らんかみち

童話から老話まで

耳栓ジジイの場合はこうして出入り禁止になりました

2007年02月24日 | 酒、食
「♪逃ぃげたぁ女房にゃ未練は無いぃがぁ~……」
と、テーマソングを歌いながら場末の飲み屋の暖簾をくぐるのは、人呼んで「耳栓ジジイ」と忌まれている御仁です。今年70歳を迎えたというのに、夜毎ぶっつぶれるまで飲んで、次の日に仕事に出かけるんだから大したもんです。

 で、なぜ「耳栓ジジイ」なのかといえば、耳栓が必要なほどうるさいんです。声が大きいのもさることながら、辺りかまわず傍若無人に自己主張するのは聞くに堪えません。
 もっとも、どれくらいうるさいかは彼と相対するときの物理的というより、心理的距離感が大きく関係するのでしょう。つまり「うるさい」というのは相対的なものなのです。ぼくにとっては100デシベルに感じても人によれば80デシベルに感じるかも知れませんし、120デシベルに感じても不思議ではありません。
 
 このように数値で表せない、絶対的な基準が無いものを言葉に表そうとすると、何かに例えるしかありませんが、「うるさいを、五月蝿い」と表記したところで今の人にはピンと来ないでしょう。なのでもっと分かりやすく表現してみます。
 
「別れてくれって、なんでや?」
 彼が定年を迎えたころ、長年連れ添った奥さんが別れ話を切りだしてきたそうです。
「理由はな、あんたのそのやかましさに耐えられへんなったからや!」
 その話を彼の口から聞いた人たちは一様に「うんうん、分かる分かる」とうなづいたのでした。それで奥さんに逃げられ、冒頭のテーマソングを歌うに至ったというしだいです。
 
 とにかく場所もわきまえずうるさいので、この界隈で彼が楽しく飲める店はだんだん少なくなってきました。先日、そんな数少ない飲み屋で彼とばったり会ってしまう不運に見舞われました。
「あ、HALのやつが来た。おまえオレのこと嫌うてるやろ。そやからおまえが来たらオレ帰るわ」
 そういうならさっさと帰れば良いものを、いつまでもごちゃごちゃうるさいので、とうとうママさんが切れて、彼は出入り禁止を食らってしまいました。

 ちなみに、ぼくの友だちのテル爺なんかは、自ら出入り停止を科しているし、ぼくも誰かに誘われなければ行くこともない店です。
 テル爺や耳栓ジジイを軽く受け流すほどの度量や包容力がないといえばそうともいえますが、「悪客は良客を駆逐する」ので、店側も大変なのでしょう。呑み処「場末」がしょっちゅう店を閉めるもんだから、近所の店に場末の客が流れて迷惑をかけるのです。
 次回はそんな元気で危険な爺さんの一人が、どこかで誰かに殴られて大怪我した話です。