ライブドアニュース 2019年1月3日 5時20分 東洋経済オンライン
小学校での英語授業必修化、大学入試英語の変化、そして何よりビジネスのグローバル化で英語教育熱は高まる一方です。海外留学や研修をカリキュラムに組み入れる大学は増えており、まだ日本語もおぼつかない子ども向けの英語塾、親子留学の情報もあふれています。
英語が母国語でない保護者にとって、グローバル社会に適応するため、まずは英語!という気持ちはよく理解できます。小学生の子どもを持つ筆者自身、気になっていろいろ調べたり、先輩ママに話を聞いたりしています。ただ、子どもに身につけてほしいのは、流ちょうな英会話なのか、というと、ちょっと疑問が湧くこともあります。
そんな迷える保護者に知っていただきたいのが、ニュージーランドのセカンダリースクール(日本の中学高校に相当)で行われている教育です。ニュージーランドは「エコノミスト」誌による調査「世界各国の未来に向けた教育」(2017年)では、ニュージーランドは調査対象35カ国中、1位に選ばれている、教育先進国です。
そこでは多文化共生、ICT活用が取り込まれた先進的な内容が自然な感じで提供されていました。都内で開催された高校生向けのニュージーランド体験授業を取材しリポートします。
ニュージーランドを疑似体験
12月15日(土)の午後、東京・青海にあるTokyo Global Gateway(TGG)という英語研修施設の一室に、高校生7名が集まりました。中には新幹線で来た方も。いずれも、ニュージーランドへの留学に関心があります。
講座は3時間半。ガイダンスに続き、ニュージーランドの高校生活で遭遇するシーンを想定した英会話の実践が行われました。TGGは東京都が賃料全額と改修費の一部を補助し、教育系の企業が運営を行う施設で、2018年9月に開設されたものです。特徴は、海外のような空間・施設で実際に英語を使う環境で聞いたり話したりすること。
例えば、学校の学生課やカフェテリアを模した部屋で実際にパンフレットを見ながら相談したり、食べ物を注文したりするアクティビティを体験できます。小中高校の学校単位での利用に加え、週末を中心に個人で参加できるプログラムも。取材で訪れた日は、何人もの小学生が英語で買い物ミッションに挑戦していました。薬局、ファストフード店、病院、飛行機内などの体験ルームで海外生活を擬似体験できます。
一方で、ニュージーランドの授業体験をしていた中高生たちは、日常英会話の練習をした後、ちょっと変わった講義を受けました。
先生が英語ではなくニュージーランド先住民族の言葉、マオリ語で自己紹介を始めたのです。例えば、英語で自己紹介する場合は”My name is……”ですが、マオリ語では”Ko……ahau”と言うそうです。母音を多用するマオリ語は日本語と発音が近いらしく、ローマ字読みでそのまま話せそうです。参加した高校生に配られたレジュメには、英語とマオリ語の語順が書かれていて、しばらく練習するとマオリ語でも簡単な自己紹介ができるようになっていました。
このような内容を教える理由は、ニュージーランドではマオリ語が英語と並ぶ公用語として認められ、学校でマオリ文化が重視されているためです。
ニュージーランドに深く根付くマオリ文化

体験授業をしたチェルシー先生(写真:筆者撮影)
講義をしたチェルシー・ワイアタ・マリー・コラード先生は次のように話します。「ニュージーランドの学校に来ると、マオリ語やマオリ文化に接する機会がたくさんあります。日本の高校生が戸惑わないためには、英会話を練習するだけでなく、留学前にマオリ文化を少しでも知っていてもらうとよいと思います」
チェルシー先生自身、先住民マオリの子孫です。講義の中でもそうした話が出ました。今は教育水準の高いランギトトカレッジ(13~18歳程度が在籍)で社会、歴史、観光業などを教えています。思春期の子どもたちと信頼関係を築くため、フレンドリーにコミュニケーションを取るように心がけているそうです。
