Rolling Stone 2024/02/24 21:30MAGGIE FRELENG
刑務所から釈放され、審理無効請求の結果を待つオデリア・キュイザンスさんとネリッサ・キュイザンスさん(COURTESY OF ODELIA QUEWEZANCE AND CASSI BLACK ELK)
脆弱な立場の女性が人種差別的な起訴の標的にされるのを防ぐために対策を講じるべき、とピューリッツァー賞受賞者でジャーナリストのマギー・フレラングが本誌に寄稿記事を寄せた。
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2022年2月19日、ノースダコタで暮らす先住民女性カサンドラ・ブラックエルクさん(当時29歳)が目を覚ますと、隣で寝ていた3歳の娘のスターライトちゃんが身動きしていなかった。母親なら誰もが恐れる悪夢だ。だがブラックエルクさんにとっては、ほんの序章に過ぎなかった。
警察は10分もしないうちにブラックエルクさん宅に駆けつけると、彼女を尋問し始め、我が子に危害を加えたいきさつを話せと迫った。誰も娘に危害など加えていません、と彼女は答えた。上の子2人を寝かしつけ、末っ子にミルクを与えてから自分の隣に寝かせました。翌朝6時ごろに目を覚ましたら、娘は冷たくなって身動きしていなかったんです、と。
納得しない警察官はブラックエルクさんをビスマルク警察署に連行した。1回目の事情聴取は苦痛の3時間だった。ブラックエルクさんの話では、警察は彼女を威圧して、誰かがスターライトちゃんに危害を加えたはずだと主張した。現場に駆けつけた警官は医療訓練を受けておらず、遺体の検視結果もまだ行われていなかったにもかかわらず、警察は赤子の身体にあざやキズがあったと告げた。
警察のいうことが信じられなかったブラックエルクさんが検視報告書を見たいと要求したところ、警察からの圧力は余計に増した。スターライトちゃんに危害を加えたことを自白しないと、残る2人の子どもを取り上げるぞと警察は脅した。最終的には弁護士からも、2人の子どもを手元に残しておきたいなら育児放棄の重罪で有罪を認めたほうがいいと勧められた。ブラックエルクさんは司法取引に応じ、懲役5年が言い渡された。
ブラックエルクさんが再三請求したにもかかわらず、スターライトちゃんの検視報告書は見せてもらずにいた。弁護士にも死因報告書を入手するよう何度も頼んだが、無視された。その後の裁判資料によると、弁護士は「後で何とかする」と彼女に伝えていた。
悲しみに沈んだブラックエルクさんは、当局や弁護士から不当な扱いを受けたことで、自分の苦しみを気にする人は誰もいないのだと感じたという。「スターライトがなぜ死んだのか、誰も気にしていなかったと思います」。
ブラックエルクさんの有罪が確定し、刑務所に収監された後、ようやく最終検視報告書が公開された。そこには彼女がさんざん訴えてきたことが結論づけられていた。スターライトちゃんの死因は虐待や育児放棄ではなく、乳児突然死症候群(SIDS)だったのだ。
社会制度や法体系に刷り込まれた組織的人種差別や性差別に直面する先住民女性には、しばしば悲惨な結果が待ち受けている。私もジャーナリストの活動を通じて、またLava for Good配信のpodcast「Wrongful Conviction」の司会者として、こうした危機を何度となく見聞きしてきた。ブラックエルクさんの事件を知ったのもpodcastがきっかけだった。アメリカでは、先住民の女性や少女の殺人事件は他の人種の10倍も多い。連邦司法省研究所の報告書によると、先住民女性は5人に4人、あるいはそれ以上の割合で暴力の被害に遭っている。アメリカインディアン国民会議(NCAI)によると、先住民女性がレイプや性的暴行の被害に遭う確率は他の人種の2倍だ。
