西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

ロンドン、ラッセル・スクエア

2006-09-20 | 訪問場所・調査地
奈良女関係の三人がラッセル・スクエアのナショナルホテルに泊まっていると聞いて、急にラッセル・スクエアに行きたくなった。思い起こせば、私達の家族が最初にロンドンに来たのは1982年、今から24年前であり、その時、最初に1週間ほど泊まったのはラッセル・スクエアの西側に面するB&B(ベッド・アンド・ブレックファスト、朝食付き宿)の「マーガレット・ホテル」だったのである。私のブログのカテゴリー「ロンドンの思い出(LSE時代など)」の最初の記事が「ラッセルスクエア」(05年7月8日)から始まっているのも頷かれる。ラッセル・スクエアは、ロンドン思い出の第一歩なのである。だから今回「マーガッレトホテル」は存在するかどうか見に行った。Russell Squareには今回、私達が泊まったHammersmithからPiccadilly線の地下鉄1本で行ける。大変深い駅で地上にはエレベーターで上がる。表に出ると右手前に低層集合住宅地が見える。一寸寄ろうとする気が動いたが、時間の加減で左手のラッセル・スクエアに向かった。少し広場内部が整備されたのではないか。中央に地表に噴出し口のある噴水があって気持ちよい感じだったが、24年前にはなかったのではないか。この辺はカムデン区らしく、区の広報版のようなものがあり、この広場の配置図も載っている。このスクエア(広場)を通り越し西側に出た。その並びに私達の泊まった「マーガレットホテル」があった筈だが二往復して見たがなかった。20年以上の月日で変わったのだろう。それと思しき所にロンドン大学のバークベックカレッジ生涯教育学部の看板がかかっていた。建物の間からロンドン大学本部の壮大な建物が見えた。後から行くすぐ近くの大英博物館とともに「文化地区」の一つと言ってもよいかもしれない。(写真はRSの広報板)
mixiにフォトアルバム4枚アップ。

二つのお知らせ

2006-09-20 | 2005年4月以降(平女、高槻、学研都市等)
一つは、私のセカンドハウス「つなね」での友人・阿久津さん達が「建築家と住民の集い」の4回目をするようです。私のこのブログの「ブックマーク」の阿久津さんの所をクリックしてみてください。今週末の23日(土、祝日)、24日(日)に奈良の「コミュニティセンター(昔、市役所のあった所、猿沢池の南側)」で行われます。私は日曜日午後の「フォーラム」に行く積りです。
もう一つは、来週の火曜日(26日)午後2時半より高槻市生涯学習センター多目的ホール(JR高槻駅からすぐ)で家森幸男先生(「カスピ海ヨーグルト」で有名、京大名誉教授、平安女学院大客員教授)の講演会が、平安女学院大学生活福祉学部開設記念で行われます。お近くの方、来易い方々はどうぞ。

奈良町における空き家の活用方法の一二(私案)

2006-09-20 | 地域居住学
11月の25日(土)26日(日)と奈良町の奈良女子大セミナーハウスを借りて「町づくりシンポ」をすることになり、私が司会・コーディネーターを仰せつかった。そこで実行委員会の人と打ち合わせをした。そこで議論の一助に今まで言っているアイデアを再度言っておいた。
奈良町と言っているのは、奈良市の三条通りの南の元・元興寺境内にあたる地域に広がっている町だ。奈良市役所が猿沢池の南にあった時には市民の流れもあったが、今は「寂しく」なっている。でも最近は奈良町に色々新しい動きもある。空き家がブティックになったり、レストランになったり色々である。一寸注目されるのは、奈良女子大学のセミナーハウスが出来たことだ。これは、私が昔から提案していたことの実現だ。つまり、奈良は古代を扱う様々学問分野の故郷・宝庫である。考古学、古代史学、国文学、歴史地理学、建築史学、仏教学、仏教芸術学等々、毎年、全国から研究者や学生が来て研究・学習している。ならば、そういう学究が寄り付くセミナーハウスを群として作ったらどうかということだ。奈良女子大学セミナーハウスは「先ず隗より始めよ!」なのだが、以後全国の大学に続いて欲しい。
次に、私設博物館構想も良いのではないか。最近は、余暇の時代、「余裕の時代」で、様々な趣味に生きる人達も多い。その中で様々なものを収集している人も多い。実際、時計というか時を知らせる装置を集めて奈良町で「時の資料館」を開設している人がいる。10年も収集すればセミプロだ。民族楽器、民族衣装などを集めている人もいるようだ。大きな博物館ではなく、ミニ博物館として奈良町の空き家を活用すればどうか。大学セミナーハウス群ともどもユニークな文化地域になるに違いない。

ロンドンで奈良女人脈と交流

2006-09-20 | 訪問場所・調査地
倫敦に着いた日、奈良女関係の三人も倫敦に滞在していたので連絡を取って一緒に夕食を食べることにした。彼らが泊まっているラッセル・スクエア・ナショナルホテルに電話してピカデリ・サーカスのEros像前で19時半頃に会うことにした。
で、Tさんが調べたタイ料理店に行くことにした。イギリスには元植民地関係を中心に多くの料理店がある。もちろん、だから中華料理、インド料理はある。植民地でなくとも世界中のものがあると言ってよい。日本料理もある。
タイ料理店の二階に上がって5人、タイ式に座った。背中に三角柱のような背もたれがあった。足は掘りごたつのようには入らず、やや窮屈だった。色々と料理を取り、わいわい私学にこと(Tさん、私等)、国立大学法人のこと(Nさん)その他もろもろを駄弁った。彼らは、コミュニティ・フォレストの調査で来ているので、そこを歩いたこと、関連で運河で船に乗ったり、バースに行ったりしたことを聞いた。三人ともバースは気に入った模様だった。私たちは昔1983年に行ったきりである。とにかく異国で親しい友人に会うのは気分が良い。(写真は、タイ料理店pavilion)