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■現れよ。森羅の生命― 木彫家 藤戸竹喜の世界 (2017年10月14日~12月17日、札幌)

2017年12月22日 08時08分08秒 | 展覧会の紹介-彫刻、立体

 美術館学芸員が図録の文章に「神技」とか「藤戸に表現できないものはない」「あまりのリアルさに目が釘付け」などという表現を連発していれば、「いくらなんでも大げさでは」と眉をひそめたくなる人もいるだろう。
 しかし、実物の作品を目の当たりにすると、学芸員の大仰な形容もあながち的外れではなく、むしろいくら称賛の辞を書き並べても足りない―という思いを抱くのではないだろうか。
 

 阿寒湖畔に住み、自らを「熊彫り」と称する藤戸竹喜氏の展覧会を見た。キュレーションは、会場の札幌芸術の森美術館の学芸員ではなく、道立近代美術館の主任学芸員で、平易な語り口の文章には定評のある五十嵐聡美さん。他館で展覧会を開くこういうやり方もあるのかと、新鮮な思いを抱いた。
 だが、それ以上に
「こんなすごい彫刻家がいたのか」
と、作品の持つ力に驚かざるを得なかった。
 脱帽だ。


 これまで「アイヌ民族の美術家」というと、誰を措いても、砂澤ビッキの名を挙げたと思う。そのことには異論のありようがない。
 若い頃には団体公募展のモダンアート展に入選していたことからもわかるように、ビッキは、交友関係からみても、いわゆる美術界の中にいたのが明らかなのに対し、藤戸はその手の展覧会に出品しておらず、自らを美術家とか彫刻家と称することも良しとしていないようだ。
 つまり、全道展や道展、新制作展といった、いわゆる彫刻家の世界とは離れた場所で、もっぱらアイヌ工芸の枠組みのなかで活動していたので、幅広い評価が遅れたという側面は否定できまい。

 藤戸のすごさは、とくに芸術や彫刻に明るくない人でも、誰でも一目でわかると思う。
 ひとつは、その材質感の表現であり、もうひとつは、一本の木から彫るという過程が可能にする絶妙のバランス感覚だ。

 バランスや動きでいえば、たとえばこの「鹿を襲う狼」を見れば一目瞭然。
 こんなに後ろ脚を挙げた動物を彫るなんて、鹿と地面が同じ木でなければ、よほど強力な接着剤を用いても困難なことは言うまでもあるまい。
 この画像で右側のオオカミは鹿の首根っこにかみついているけれど、左側のオオカミは、まさにいま走ってきて現場にたどり着いたばかりという様子が後ろ脚から判断できる。

 材質については、五十嵐さんの「木彫であることを忘れさせる」という図録の文には、賛同しつつも、「ちょっと待って」と言わざるを得ない。
 藤戸さんの作品は、着彩を施していないこともあり、たとえば近年はやりの明治の工芸などと異なり、元の材質がわからないような本物そっくりの作品ではない。
 衣服は布にしか見えないし、砂はいかにも砂で、岩は岩で、枯れ木は枯れ木にしか見えないのだが、同時に、それでもなお木彫にしか見えないということが、藤戸作品の神髄なのではないか。


 藤戸の作品ではクマがなんといっても見事だし、数も多いが、人物彫刻も見逃せない。
 フチやエカシの立像が並ぶコーナーは圧巻だ。

 手前は「ふくろう祭り ヤイタンキエカシ像」。
 父親の姿である。次の画像は、背後から見た像。

 木彫であり、しかも生きた人間のようでもある、存在感。

 しかし、古代ギリシャからロダンへと続く西洋彫刻とは明らかに異なる。
 観音像のように、片脚を少しだけ前に踏み出すなど、ギリシャ彫刻の動きの表現を取り入れている部分もあるが。
 むしろ造形は、高村光雲のような日本の彫刻の流れに近いように感じる。
 もちろん「アイヌ民族の彫刻」としか言いようのない部分もあるが、このあたりはうまく言葉にすることができない。

 この圧倒的な、文様の再現力をみていると、この才能はどこからきたのだろうと思ってしまう。

 というのは、彫刻はアイヌ民族にとって昔からなじみ深いものでは決してなく、近代になってから取り組み始めたものであるからだ。白鳳文化、奈良時代からの伝統がある日本民族とはそもそもが異なる。
 にもかかわらず、あたかも昔から脈々と木彫の伝統があるかのように作ってしまえる能力があるというのは、どういうことなんだろう。

 アイヌ民族は、まったく木彫を作らなかったわけではない。
 小さなまじないの品などはこしらえていたし、イクパスイなどの文様に見られるようにもともと刃物の扱いにたけていたのは間違いない。

 それにしても、藤戸氏の、職人のような手業を見るにつけ、やはり不思議だなあと思うのだ。


2017年10月14日(土)~12月17日(日) =前期~11月12日(日)、後期は11月14日(火)~12月17日 午前9時45分~午後5時(入館は午後4時30分まで)。11月3日まで無休。それ以降は月曜休み
札幌芸術の森美術館(札幌市南区芸術の森2)
一般千円 高校・大学生600円 小中学生300円

2018年1月11日(木)~3月13日(火)
国立民族学博物館(大阪府吹田市千里万博公園)




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