人口全体に占める割合はごく少数であるにもかかわらず、カナダやアメリカの女性受刑囚は圧倒的に先住民女性が多く、受刑囚のほぼ半分を占めている。さらに言えば、過去30年間に冤罪が認められた女性のうち約71%は、犯してもいない罪で収監されていた――ブラックエルクさんもその1人だ。
これは制度全体が何世代にもわたって先住民を不当に扱い、苦しめてきたひとつの例に過ぎない。アメリカやカナダでは、今でも「先住民居留地」という形で人種隔離政策が行われている。
居留地が設立された当時、植民地政策を進める国々は力づくで原住民を所有地から追い出し、制限された狭い土地の中だけで暮らすよう強制した。だが先住民は、自分たちが暮らす土地――収入源や自立性の源となる資産――の所有権を認められなかった。こうして財政的権利を奪われた先住民は、他のどの人種よりも貧困率が高くなった(全米平均のほぼ2倍)。
だが、こうした先住民に対する「よそ者扱い」は居留地に限った話ではない。ネイティブアメリカンの若者を家族から引き離し、「寄宿学校」に入れるということが1世紀以上も行われた。こうした学校の目的は強制同化で、子どもたち――最年少はわずか4歳――は生まれた時の名前、長髪、母語や文化を奪われた。
このような寄宿学校で身体的・性的虐待を経験した子どもも多い。1990年代末に最後の寄宿学校が閉鎖されたが、その後アメリカやカナダの寄宿学校周辺では、先住民の子どもの集団墓地が発見されている。
オデリアさんとネリッサさんのキュイザンス姉妹は、カナダのサスカチュワン州にあるソルトー族キースクース・ファーストネーションの出身で、子どもだった70年代と80年代にむりやり寄宿学校に入れられた。幼少期の心理的トラウマで、2人は麻薬や酒に安らぎを求めるようになった。ネリッサさんの場合は身体的な傷も伴った――寄宿学校でひどく殴られたため、脊柱側弯症になってしまったのだ。
キュイザンス姉妹もブラックエルクさんと同じように、自分たちが犯してもいない罪で不当に起訴され、有罪判決を受けたのだ。1993年2月、姉妹は76歳のアンソニー・ドルフさんを殺害した罪で終身刑を言い渡された。
警察は真犯人の正体を知っていたにもかかわらず、オデリアさんとネリッサさんは有罪判決を受けた。警察は姉妹の従兄弟にあたるジェイソン・キーシェイン(当時14歳)の自供を録音していた。キーシェインは証言台でも同じ内容を繰り返した。自供によると、彼は姉妹と外出していたが、ドルフさんが姉妹に言い寄り、ドルフさん宅で一緒に酒を飲んでいたという。
なくなった金が原因でドルフさんと口論になったため、殺害したとキーシェインは自白した。姉妹は殺害に関与していないとも供述した。
この時の供述を録音していたにもかかわらず、警察はキーシェインが姉妹の関与を吐いたと嘘をつき、詰問した。裁判資料によると、拘束時間は司法省の命令で法律上24時間までと決められているが、これに反して姉妹は5日間も留置所に勾留された。尋問に当たった警察官はみな白人男性で、弁護士の同席はなかった。録音機材も準備されたが、警察は事情聴取をうっかり――あるいはあえて――録音していなかった。姉妹は圧力に屈し、アンソニー・ドルフさん殺しの自供調書に署名したという。殺人事件の冤罪の原因で一番多いのが、こうした虚偽の自供だ。
「体格のいい毛むくじゃらの白人男性が姉妹をひっきりなしに留置所から連れ出し、尋問しては勾留し、また尋問するということを何日も繰り返しました」と語るのは、冤罪被害者を救済する団体「イノセント・カナダ」の創設ディレクター、ジェイムズ・ロックイヤー氏だ。有罪判決以降、姉妹の弁護人も務めている。「警察は自分たちの望みをよく分かっていた。自分たちのしていることも承知していた。ドルフ氏殺害につながるようなことを、2人の若い女性に言わせなくてはならなかった……威嚇戦術が行われていたことは疑いようもありません」。
