西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

能登での地震

2007-03-25 | 時論、雑感
今日の朝、9時40分過ぎに能登半島沖の日本海で地震が発生、京都でも僅かに感じた。ラジオ、テレビでマグニチュード7.1(後に6.9に変更)、輪島、七尾等で震度6強という。これは、えらいことだと金沢の妹に電話するが、これが繋がりにくく中々「出んわ」という状態、30分後に繋がって聞くと、大丈夫だが大揺れで大変だったと言う。テレビで見ると兼六園の琴路の灯篭に向けたカメラも地震を記録、灯篭も揺れているし前の石の橋を渡ろうとしている人が慌てて引き返している。12時のテレビニュースでは輪島で52歳の婦人が石灯篭が倒れてきて直撃され亡くなったようだ。その他、怪我で病院に運ばれた人は百人を越えている。これが密集の東京や名古屋を直撃していたら大変なことになっていただろう。夕方の18時頃にも余震が能登半島内陸部で起こったようだ。何とはなく、東南海、南海地震の予感がする。
(写真は、輪島市門前町の実状)

さまざまな事おもひだす櫻かな  

2007-03-25 | 生活・空間・芸術と俳句・川柳・短歌・詩
さまざまな事おもひだす櫻かな 
 これは松尾芭蕉の『笈日記』にある一句である。西行の「花の歌」は人生最後の情景だが、芭蕉のこの句は人生途上の感慨である。そうだな、と思う。私もこの句を読むと子ども時代からの「さまざまな事」を思い出す。私には記憶がないが、祖母と一緒に兼六園の桜の下で撮った2歳位の「可愛い」写真がある。記憶がある年代になっても毎年家族で兼六園に花見に行った。金沢市立十一屋小学校の入学式や卒業式でクラスで学校正面にあった桜の下で記念撮影した。金沢市立野田中学校校庭、金大附属高校校庭の桜並木を巡る淡い恋。大学に入り下宿した京都の銀閣寺町近くの疎水・哲学の道の桜並木散歩。最初に勤めた豊田高専校門前の桜並木の鮮烈な印象。31年間も勤めた奈良女子大の老木の桜並木、小倉遊亀画伯による緞帳「爛漫」。生まれて高校まで住んだ故郷は金沢市桜畠、現在住んでいるのは、桜が丘・・。
思い出す桜の下や金次郎  市路

金沢市立野田中学校の桜並木:http://blog.goo.ne.jp/in0626/e/f236654fc94611ac7e78ddffa0c15437