西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

まちづくり短歌

2007-03-13 | 生活・空間・芸術と俳句・川柳・短歌・詩
今日、2004年、2005年の日記ファイルをT居住地の「書庫」に運んで少し読んだ。2005年は、3月に奈良女子大学を定年で退職した時である。その時、慣わしで『学園だより』に「一言」書かされたが、その年は全学でやや多く6人が辞めたため、書くスペースが少なかった。そこで、私は「短詩型」で感慨を述べた。今日は、「まちづくり五七五七七」と称する短歌の部を紹介する。
・仲や良し 向こう三軒 両隣 心通わせ まちづくりする
・町衆に 力の源 貰いける 家造る人 まち造る人
・世代前 ニュータウンの 核家族 今老夫婦にて 孫を待つなり
・苦も楽も 涙も笑いも 皆ありて 出来上がりゆく コーポラティブのまち
・いにしえの 奈良・長安の まち行き来 思い起こしつ 今また盛ん
・壊されし 震災のまち なお癒えず 年あらたまる毎 心痛めり  以上 市路

清華大学

2007-03-13 | 言語・字・言語遊戯
北京大学と共に中国のトップクラスの大学に清華大学(せいかだいがく)がある。北京立地である。元々は理工系大学と言えよう。現在は総合大学である。今の中国共産党の胡錦濤(総書記)もここの出身だ。で、この大学名を時々、間違えて精華大学と書いている場合がある。精華町の精華であるが、これでは清華大学の意味が伝わらない。「清(しん)の末期に清の華として設立された(1928年)」のだ。私も一度、表敬訪問したことがある。建築学科に行ったのだが、当時、黒川紀章さんが客員教授の一人だった。もう15年以上も前(1991年)であるが、その時、環境工学の部屋も見せて貰ったが、実験装置は年代物だった。右から「清華国」と横に書かれた額の入った立派な歴史を感じさせる石の門があったが、「文革」時代に「封建的」と紅衛兵等に批判され分解されて瓦礫になったようだが、当時、復元されていた。今の建築学科の様子はどうなっているだろうか。
(写真は、上述の清華大学の門)