたという。しかし、同作にとって欠かせない要素となったのは、カメラの画質とラティチュードだった。

ハミルトン氏:少人数で、日中の砂漠の容赦なく燦々と照る太陽光から、最低限の照明しかない夜間の撮影まで、極端な照明条件を扱っていました。低照明条件では、カメラのデュアルネイティブISOに助けられました。

また、ポストプロダクションでDaVinci Resolve Studioを使用したBlackmagic RAWのワークフローを用いていたので、露出不足や露出過多になったショットを簡単に修正できました。

ポストプロダクションにおいて、同氏はカラリストのジェイムズ・アダム氏およびエディターのトーマス・マニング氏と共に、DaVinci Resolve Studioを使用して同時に作業を行った。

ハミルトン氏:DaVinci Resolveのリアルタイム・コラボレーション機能のおかげで、足並みを揃えて作業ができたので時間を節約できました。本作が三分の一ほど完成した時点でプロジェクトをDaVinci Resolveに移行したのですが、すべてが滞りなく進められたので、もっと早く移行すれば良かったと思いました。

本作は、感情面と精神面に強く訴えかけるシンプルな物語を伝え、人々の心と心を繋げたいという思いから制作しました。

ハミルトン氏は、別のプロジェクトにもBlackmagic Designのワークフローを採用している。同氏の制作会社であるHolt Hamilton Filmsは、先日撮影されたドキュメンタリー「Break the Mold – The Zach Bates Story」にPocket Cinema Camera 6Kをメインカメラ、Blackmagic URSA Mini Pro 4.6K G2デジタルフィルムカメラをインタビューに使用した。同作は、自閉症と診断されている19歳のザック・ベイツ氏が20歳の誕生日までに100マイルのウルトラマラソンを走ることを目標に努力する姿を追うもので、ノーザンアリゾナの標高1950mの雪の中で撮影されたが、コンパクトなPocket Cinema Camera 6Kのおかげで、極端な気象条件で臨機応変なラン&ガン撮影が可能になったという。

現在、Holt Hamilton Filmsは次回作の「Finding Hozho」の制作を行っている。同作は中年男性と死期が間近な父親との間の許しあいの心を描いたアメリカ先住民の物語だ。フラッシュバックが多用されている同作では、二種類のルックが採用されており、一つは現在、もう一つは40年前を表現している。ハミルトン氏は、この2つのカラーを用いた物語を作成する上で、これらのカメラとDaVinci Resolve Studioを使用したワークフローは非常に重要な役割を果たしたと語る。

https://jp.pronews.com/news/202402271346472706.html


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

古代ハワイ、神々と共にある暮らし 守護神の化身が子孫を守る 

2024-02-28 | 先住民族関連

日経ビジネス2024.2.28By  Sayuri Roberts

キリスト教が伝来するまでは、先住民たちの多くが多神教・自然崇拝の国だったハワイ。今回は、古代ハワイアンが共通して信仰の対象とした、四大神をはじめとする神々や、人々をより身近な場所から守る神として大切にされていた「アウマクア」、さらに「カプ」と呼ばれるタブー行動の変遷など、ハワイの神々にまつわる歴史をお届けしよう。

世界の始まりをつかさどる神々

神々を表す木像の姿(写真:Island of Hawaii Visitors Bureau 〔IHVB〕 / Tyler Schmitt)

 ハワイ語には文字で記述する術がなかったこともあり*、古代ハワイについての伝承には様々なバージョンが数多く存在する。この世界の始まりについて、ハワイアンの間では、こう伝えられている。

*キリスト教宣教師たちがハワイ語の音にアルファベットを充てた。文字での記述が可能になったのは1822年以降。

 そこにあったのは、真っ暗闇の世界だけだった。その世界に、“父なる空の神ワーケア”によって、光が生み出された。

 目の前に現れた瓢箪(ひょうたん)を拾い上げたワーケアが、その上部を投げ上げた。すると、瓢箪は大空になり、果肉は太陽、月、雲になり、種は星になり、残された瓢箪の下部は大地と海になった。そして“母なる大地の神パパ”がハワイの島々を生んだ――。

 さらに話は続く。

 ワーケアとパパの間には、娘も生まれた。ワーケアは娘との間にも子を授かるが死産となり、その体を土に埋めると、そこからタロイモの茎(ハーロア)が出てきた。第2子が生まれた際に、その子にハーロアと名付け、それがハワイアンの祖となった。

 神話の上では、ハワイアンは神から誕生したとされ、「兄」はタロイモの姿となったということから、タロイモは神聖な植物とされていた。

 そして新たに神々が生まれた。最初に生まれた“創造をつかさどる神カーネ”は、地上に生命をもたらした。さらに、“戦いと労働の神クー”、“農耕と平和をつかさどる神ロノ” “海をつかさどる神カナロア”が続いた。

 カーネ、クー、ロノ、カナロアは「四大神」として知られ、さらにその下に、気性の荒い火山の女神ペレや、対照的な性格の妹ヒイアカ、「低すぎた空を持ち上げた」など、多くの神話が伝わる半神半人のマウイ、火山の女神ペレと対峙し勝利した雪の女神ポリアフなど、無数の神々が誕生している。

続きを読む

日常生活に深く浸透した神々の存在と畏敬の念

この記事は会員登録(無料)で続きをご覧いただけます

https://business.nikkei.com/atcl/plus/00055/021900016/


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

120点を超えるイラストが! 「ゴールデンカムイ展」 来場者1万人突破〈仙台市〉

2024-02-28 | アイヌ民族関連

仙台放送2024.02.27

120点を超えるイラストが! 「ゴールデンカムイ展」 来場者1万人突破〈仙台市〉© 仙台放送

仙台市内で開催中の人気漫画・「ゴールデンカムイ」のイラストなどが楽しめる展覧会の来場者が、2月27日、1万人を突破しました。

宮城野区で開催されている「ゴールデンカムイ展」。ゴールデンカムイは、明治時代の北海道を舞台に、元兵士とアイヌの少女が金塊の争奪戦を繰り広げる人気漫画で、会場には120点を超えるイラストに加え、民具などの関連資料が展示されています。

27日は展覧会の来場者数が1万人を突破し、記念のセレモニーが行われました。

1万人目の来場者・神谷広弥さん

「妻が宮城県出身なので、帰省してたまたま来たら1万人目だったのでびっくりしています」

1万人目の来場者・神谷悠里さん

「アイヌという文化の面でも全然知らなかった世界がいっぱいあって楽しい。次は何か何かというのが魅力です」

ゴールデンカムイの世界が楽しめる、この展覧会は、3月24日までJR仙台駅東口のTFUギャラリーミニモリで開催されています。

https://www.msn.com/ja-jp/news/other/120点を超えるイラストが-ゴールデンカムイ展-来場者1万人突破-仙台市/ar-BB1iXDgE


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする