虎尾の会

幕末の草莽の志士清河八郎の会の名を盗用しています。主人は猫の尾も踏めません。

ニム・ウエールズ「アリランの歌」

2007-12-02 | 読書
岩波文庫の「アリランの歌ーある朝鮮人革命家の生涯」。

著者は、「中国の赤い星」を書いたエドガー・スノーの奥さん(のち、離婚しているが)。スノーが延安で毛沢東を取材したあとに、延安に入り、そこで、一朝鮮人革命家キム・サン(仮名)に出会い、聞き取りをして書いたものだ。

本は前から買ってあったけどまだ読んでいなかった。中国革命に関心が出てきて、やっと読む気になった。これは中国革命の物語でもあるのだ。中国で中国の革命運動に命をかけていた多くの朝鮮人たちがいたのだ(日本人もいたと思うのだが)。

小田実の「毛沢東」の冒頭で、延安の革命博物館にいき、ここに朝鮮人が住んでいた洞穴はないのですか、と質問すると、言下に「朝鮮人なんかいなかった」といわれた、と書いてある。この「アリランの歌」のキム・サンだけではなく、延安には他にも朝鮮人がいたのに。中国でのいろいろな革命運動に朝鮮人は数多く参加し、重要な働きをした。しかし、どうも、幕末の薩摩や長州が維新後、草莽を切り捨てたように、無視しているのかもしれない。15年戦争は、日本と中国との戦いだが、それは朝鮮人との戦いでもあったのだ。

革命家の自伝としては、トロツキー、クロポトキンの自伝があるが、これは無名だけど、人間の立派さとしては、有名人に劣らぬ、いや、それ以上に親近感を感じさせる自伝だ。あまりにもおもしろく、内面の記録も実に生き生きとしているので、聞き取りをかなり脚色してるのではなかろうか勘ぐりたくなるほどだ。

圧巻は、広州コミューンの戦いに参加し、そこから脱出する壮絶なところだけど、いろいろな革命家群像の描写、女性との恋愛、牢獄の場面など、興趣は尽きない。とても、短文では紹介しつくせない。

著者はトルストイファンで、活動中もたえずトルストイを読んでいたという、誠実な人。革命家に結婚は必要ではない、結婚すれば女性を不幸にすると常にいい、仲間からは「ピューリタン、坊主」とからかわれていた著者が、ある女性の積極的な攻勢にあって、一緒になるところなど、おもしろかった。女性は何人か出てくるが、ちょっとしたセリフ、行動の描写が実に的確で、どの女性も忘れ難い印象を残す。鉄のような強靭な意志をもった革命家だけど、女性をひきつけるやさしさを持った人なのだろう。

日本人もちょこちょこ出てくる。
逮捕され、朝鮮に送還されるとき、日本領事館の私服警官(早稲田出身)がつきそうのだが、この警官は朝鮮人好きで、それも命を捨てて革命に生きる人に関心があるのか、しきりにキム・サンに話を聞きたがる。奥さんは朝鮮人であるという。この警官が、「インターナショナル」を歌ってくれとたのむと、キム・サンは「インターナショナルは勝利の歌だ、歌う気にはならない。そのかわり、死と敗北を歌う歌、アリランの歌を歌ってあげると、低い声で歌いだす。警官はこれまで聞いた中で一番美しい歌だ、と感想をいう。
「あなたの奥さんはこの歌を知っています。何代にもわたってすべての朝鮮人が伝えてきた歌です。もし、奥さんがこの歌を一人で歌っているのを聞いたら、新しい服を買ってあげてやさしくしてあげてください」と伝える。

アリランの歌は300年も昔から歌われてきた民謡だ。李王朝の時代、ソウルにアリランといわれる丘があり、そこは刑場になっていた。大部分が圧政に抗した貧農たちだが、この丘の刑場にいくとき、このアリランの歌をうたったことになっていた。囚人がつくった歌らしい。

この人は、33歳で、トロツキストということで、党によって、処刑されたそうだ。

なお、小田実も(ヨメさんも)、この本を愛読書の一つにあげている。