Asian Railway Plaza

アジア各国の鉄道やJR南武線の話題などをお届けします

14系寝台車、マニラに到着

2010年09月29日 19時27分57秒 | フィリピン
昨日、28日にフィリピン国鉄の方からいただいた情報ですが、9月4日に川崎貨物駅に搬送された14系寝台車10両が26日にマニラ港に到着し、28日に車庫のあるTutubanに搬送されたとのことです。これからBicol Expressの運行に向けて整備が進むものと思われますが、フィリピンで寝台車の登場ということで、注目の的になるに違いないかと思います。
また、来年の2月までに譲渡予定になっていた203系80両ですが、当初、無償にて譲渡(搬送費はフィリピン国鉄側負担)を予定していましたが、急遽、別の車輌を確保することを模索中で、203系が今後フィリピン側に譲渡されるのか、日本以外も含め別の車輌を確保するのか検討しているようです。フィリピン国鉄は非電化ですので、203系ですと冷房を使用する場合は、冷房用電源を確保するために電源車を連結するか、もしくはその電源を確保するための改造が伴うため、技術的な問題やコストなどがネックではないかと思われます。今後、マニラ首都圏やビコール地方のコミューター用として、現在のDMUだけでは乗客を捌くことができませんので、何らかの方法で車輌増備が必要ですが、今後の動向に注目していきたいと思っております。

最後に私事になりますが、来月11日まで多忙なため、ブログの更新ができないと思われますが、その後はできるだけ東南アジア各都市の鉄道の話題について、続きをお届けしたいと思っております。

Djoko Lelono 2で思わぬ小旅行

2010年09月26日 08時54分55秒 | インドネシア
ジャカルタ滞在最後の日である9月1日に今まで電車でTanjung Priokまで行ったことがありませんでしたので、初めて行ってみることにしました。この日の朝Cikiniで撮影したのち、Kota経由で環状東線とTanjung Priok線の分岐点であるRajawaliに向かいました。Rajawali9:15発のTanjung Priok行きに乗車しようとうまく時間を合わせて、9時過ぎにRajawaliに到着したのですが、発車時刻になってもTanjung Priok行きは到着しませんでした。しばらく木陰で待ち続けることおよそ20分、ようやくTanjung Priok線のホームに猫バスこと4両編成の6000形Djoko Lelono 2が到着しました。

Rajawali駅ではホームの嵩上げ工事とホーム屋根の設置工事が行われていました。
また、Tanjung Priok線のホームは東側を使用し、一番東側の線路は使用されていません。(単線運転です)


Djoko Lelono 2は40km/hぐらいのスピードでゆっくりと進みました。車内を見ると乗客は1両にほんの2~3人程度と、これでは空気を運んでいるようなもので、日本であればいつこの列車が廃止されてもおかしくないほどであります。列車は次のAncol駅に到着するとほとんどの乗客が降車しました。この駅でもRajawaliと同様にホームの嵩上げとホーム屋根の設置工事が行われ、現在、列車の通っていないKota方面のホームに対しても工事が同時に行われ、Kota方面へも近々に列車を運行させることがうかがえます。
Ancolから先は私にとっては今まで乗車したこのない未知な区間となりますが、Kota方面からの線路とRajawali方面からの線路の計4本が2本になることなく、そのまま複々線のままTanjung Priokを目指しました。複々線の線路4本は下の写真のように使用できるものと思われますが、現在、使用されている線路は南側から2本目の線路だけを使用しているようです。


しばらく進むと体育館のドーム型の屋根が見えてきました。ここが終着駅Tanjung Priok駅でありますが、ほとんど利用者のいない静まりかえった駅にゆっくりと列車が到着しました。この駅を見るとKota駅と同様にオランダ植民地時代の歴史を感じる駅なのですが、ほとんど利用者が少ないためか寂しさを感じてしまいます。おそらく植民地時代には利用者が多くKotaと同様に活気のあった駅ではないかと想像するのですが、今後、Tanjung Priok方面へ乗客を増加させるためにも、この駅周辺で大規模な開発を行えば乗客も増えるのではないかと思います。


