昨日8月19日は語呂あわせで「俳句(819)の日」だったようだ。今日、高校野球の甲子園大会は駒大苫小牧の二連勝で終ったが、同じ日、松山では高校生の「俳句甲子園」が始まった。松山は、命短しと死期を悟った正岡子規が長い小説は無理と考えて短詩型の四季折々の俳句に集中した地だ。子規は、また与謝蕪村の良さを再評価したことでも知られる。
まあ、しかし俳句の世界では「一に芭蕉、二に蕪村、三四がなくて五に一茶」という言い方があるようだ。何はともあれ、この三人(松尾芭蕉、与謝蕪村、小林一茶)が歴史的「三巨匠」であることは多くの人が認めていると言える。
私も俳句を趣味の一つでボチボチやっているし、「三巨匠」の句を全て承知しているわけでもない。けれど、気分として「何するものぞ」の意気が大切とも考え、上記のような句をつくってみたのである。市路。
まあ、しかし俳句の世界では「一に芭蕉、二に蕪村、三四がなくて五に一茶」という言い方があるようだ。何はともあれ、この三人(松尾芭蕉、与謝蕪村、小林一茶)が歴史的「三巨匠」であることは多くの人が認めていると言える。
私も俳句を趣味の一つでボチボチやっているし、「三巨匠」の句を全て承知しているわけでもない。けれど、気分として「何するものぞ」の意気が大切とも考え、上記のような句をつくってみたのである。市路。