マオリの人々はもともと、東ポリネシアの島々に住んでいて、西暦1200年代に船でやってきてニュージーランドに定住したといわれています。当時、ニュージーランドは緑の森林で覆われており、島独特の生態系が発達していました。例えば体長3.6メートルにもなる「モア」という鳥がいました。チェルシー先生は、ディズニー映画「モアナと伝説の海」にも言及、食料を求めて船で旅をしたヒロイン・モアナは、マオリの祖先である、という認識を示しました。
その後、1642年に最初のヨーロッパ人がニュージーランドに到着し、1769年にイングランド人のジェームス・クックが到着すると欧州人が多く移住してくるようになります。
欧州系の白人と先住民の間には緊張関係や争いもありましたが、第二次世界大戦でマオリがニュージーランド軍の一員として活躍したことから、国内での地位が上がったといいます。1987年にマオリ語がニュージーランドの公用語になったことは、多文化共生の基盤を築きました。現在、観光でニュージーランドを訪れる人の多くが、マオリ文化の体験をしています。これは、先住民文化の保護が先住民の人権保障はもちろん、国の経済にも資することを示した事実です。
日本の高校生たちは、チェルシー先生からこうした内容を英語で聞いた後、マオリ語のアルファベットや発音、挨拶を習いました。現在、ニュージーランドの人は日常的にも英語とマオリ語をミックスして使っているそうです。490万人いるニュージーランドの人口のうち、約70%が欧州系。15%がマオリ系、12%がアジア系。少数派とはいえ、かなりの影響力を持ち、共存していることが分かります。
学校だけでなく、国の公式行事にもマオリ文化は欠かせません。東京にあるニュージーランド大使館で9月に開かれた女性参政権125周年を祝うレセプションでは、マオリの装束で歌い、踊る催しがありました。
こうした事実を目にすると、多文化共生がお題目ではなく日常に溶け込んでいる社会の魅力を感じます。確かにニュージーランドに留学するなら、英語準備だけでなく、こうした歴史文化的な背景を知っておくべきといえるでしょう。そしてそれは、ほかの国へ留学する場合も同様です。
講義を見ていてもう1つ、興味深かったのは、ITの活用です。講義の中では、ニュージーランドに関するクイズ(首都、舞台になった映画など)をやっていました。
先生が大きなスクリーンに問題と選択肢を映し出すと、高校生たちは1人1台あるノートパソコン上で回答をクリック。瞬時に集計されて、大型スクリーンに回答分布が映し出される。その後、正解した人やその時点での得点も見られます。
ここには、コンピュータなしでは回らない社会生活を教室にも持ち込むという発想が見えます。先生たちは、学校で不要なものを紙に印刷すると怒られるそうで、このあたりは今も紙の印刷物が多い日本の学校とかなり様子が違います。
「経済的に余裕のある地域では、親が子どもにパソコンやタブレットを買い与え、それを学校に持ってきます。そうでない地域では学校が子どもにICT端末を提供します」(チェルシー先生)
テクノロジーとクリエイティビティを融合した教育プログラムの導入が進んだ結果、英「エコノミスト」誌による調査「世界各国の未来に向けた教育」(2017年)では、ニュージーランドは調査対象35カ国中、1位になりました。評価されたのは「多分野にまたがるスキル」「創造・分析スキル」「起業家精神スキル」「リーダーシップスキル」「デジタル・技術スキル」「グローバル意識と市民教育」の観点からの総合評価です。
また、注目したいのはニュージーランドが男女平等を重視していること。世界で最初に女性参政権が成立した国であり、最近、ジャシンダ・アーダーン首相が産休を取ったことは記憶に新しいでしょう。加えて、ニュージーランドはSTEMと呼ばれる科学・技術・工学・数学分野に占める女子学生比率が37%と世界で2番目に高いそうです。
最後に重要なのは、ニュージーランド国内には小中高校合わせて2500以上の公立学校があり、95%以上の生徒は公立校に通っているという事実です。公教育の質を高めることは、機会均等につながり、高スキルの大人を増やす……。よく耳にする考え方ではありますが、目の当たりにして納得したのでした。
http://news.livedoor.com/article/detail/15822842/