列車はすぐに折り返しBekasi行きということで、切符を購入しようと思ったのですが、撮影などをしているうちに時間がなくなってしまい切符を購入しないまま列車は静かに発車してしまいました。まあいいかと思いつつ乗り続けていると、乗務員から「この列車はBekasiには行きません。クーラーの故障でBukit Duri車庫へ回送します。」とのことで、私もBekasiへ行って、Bekasiに留置されている車輌を撮影しようと思っていたのですが、このまま乗り続けBukit Duriを目指すことにしました。私の計画に対して反したとしてもこれも天からの思し召し、このような時には私は基本的にそのまま逆らわないことが信条であります。
列車はそのまま来た道を戻り、先程、乗車したRajawaliから環状東線へと入りました。列車は回送ということもあり、駅には止まらないで通過してしまいます。Bekasi方面への利用者がこの列車に乗車しようと考えていた人がいると思うのですが、そのへんはインドネシアではお構いなしに無視してしまいます。どうもインドネシアでは昔の日本の国鉄のようで、乗らせてあげているということがいまだに浸透しているようです。


列車は地方へ列車が発着するターミナル駅Pasar Senen駅もゆっくりと通過しました。このあたりから線路は複線となり下町を走るのですが、沿線には高い木々が連なり、鬱蒼としたジャングルの中を進みます。Manggarai方面からの線路が近づき、大きくカーブするとJati Negaraに到着しました。
ジャカルタの路線図が頭に叩き込まれている方であれば列車がこれからどのように進むのかすぐにわかりますが、このJatiNagaraでスイッチバックし、さらに次のManggarai駅で再びスイッチバックするという二重の手間が発生します。

Jati Negaraで進行方向が逆になります。


列車はJati Negaraで5分ほど停車したのち、Mnggarai方面へと進みました。Manggarai駅が見えてくると一番駅舎に近い1番線へと列車は進入しました。


列車はこの駅でも5分ほど停車したのち、再び進行方向が逆になり、Bukit Duri車庫への引込線へと進みます。Jati Negara方面からの線路を横断し、Bogor線と寄り添うようにしばらく進みますが、最初の踏切を越えると引込線は大きく左へとカーブします。


単線の引込線が左へカーブしたまま進むと前方にKRL-Iの姿が見え、我々の列車の前を下の写真のように車庫へ向けて走っていました。そのKRL-Iの後ろに追随する形でBukit Duri車庫へ無事に帰還すると早速検修の方が見にきました。


列車から降りると2本の05系が留置されており、8月31日にBalai Yasa ManggaraiからBukit Duriに移送したとのことでした。これから転入整備をこのBukit Duriで行うとのことですが、7000系のように派手な赤色を基調にした姿に変身するのではないかと思われます。私としては暑い土地がらなのですからせめて涼しい色を纏ってほしいもので、このまま東西線の色で十分だと思うのですが、そこはインドネシア人のへんなこだわりがあるのか色を変えないと気がすまないようです。
というワケで本来Bekasiへ行くことを予定していましたが、Bukit Duriへと連れて行かれ、05系と再び御会いできたことは私の行動を天に任せて良かったのではないかと思っております。

祝-南武線快速33年ぶりに復活

2010年09月25日 00時49分38秒 | 南武線
昨日、来年3月ダイヤ改正の概要が公式発表されましたが、1978年(昭和53年)南武線に快速が廃止され、快速の復活を利用者や神奈川県などから要請されていましたが、念願の快速運転が来年3月のダイヤ改正から復活登場します。

発表によりますと、概ね10時から15時台に1時間あたり2本(30分間隔)が運転され、同時に快速列車を補完するため平日においては川崎~登戸間を1時間2本の各停が運行されます。休日については、1時間あたり合計7本が運転され、そのうち2本が快速のようです。
快速列車の停車駅は川崎、鹿島田、武蔵小杉、武蔵中原、武蔵新城、武蔵溝ノ口と登戸から立川の各駅となり、途中駅での緩急の接続はない模様です。以前の快速停車駅より鹿島田、武蔵中原、武蔵新城が新たに加わり、駅での乗降者数の多さや川崎市としての副都心整備拠点を反映させて決定したのではないかと思いますが、快速列車の停車しない駅に対しても利便性が低下しないように川崎~登戸間の各停を1時間あたり2本運行させるところをみると、どの利用者に対しても配慮が行き届いたダイヤではないかと思われます。ただし、登戸止まりの各停を利用し、登戸駅において後続の快速立川行き(登戸から各停)を利用する場合は同一ホームでの乗換ができないため、不便さを強いられるようなかたちとなります。
また、この快速列車の運行により、川崎~登戸間が下りで4分、上りで5分、各停に比べ短縮されるようです。以前の快速列車が21分で、現在各停で27分を要していますから22~23分で運転され、以前と同じような快走ぶりが見られるものと思われます。現在の南武線の最高速度が95km/hであり、205系や209系は101系や103系に比べ若干高速域に達するのも早いかと思いますので、尻手~向河原などで90km/hぐらいのスピードで快走するシーンを見ることができるのではないかと思います。
今後、側面の方向幕に快速表示の入ったものに変更されるかと思われますが、前面の種別表示に上の写真のように使用されるのか、それとも横浜線や埼京線のようにLED式になってしまうのか興味深いところです。元々種別表示のない山手線からの転属車もありますので、種別表示を使用しないことも多いに考えられますが、私として種別表示を使用し、側面も方向幕を使用してもらえることを願っています。もちろん209系もどのようになるのか興味深いところで、特にナハ32編成がどのように表示するのか注目していきたいと思います。

上の写真は以前も掲載いたしました101系時代の快速列車ですが、103系の投入がもう少し早ければ私の好きな103系で快速列車も実現したのではないかと妄想しています。

活躍を続けるジャカルタの103系

2010年09月23日 19時49分40秒 | インドネシア
本日は東南アジアシリーズということで、ジャカルタで活躍を続ける103系の話題を提供したいと思います。
2004年10月から11月に渡って、武蔵野線用の103系、Tc M M' T'cの2編成とMc M' T T'cの2編成、計16両がオレンジ色のままPT. Kereta Apiに有償譲渡されましたが、現在もJakarta Kota・Tanah Abang~Depok間を中心に元気よく活躍しております。
103系の運用や時刻については、今までのように毎日決まった同じ運用に入るとは限りませんので今回は掲載いたしませんが、上記の区間で朝夕を中心に運行されていますので、103系を是非とも撮影ならびに乗車したい方は、この区間でお待ちすることをお薦めいたします。
(Manggarai駅にて撮影)

現在103系の編成は8両編成×2本に組成され、Ekonomi ACもしくはEkspresに充当されています。昼間はDepok車庫でお休みというパターンが多いようですが、Bukit Duri車庫で昼間留置されていたり、Bogorまでの運用に充当されることもあるようです。
103系の編成は以下のとおりで、高運の編成は今まで2本の編成の向きが逆に組成されていましたが、現在では編成の向きが統一されています。(理由は不明です)
←Jakarta Kota・Tanah Abang        Depok・Bogor→
Tc815 M752 M'2009 T'c822 Tc359 M654 M'810 T'c384
T'c597 T246 M'231 Mc105 T'c632 T210 M'321 Mc153

下の写真は高運の編成で、編成によって塗り方やロゴマークにも差異が見られます。


塗装の脱落がいたるところに見られるようになりましたが、それでも活躍し続けています。
(写真はMc153)


103系にも女性専用車が登場し、編成の先頭部と最後部の車輌が女性専用車となっています。車体の側面や車内の戸袋部、中吊りに女性専用車であることを示すステッカーなどがあります。なお中間に入っているTcやMc車は女性専用車に指定されていません。


Ekonomi ACの東急の車輌や103系では先日の写真のように屋根に乗車する乗客や側引戸を開けたまま走行する車輌が見られ、乗客がEkonomi ACに相当シフトしているようです。
来年早々には検査時期を迎えると思いますので、塗装の変更も行われるかと思いますが、果たしてどのような塗装に変更されるのか楽しみであると同時に末永い活躍を願いたいものです。
(Cikini駅にて撮影)

快速「はまみらい号」運転など最近の南武線の話題

2010年09月22日 21時32分51秒 | 南武線
またまたご無沙汰してしまって申し訳ありません。先日、エア・アジアというマレーシアを本拠地とする格安航空会社の話しをさせていただきましたが、言っていた矢先に正式発表が一昨日行われ、12月9日より週3便、羽田~クアラルンプール間に運航されるとのことです。時刻も利用しやすいようなスケジュールであり、羽田を23:45に出発、KLに翌日6:30に到着し、逆がKLを14:40に出発、羽田に22:30に到着する予定で、ジャカルタ方面へも利用しやすくなるかと思われます。私もジャカルタへ行く際にはかなり使えるのではないかと思いますが、KLでの乗り継ぎが両方向ともに約3時間ちょっととあいてしまうのが難点かと思います。それでもプロモであれば合計4万円を切るかと思いますので、それぐらいの辛抱は許せる範囲ではないかと思います。

ところで、本日は先日の続きで東南アジア各都市の鉄道事情の話でもといきたいところですが、南武線のこともご無沙汰になってしまいましたので、簡単に報告しておきたいと思います。
まずは9月18日~20日にかけて、快速「はまみらい号」と快速「お座敷ぶどう狩り号」が南武線に運行されました。

快速「はまみらい号」が立川~横須賀間に長野支社の485系「いろどり」を使用して運行されました。立川から尻手まで南武線本線を通り、尻手から南武支線の浜川崎線に入り、浜川崎で折り返ししたのち、東海道貨物線(高島貨物線)を経由して横須賀まで運行されるとあって、乗車率のほうは私が思っていた以上にほぼ満席状態であったようです。(立川方向への乗車率は確認しておりませんが)

また、同時に快速「お座敷ぶどう狩り号」が川崎~甲府間に485系「華」を使用して運行されました。こちらの列車の乗車率は確認しておりませんが、快速「お座敷みたけ清流号」でも「華」が使用されたことから、沿線で撮影している方は見かけませんでした。

南武支線(浜川崎線)と鶴見線が開業80周年を迎え、8月10日より一部の編成に記念のヘッドマークを付けて運行されています。南武支線ではワ1にそのヘッドマークが付けられ運行されていますが、南武支線用の車輌が全部で3編成あり、ローテーションどおり運用されると3日のうち1日は日中運用に抜擢されますので、私も計算の上で先日19日に撮影して参りました。鶴見線には前後違うデザインのヘッドマークが付けられておりますが、南武支線では前後同じタイプのものが付けられております。
また、9月18日より12月19日まで「鶴見線・南武支線開業80周年記パス」が大人500円、子供250円で発売され、鶴見線全線、南武支線、川崎~尻手間、川崎~鶴見間、京浜急行線の京急川崎~京急鶴見と大師線、川崎鶴見臨港バスの一部(臨港)区域が1日乗り放題となっています。このパスを購入の方は抽選で300名様に鶴見線・南武支線16駅の記念硬券入場券セットが当たるとのことですので、興味のある方はこのきっぷを購入の上応募してみてください。

この他、南武線各駅では「南武線沿線観光案内」というスタンプラリー用の冊子が配布されていますが、各駅のスタンプを押して集めたとしても何ももらえないとのことです。

KTM-EMUコミュータートレインに乗車

2010年09月14日 21時59分08秒 | マレーシア
どの国の鉄道の話しから進めてよいのか困るところですが、まずはマレーシアのKTMの乗車記から述べていきたいと思います。
クアラルンプール入りしたのは8月27日夕方でありましたが、エアーアジアというマレーシアを本拠地とする格安航空会社を利用しました。私が利用したのはフィリピン、クラークからの路線で、料金が僅か約1万円というかなりの安さであります。将来的には日本へも乗り入れが計画されていますので、就航となれば往復4万円を切る料金で利用できるのではないかと思われますが、このような話題はあとにして先に進めたいと思います。
空港からスカイバスでKL Sentral駅に到着したのが、夕方5時を廻っていました。とりあえず隣駅のKuala Lumpur駅までKTMを利用し、駅から10分ほどの前回クアラルンプール訪問時に利用したホテルにチェックインすると、パスポートの提示が求められるのですが、パソコン上に私の記録が残っており、前回訪問したのが2003年と既に7年が経過しておりました。早いもので7年が経過しており、マレーシア訪問は本当に久しぶりであることを痛感しました。

早速、必要な荷物を持ってKTMコミュータートレインに乗車してみることにしました。今までPel. KlangやSentul、本線上のRawangにコミュータートレインで行ったことがありましたが、唯一行ったことがないのが本線上のクアラルンプール南郊のSerembanに行ったことがありませんでしたので、この方面の列車に乗車することにしました。
駅の窓口でSerembanと告げると紙製の磁気カードが渡され、それを自動改札に差込、ホームの中へ入りました。Kuala Lumpur駅ではコミュータートレインが2・3番線のホームを利用し、2番線が北行でRawang方面とBatu Caves(Sentul)方面で停車する場所が異なります。Rawang方面はホームの北側でBatu Caves方面はホームの南側に停車し、誤乗を防止しています。3番線が南行で先程と同様に方面によって停車する場所が異なります。Pel.Klangがホームの北側で、Serembanがホームの南側に停車します。
実は私も最初はこのことを把握しておりませんでしたが、要領がわかり18:54発のRawang行きに乗車しました。次のKL Sentral駅は2面4線の地下駅で、列車は最も外側の線路に入り停車しました。この駅はクアラルンプールの中心にあるため乗降の多い駅ですが、そこへ2人の女性がホーム上で乗るかどうするか躊躇しておりました。私はどこの国の人かわからないので「Ke Selemban」と言うと、それでもわからなかったようで、そのうちその1人の女性が「どっち」と日本語で言うので、私は何だ日本人かと指で「こっち」と示したのでした。しかしながら、その女性達はそれでも乗車することに躊躇し、扉は無情にも閉まってしまいました。私は最初から「どちらまで行くのですか」というような聞き方をしていたら、彼女達もすぐに答えられ乗車するのかどうか判断できたのではないかと思いますが、あせっている時はなかなか適切な尋ね方ができません。
列車は少々の遅れがありましたが、郊外へ行くにしたがってスピードを上げていきました。
車内に目をやると扉に「Jangan bersandar pada pintu(扉に寄りかからないで!)」と書かれていましたので、タガログ語だけわかる人でも理解できるなと思い、その言葉をノートに書き込みました。すると隣に居たインド系の青年が私のノートを覗き込み、興味深くみていました。私は目が合ってしまったので、マレー語とタガログ語はとても似ているんだよと説明し、この扉に書かれている言葉の中のbersandar(タガログ語の語根=sandar 寄りかかる)とpintu(タガログ語=pinto 戸)はお互いに共通する言葉ということを説明しました。
Serdang駅付近で空港連絡鉄道のKLIAに気持ち良く抜かされるが、列車は100km/h近いスピードで飛ばしています。マレーシアはマレー半島でも日本との時差が僅か1時間なため、19時を過ぎても明るかったのですが、さすがにSerdang駅を過ぎたあたりから暗さが増してきました。
Serdangから先は駅間が長く、100km/h近いスピードを出す。車内も先程までかなりの混みようでありましたが、この時点で半分ぐらいの椅子が空いています。この国の三大人種はマレー系、中国系、インド系でありますが、やはり車内の様子も同じ人種同士が元々使用している母国語を使って話しをする姿が我々日本人には異様に思えます。もう少し人種の垣根を越えて付き合えば良いのではないかと思いますが、やはり思っている以上に簡単にはいかないのでしょうか。
そのようなことを考えているうちにBangiに到着。先行する列車がこの駅止まりであったため、この駅より先の利用者が乗車し、椅子は満席となり、ドア付近に立つ乗客が見られました。
車内の椅子の配置に目を向けると、実にユニークであります。写真のとおりで場合によっては隣の人の視線が気になるもので、このような椅子の配置はジャカルタのHolecの車輌でも見られます。

ところで、待避施設を持った駅が多く見られ、その配線の状況が昔の小田急線の東北沢駅のような駅が多く、有効長がとても長い。なので本線に出るまでかなり時間がかかるのでありますが、日本に比べて豪勢なつくりとなっています。何もここまで多くの駅に待避施設をつくる必要があるのかどうかわかりませんが、あって損はないかとも思ったしだいです。
列車は6分遅れの20:21で終点Serembanに到着。クアラルンプールから1時間以上も時間を要したわけですが、駅前の雰囲気は郊外の駅というよりも地方都市そのものでありました。
すぐに折り返し列車でクアラルンプールに戻りますが、クアラルンプールに到着したのは22時近くでした。

終点のSerembanにようやく到着。

Manila, Kuala Lumpur, Jakarta鉄道探訪

2010年09月12日 14時02分36秒 | インドネシア
Selamat siang(petang)! Magandang hapon! こんにちは!
Apa kabar(khabar)? Kumusta po kayo? ご機嫌いかがでしょうか?
インドネシア(マレー)語、フィリピン語でお久しぶりに挨拶させていただきましたが、前回の記事のとおり、8月26日から9月9日までフィリピン、マレーシア、インドネシアを周遊し、その首都の鉄道探訪を行って参りました。

ほぼ2週間という時間があったものの私にとってはこれでも時間が足りず、おかげで毎日少しずつ体力的に無理をしてしまったようで、ジャカルタへ到着してからは疲れが取れず、その後マニラに到着してからは咳きが止まらなくなりました。最初は空気の汚さの為かと思っていましたが、9日の帰国後直後に高熱に魘され病院で診察してもらうと、この季節にしては珍しいインフルエンザということがわかり、1人、部屋でこもって回復に努めているしだいです。タミフルという薬のおかげである程度回復しておりますが、1度にそれぞれ詳細な交通事情の説明、乗り鉄日記が書けませんので、本日は簡単に説明だけさせていただきたいと思います。

まず、今回の日程ですが以下のとおりです。(主な行動のみ)
8月26日東京マニラ 夕方、フィリピン国鉄乗車。
8月27日マニラクラーク(パンパンガ)クアラルンプール 夕方、KTM Commuterに乗車。
8月28日ETSに乗車。その後KTM Commuterに乗車。夕方、クアラルンプールジャカルタ
8月29日Depok車庫、Bogor車庫撮影。
8月30日Manggarai駅で撮影。その後Balai Yasa ManggaraiとBukit Duri車庫訪問。
8月31日UI付近で撮影。その後Majalah KAに寄ったのちDepok車庫訪問。
9月1日Cikiniで撮影。Tanjung Priok行き列車に乗車し、折り返しBukit Duri車庫まで乗車。その後Manggarai発Parung Panjang行きに乗車。
9月2日深夜ジャカルタマニラ フィリピン国鉄乗車、事務所訪問。
9月3日~6日マニラから脱出。
9月6日DOTC(運輸通信省)訪問。
9月7日フィリピン国鉄乗車、事務所訪問、Tutuban車庫撮影。
9月8日フィリピン国鉄乗車、事務所訪問、Caloocan工場訪問。
9月9日マニラ東京

ここからは各都市の主な話題などについて、簡単に説明したいと思います。
●マニラ
PHILIPPINE NATIONAL RAILWAYS(2010.2時点と比較して)
・2010年6月16日ダイヤ改正。
1日下り上りそれぞれ18本DMUをTutuban~Alabangで運行。
1日下り上りそれぞれ1本Commex(12系)Tutuban~Binanで運行。
・DMUの運行がBicutanからAlabangまで延長。
・Alabang駅ホーム、商業施設「Metropolis」東隣に移設(本屋はそのまま→移動の予定)。
・San Andres,Nicols駅開業。
・DMU5編成(全6編成)がManila地区で運行→全く余裕のない状態で、運用に不足を生じるケースあり。1編成(DMU2)はNaga地区で運行。
・12系Commex6両客車編成から5両へ減車→担当者の話しでは利用客の需要とのバランスには問題ないとのこと。
また、ダイヤ改正により、上りが早発(Binan発で6:00→4:50に変更)、下りが早発(Tutuban発18:35→18:20に変更)であるもののBinan着は20:15と現在、以前と同様。
・乗車率向上→昨年、DMUを導入し、更に大幅な増発を行ったため、バス、ジープ利用客がシフトしたものと見られる。最大混雑率300%を超えるものと思われる。また、DMUのような3両編成での対応、1両に2扉の車輌は乗り降りに相当時間を要し、正常な運行の妨げになっている。
・Tutuban~Caloocanリハビリ、着々に進行しており、順調に行けば1年以内に運行ができるものと思われる。
・9月6日より今まで日本と同じ左側通行であったのが、この日から右側通行に変更。
踏切での乗用車との衝突を少しでも回避するために実施したのこと。駅でのアナウンスが徹底されず、いつも利用している乗客が列車に乗り損ねるケースが目立った。切符売場でも方向別に切符が売られているが、私も何度も迷ってしまった。(アナウンス、掲示を事前から徹底してほしいものだが、マレー系だからまあーいいか)

