西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

「坂の上の雲」初めて見る。日露開戦、瓜生外吉のこと。

2010-12-19 | 金沢の思い出
今夕、テレビで初めて「坂の上の雲」を見た。司馬遼太郎原作のテレビ化である。司馬遼太郎は生前、このテレビ化に同意を与えなかったという。日本に変な国家主義が又芽生えないかと恐れたためであるようだ。

しかし、NHKはあえて映像化に踏み切ったのである。このNHKドラマについて、既に中塚 明/安川寿之介/醍醐 聰著『「坂の上の雲」の歴史認識を問う』(高文研刊)という優れた批判書がある。だから、一歩退いて冷静に見ることができる。勿論「娯楽」の要素もあるので、それはそれとして楽しめる。

今日は、ついに日露開戦になるまでを描いていた。明治天皇、伊藤博文、山本権兵衛、山形有朋、大山 巌、小村寿太郎、東郷平八郎などの歴史的人物が出てくる。

日露戦争でフト思い出したのは、遠い親戚だった瓜生外吉のことである。私の祖父・瓜生余所吉の又従兄だった。彼は、加賀藩の支藩であった大聖寺藩士の出、明治に入りアメリカのアナポリス海軍士官学校に留学、帰国して帝国海軍の将校となった。日露戦争では、第二艦隊第四戦隊長(中将)だった。開戦の仁川沖海戦で活躍、以後、大将、佐世保鎮守府長官、横須賀鎮守府長官を歴任、最後は男爵、70歳で予備役、80歳で亡くなった。祖父共々、私が生まれる前に亡くなった。

私の金沢の家の座敷には東郷平八郎元帥の像が額でかかっていた。これは、誰か、大学に行く頃にようやく分かった。父も戦前、陸軍にはいり終戦時、大尉だった。もし、陸海軍が今も続いていたら、そういう家庭環境だったから、私も仕官していたかもしれない。

でも、そうならなくて良かったと心底思うのである。

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1 コメント

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Unknown (りさ)
2014-08-15 21:42:14
彼は私のひいひいおじいちゃんです。ですから、あなたとも親戚なんですね!

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