警察が供述内容だと言う書面にもとづき、1年後オデリアさんとネリッサさんは全員白人の陪審員から有罪判決を言い渡された。当局に逆らってはいけないと叩きこまれたキュイザンス姉妹は、裁判でも証言台で警察に反論するのを恐れた。有罪が確定した当時、2人はそれぞれ21歳と18歳だった。その後30年間近く、姉妹は無実を訴え続けた。
ブラックエルクさんも自由への戦いをあきらめなかった。不十分な弁護と検視報告書の結果をふまえ、新たに任命した2人の弁護人と「グレートノース・イノセント・プロジェクト」の手を借りて有罪確定後の救済請求を申し立てた。判事は再審開始までブラックエルクさんを釈放するよう命じた。
2023年1月30日、ボーゲン判事はブラックエルクさんの司法取引取り下げ請求を認めた。そして10カ月後の10月9日、州は公訴無効の手続きを行い、彼女の有罪記録を抹消。翌日ブラックエルクさんは釈放された(ビスマルク警察署はローリングストーン誌に宛てたメールの中で、自分たちの仕事は容疑者を事情聴取するだけで、事情聴取での情報がどう扱われたかを判断するのは刑事司法の役割だと指摘した。「最終的には刑事司法の判断次第です。今回の場合、結果的として公訴無効となりました」(ブラックエルクさんの元弁護人にもコメントを求めたが、返答はなかった)。
キュイザンス姉妹は晴れて釈放されたが、裁判はまだ終わっていない。拘束から30年近く経過した2023年3月、姉妹は条件付きで釈放された。判事は判決文の中で、寄宿学校で2人が過ごした時間やグラデュー公判[訳注:カナダ刑法で、先住民に対する刑事訴訟のこと]の要因(人種差別、身体的虐待、文化および家族との隔絶、麻薬およびアルコール依存症など、先住民が直面する問題)を釈放判決の理由に挙げた。
姉妹は今も裁判無効の審理の結果待ちだ。
こうした事件により、制度的人種差別で先住民が被った損失や悲劇が明るみになる中、変化を求める動きも見られている。アメリカのデブ・ハーランド内務長官は2021年にネイティブアメリカン初の入閣を果たし、歴史に新たな1ページを刻んだ。同じ年、長官はただちに行動を起こし、すべての連邦政府の所有地から先住民女性に対する蔑称「squaw」という名称を削除した。また「インディアン寄宿舎学校連邦対策部」を設置し、旧ネイティブアメリカン寄宿舎学校で行われていた虐待の捜査を開始した。
先住民女性初の連邦下院選挙で当選した議員の1人、シャリース・デイヴィッズ議員も法改正を強く呼びかけた。2020年にはデイヴィッズ議員、ハーランド長官、トム・コール議員、マークウェイン・ムーリン議員が(いずれも連邦政府公認の先住民族)「Not Invisible Act」を提出。未解決のまま放置されがちな先住民女性の失踪・殺害事件への注意喚起を促すこの法案は、4人の尽力で可決された。
ハーランド長官はメリック・ガーランド司法長官の協力のもと専門委員会を立ち上げ、事件被害者や被害者家族向けのリソースの拡大や、ネイティブアメリカンやアラスカ先住民の間に蔓延する失踪、殺人、人身売買の撲滅に当たっている。
支援者や政治家により少しずつ前進が見られたことで、カサンドラ・ブラックエルクさんやキュイザンス姉妹のような事件に希望の光が差し込んでいる。彼女たちをはじめ無数の女性たちの経験は、痛みや不正義まみれだとしても、決して無駄には終わらないだろう。彼女たちの経験により、制度改革が喫緊の課題であることが明るみになった。
政策転換であれ、法改正であれ、冤罪証明であれ、ひとつひとつの前進が未来への1歩となる。将来的には、こうした悲劇も目の前の現実ではなく、歴史的注釈となるだろう。我々に課された義務はこうした事件に関心を払い、先住民に不正義をもたらす制度上の障壁や文化的偏見の排除に奔走する政治家や活動家を支援すること。そうすることで、社会全体が力を合わせ、同じ悲劇を繰り返さないだけでなく、全ての人々、とりわけもっとも虐げられた人々の正義と平等を維持する社会を構築することができるのだ。
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