写真は6両から5両に減車されても存続している12系客車列車。そろそろ限界か!
今回、私はこの12系客車列車には運が悪く、乗車することができませんでした。

この他、Bicol地方では、2010年9月6日にダイヤ改正を実施した模様です。
・DMU1本(DMU2)はSipocot~Ligaoの通勤用として運行中。
・Tagkawayan~NagaにCommex(12系)上下それぞれ1本運行開始。(TK5:00→NG9:00 15:00→TK19:00)
・9月17日、Nagaの水かけ祭りぺニャフランシャに合わせ、政府専用列車を運行予定。
Manila朝出発、Naga夕方到着とのこと。返却は19日の予定で、返却される列車には政府関係者は乗車しない模様。おそらく、テレビモニターの付いている最上級の車輌が使用されるものと思われる。

また、JRから客車(寝台車)と電車を無償譲渡(輸送費はフィリピン側が負担)が近日中に進められ、来年まで続く予定で、両数もそれ相当の両数を予定しているが、突如と計画がストップしまったようである。(両数についてはTutuban車庫、Caloocan工場に置ける両数)

続いて、LRTの話題ですが、MonumentoからBalintawakまで今年4月に開業しました。残りはBalintawak~North Ave.となりますが、SM(大型商業施設シューマート)の駅前に新駅設置予定で、この新駅を境に西側がLRT-1号線、東側がMRT-3号線となる予定です。SM前の新駅は一向に手付かず状態が続いています。


写真は新駅Balintawakに到着するThird Generation(1200番台)。
LRTやMRTの駅では必ず駅員の許可が必要です。


●クアラルンプール
KERETAPI TANAH MELAYU BERHAD
・韓国Rotem製造ETS、8月12日よりIpoh~Serembanで運行開始。
1編成6両編成で、最高速度は160km/h。Ipoh~KL Sentral・Serembanを1日5往復運行。

・Sentul~Batu Caves(7.2km)、2010年7月29日開業。
・EMU、Rawanの留置線やSentulの工場内に使用できない車輌多くあり。
・EMUは1編成3両で、2編成6両はないようである。また、運行体系は現在もx字運転(Seremban~RawangとPel.Klang~Batu Caves)。Rawang~Tanjung Malimの区間運転。

写真はディーゼル機関車に牽引されたEMUで、機関士の話しではこれからKlangに向かうとのこと。


●ジャカルタ
PT KAI COMMUTER JABODETABEK
・7000系4編成ともに運行中。(7700、7800を抜き、Depok車庫に留置→全て確認していません)
・05系2編成(02、07編成)、10両編成のまま、Balai Yasa Manggaraiに留置。8月31日Bukit Duri車庫に移動。転入整備は行われていない。色につては7000系と同様とか?


・Ekonomi AC列車で走行中、側引戸を開けたまま走行。屋根などに乗車する乗客も多い。東急車、103系でそのような光景が見られた。


・女性専用車、着々と増殖中。4両編成についてはわかりませんが、6・8両編成のものは前後先頭車2両が女性専用車。Ekonimi列車には女性専用車を確認できず。
・6201編成、Balai Yasa Manggaraiで検査中? 帯の色は緑+黄色
・衝突事故で破損した6000形の6155・6252、Balai Yasa Manggaraiに留置中。破損の状況から復帰は無理と思われる。
・8610編成、Depok車庫にて青+黄色帯に変更中。6281編成も検査中か?帯の色は緑+黄色。
・駅によってはホームの嵩上げとホーム屋根設置工事を実施中。
・側引戸上部にJABODETABEK路線図設置。

就職先が変わっても、気持ち良く快走する7000系。

ジャカルタの話題は、他の方のホームページやブログなどでも多く掲載されていますのでここまでとし、乗車記などは後日掲載します。