BBC2022年12月7日

画像提供,GETTY IMAGES
画像説明,議会前で新法案に抗議する人々
インドネシア議会は6日、国内での結婚相手以外との性交渉を犯罪とする刑法改正案を可決した。この法律は、インドネシアに住む外国人や、バリ島などを訪れる外国人観光客などにも適用される。
改正された法律は3年後に施行される予定で、婚外交渉をした場合、最長で1年の禁錮刑となる。
このほか、政治的な自由を制限する法案も可決された。
この法案に反対していた人たちは、人権に対する「大惨事」であり、観光や投資にも影響が出る可能性があると指摘している。
首都ジャカルタの議会前では今週、主に若者のグループが抗議デモを行った。改正法は今後、法廷で争われると見込まれる。
同居や不倫でも禁錮刑
一連の改正は、イスラム教徒が大半を占める同国で宗教保守の台頭を受けたもの。
婚外交渉のほか、結婚していない男女の同居も禁じられた。こちらは最長で禁錮6カ月が科せられる。不倫も禁錮刑になる可能性がある。
婚前交渉はこれまでも違法とされていたが、法律が適用されることはあまりなかった。
以前の法律では、不倫は結婚している男性と妻ではない女性の間のものと定義されていた。しかし改正法では、結婚していないカップルを含め、すべての婚外交渉が禁じられた。刑期も、これまでの9カ月から1年に延ばされた。
この法改正の支持者は、批判的な意見に配慮しながら改正がなされたと指摘する。被告となるカップルの子供、両親、配偶者のいずれかが告発しなければ、検察側は起訴できないとされた。
国民から不安の声
しかし、西ジャワ州デポックに住むムスリム(イスラム教徒)のアジェンさん(28)は、5年間同居しているパートナーとの生活が危険にさらされていると話した。
「どちらかの家族が警察に届け出れば、私たちは2人とも刑務所に入る可能性がある」と、アジャンさんはBBCに話した。
「家族の誰かが私と仲が悪くなって、刑務所に送ってやろうと決めたらどうなるのか」
「同居や婚外交渉は犯罪ではないと思う。イスラム教では罪とされているが、特定の宗教に基づいて刑法を決めるべきではないと思う」
アジャンさんは、2019年に最初のこの法案が提出された際、全国的な抗議デモに参加した。そこでは、「抱き合う権利のために街に出る」と書かれたプラカードを掲げたという。
また、法律の影響を受けない人々も、「自分たちの税金が、誰かがセックスしただけで刑務所に送られるために使われてほしくない」と考え抗議に参加していたと、アジャンさんは話した。
「人々は自分たちの自由が奪われていることに怒っている。インドネシアには貧困や気候変動、汚職などたくさんの問題があるが、問題を解決するのではなく、問題を増やすだけの法案が作られた」
女性や性的少数者への影響
しかし議会は6日、600項目以上でなる法律の改正案を満場一致で可決した。議員らは、オランダによる植民地時代に制定された法律を覆したとして、法案可決を祝った。
ヤソンナ・ラオリー法相は、「今こそ刑法改正の歴史的決断を下し、我々が受け継いだ植民地時代の刑法を捨てる時だ」と述べた。
人権団体は、新たな法案は女性やLGBTQ(性的マイノリティー)の人々、少数民族に不均衡に影響が出ると指摘している。
人権団体ンヒューマン・ライツ・ウオッチのエレイン・ピアソン・アジア代表はBBCに対し、「近代的なイスラム民主主義を掲げる国における大失態だ」と語った。
ジャカルタで活動する同団体のアンドレアス・ハルサノ調査員は、インドネシアには、「特に先住民族や農村部のイスラム教徒」など、特定の宗教儀式で結婚したために結婚証明書を持っていないカップルが何百万組もいると説明。この人たちは理論上は法律違反となるだろうと述べた。
また、性交渉やセックスや恋愛に関して同様の法律がある湾岸諸国の研究では、男性よりも女性の方がこうした道徳的な法律で罰せられ、標的にされていることが分かっていると話した。
冒涜罪なども追加
今回の改正刑法では、宗教を放棄する「背教」を含む6つの冒涜(ぼうとく)罪も制定された。インドネシアでは独立以来初めて、他人を信仰から遠ざかるよう説得することが犯罪となる。
また、新たな名誉毀損条項では、大統領を侮辱したり、国家イデオロギーを批判したりすることも違法とされた。
一方で議員らは、言論の自由と「公共の利益」のために行われる抗議活動については保護策を追加したとしている。
<解説> ジョナサン・ヘッド東南アジア特派員
インドネシアは世俗国家ではない。無神論は受け入れられず、理論上は、特定の6つの宗教のどれかを信仰している必要がある。多宗教国家であるとともに、パンチャシラ(国是)では唯一神への信仰が原則とされている。これは独立前の指導者スカルノが、ムスリムが多数派ではない島国が分裂しないために考案したアイデアだった。
しかし、スカルノの後継者で、イスラム系政治団体を弾圧していたスハルノが失脚すると、イスラム教の価値観をめぐる動きが活発化した。
イスラム教が外部からの影響に脅かされているという意識が生まれ、人口の半数以上が暮らすジャワ島各地では保守的な傾向が強まった。政党はこれに呼応し、道徳を取り締まる法律の強化を要求した。
現職のジョコ・ウィドド大統領は、より柔軟なイスラム教を信奉するジャワ人諸派の出身だが、寛容さやリベラルな価値観よりも、経済発展のレガシーに関心がある。アホック前ジャカルタ州知事を冒涜罪で投獄したように、イスラム強硬派が望むものを与えることにちゅうちょがない。
改正法が施行される頃には、ウィドド大統領は2期目の任期を終えて退任しているだろう。
(英語記事 Indonesia passes law banning sex outside marriage )
https://www.bbc.com/japanese/63869451