久しぶりに本の紹介。
石川県の銭屋五兵衛記念館の発行。著者は麻井紅仁子さん。幼い頃から生田流の筝(琴)を学んだ邦楽の大師範。お琴ってでかくて、狭い家にはとても置けなし、持ち運びにも不便だとかねがね思っていたけど、この方は、その大きな琴を小型の琴にする工夫をし「ネオ・コト」(小型のコト)を発明した人。会社も設立している。そればかりか、江戸時代の実在した盲目の琴師を小説にし(「幻の琴師」)、金沢市民文学賞も受賞している。主婦をやり、社長をやり、邦楽の指導で全国を駆け回り、そして小説も書く、という超人的な女性。
今回の作品は、著者、年来の宿願を果たした作品。
銭屋五兵衛といえば、海の豪商としてだれでも知っているだろう。たしか、昔、東映で片岡千恵蔵がやった。でも銭屋疑獄事件となると、よくわからない。また、銭屋五兵衛の三男要蔵となると、わたしも知らなかった。銭屋が外国と密貿易したり、アメリカへ渡った、という噂は、どうもこの要蔵のことらしい。
銭屋五兵衛の屋敷に「てつ」という女中がいた。一般には、「てつ」は銭屋五兵衛の妾とされているそうだ。実は、「てつ」は、要蔵の愛した女性で、「てつ」は要蔵の子どもを生む。要蔵とてつの秘められた愛と、その秘密を生涯守り通した「てつ」の人生を語る。
銭屋のことはよく知らないので、わたしには、判断できないのだが、著者は、銭屋五兵衛が住んでいた金石町(昔は宮越)の人で、地元の史料を調べつくし、また女性独特の直観力で、要蔵とてつの関係を語る。
「てつ」は、要蔵が刑死したあと、「鉄悟尼」という尼になり、「海月寺」の庵主になる。この「海月寺」にしばらく下宿していたのが若き室生犀星。犀星は「海の僧院」という作品で、「てつ」について書いているそうだ。
物語は、女性の語り口調(ございます)ですすめられるが、後半は「「朧の刻」を追った足跡」という取材ノートといってよいノンフィクション。女性の語り口調がちょっと苦手なわたしは、著者が関係者に次々に取材し、真相に近づいていく取材ノートが興味深かった。てつの晩年の肖像画や、てつの子ども「ひさ」の写真もある。
著者は「金沢は土壁の街」という。土壁の内部には小舞竹の下地がある。それは、だれの目にもとまらない。「だれの目にもとまらぬところでただひたむきに生きた数知れぬ人の命と祈りが、この町をささえているような気がする」と著者は書いているが、まさに、だれの目にもとまらないがひたむきに生きた人を作品にしたのが、この「朧の刻」です。