島原半島博物日誌

島原にある某施設のスタッフが綴る非公認・非公式の個人ブログです。

慶師野の将棋墓

2014-11-30 10:02:45 | 歴史・史跡
道に迷いながら到着した「慶師野の将棋墓」です。
墓石が将棋の駒の形をしていますし、墓石の下に敷かれている石はもしかして鏡餅?
案内板を読みますと、
「この墓は、江戸時代後期に「川柳の師」と仰がれた中山五平のお墓です。
 五平の川柳の弟子にあたる柳宝庵董来(りゅうほうあんとうらい)により天保三年(1832年)9月11日に建立されました。
 墓石の裏面には、『年八拾七歳にして佛国(あの世)に満入(まんにゅう)せり、俗名 搗餅(とうへい)とて、茲(ここ)に筆を立て一句を手向(たむ)く』と記し、続いて『吹移す風やこめて立つ山家」と董来の一句がしたためてあります。
 五平は、よほどの餅好き、将棋好きの人であったと思われ、墓石の台座は重ね餅形のみかげ石で作られ、その上に将棋盤をのせたもので他に類を見ない珍しい墓であります。
2002年4月3日 諌早市教育委員会」
ああ、言われれば駒と餅の間に将棋盤があるわ。
現代でこそ、故人の好きだったものをモチーフにした珍しい墓石もありますが、江戸の時代からそれを行っている人もいたのですね。
いやあ~時代を先取っているなあ~w
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