Asian Railway Plaza

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南武線205系オリジナル編成営業終了(第1弾コラボレーション終了)

2015年12月07日 15時37分24秒 | 南武線
先日も述べましたように、11月16日から南武線205系の最後のオリジナル編成でもあるH39に「南武線→海外譲渡」と書かれたヘッドマークが付けられ、11月30日より沿線の子どもたちが描いた205系の塗り絵が車内に飾られていましたが、12月6日の1865Fの運行をもって営業が終了しました。これでオリジナル編成は引退することになり、205系としては先頭改造車のH46が残るのみとなりますが、先日の横浜支社からの発表にあるように来年1月9日に「ありがとう運転」と題して、205系のさよなら運転が予定されていますので、南武線本線上の205系の営業運転は残すところあと1ヶ月となりました。

ということで、205系の活躍もあと僅かとなりましたが、私は先頭改造の編成は好みではなく、オリジナル顔の編成のほうが好みであり、昨日6日のH39編成の最終営業によって、私の南武線205系の歴史も終止符を打ったものと感じておりますが、このH39の勇姿を撮影すべく、南武線沿線に頻繁に出没していました。

ヘッドマークが掲示された11月16日から12月6日にかけての3週間、時間があるたびに南武線沿線に行ってみましたが、E233系との並びは1度で良いから撮影したいということで、平日朝、向河原で撮影していたところ見事に並んでくれました。


続いて、12月5日と最終日の6日は中原電車区の計らいでしょうか、通常、ジャカルタへ譲渡される編成は新津へ配給されるちょうど1週間前の金曜日が営業最終日となりますが、記念列車の運行ということに対して特別に01F、65Fと日中運用に充当していただきましたので、私もたまたま仕事が忙しくなく思う存分撮影してみました。
5日は前日夕方の25Fの運用を引き継ぎ、武蔵中原駅滞泊の翌日01Fに充当される予定でしたので、多摩川橋梁に行ってみましたが、天気が良く、紅冨士の姿も見えましたので、ツーショットということで撮影してみました。


休日の01F(コロイチ)運用は全て各停列車であり、快速に充当されないことから、これも私の昔からの定番ですが、矢向駅の通路から鹿島田周辺や武蔵小杉周辺の中高層ビル群とのツーショットということで撮影してみましたが、この季節、影が長いことから車両の左はじが影になってしまいました。


その後、午後3時頃に川崎駅を折り返すため、立川方の顔も撮影すべく柳町踏切へと行ってみましたが、この季節、この時間では車両の側面に日はあまり当たらず、真っ正面に日があたるような感じでした。おそらく30分遅くなると影が障害となるため、この季節ここでの撮影は難しいのかもしれません。


最終日の6日は、この日も天気が良く、富士山も見えましたので、多摩川橋梁で下り列車と富士山を入れて上の写真のように撮影したのち、上り列車も撮影してみましたが、予想どおり50人以上の大勢のギャラリーが撮影されていました。私はこのヘッドマークをできるだけ目立つようにということで線路際に近い所で撮影しておりましたが、大半の方々は私よりもおおよそ50mの所で撮影されていました。もう少し線路から遠ざかったところで撮影したほうが良かったのでしょうかね?


ここをあとにするとすぐに登戸~中野島間の河原第3踏切付近で撮影すべく、スクーターで直行しました。この日の午前中も天候に恵まれ、列車の通過時間を考えると光線状態も良いと考えていましたのでここを選びましたが、この65F運用は日中において、立川→川崎が快速に3回も充当されますので、「快速」表示も撮影できるのが目玉です。


その後も沿線各地で撮影し、最後の最後の立川→川崎の1764Fと川崎→武蔵中原の1865Fは乗車し、最後の記念ということでMT61のモーター音などを録音して楽しんでおりましたが、やはり私と同じように録音されている方々も多く見られ、最後の乗車を堪能されていたようです。
川崎に到着すると跨線橋から1枚撮影しておこうかということで思っていましたが、やはり他の方も同じようなことを考えているようで、私もヲタの1人だとあらためて認識した思いです。(他の方から見れば私は立派なヲタなのでしょうね。それもいい年のオヤジが)


最後の最後の1865Fも南武線ファンとしては乗車すべく、2004年12月16日の川崎→武蔵中原の最終営業の103系に乗車して最後のお別れをさせていただのをはじめ、つい最近では南武線生え抜き205系の最終営業のH12にも乗車したのですが、103系でさえも車掌からなんの労いの言葉やお別れを乗客に告げる案内もなく、ひっそりと営業を終了してしまいました。この1865Fにおいては武蔵小杉を出発したあと、車掌から詳細なアナウンスについては他の方のブログ、ウェブサイトなどをご覧いただければと思いますが、「本日をもちまして南武線の営業運転から引退し、今後は海を渡り、ジャカルタで走り続けます。~ また、この電車との想い出もお持ち帰りいただけたら幸いでございます。」という労いの言葉がありました。(矢向車掌区では4日夕方の運用から駅間の長い区間で、このような案内がされていたようです)

武蔵中原到着後、多くのギャラリーは下りホームの立川方に集結し、「ありがとう」や「お疲れ」などと入庫する列車に叫んでおられたみたいですが、私はひっそりと上りホームの川崎方でH39が去って行く様子を眺めておりました。


南武線オリジナルの205系編成の営業が終了するとともに、私にとってはイケメンとも言えるカッコイイ顔の205系が見れなくなるのは寂しい限りですが、来年1月のジャカルタ訪問の際には、またお会いできると思いますので、言葉を投げかけるのであれば「Selamat jalan. Mari kita bertemu di Jakarta」(さようなら。ジャカルタでお会いしましょう)と心の中で呟いております。

ということで、南武線とKCJとの共同企画である第1弾コラボレーションが終了しましたが、第2弾はH39編成の車内に掲示されていたように、南武線沿線の子どもたちの絵がジャカルタにおいてもそのまま掲示され運行される予定ですが、ヘッドマークについても海上輸送等の際においては障害になるため一時的に取り外されるものの、ジャカルタ到着後、転入整備を経たのち約1ヶ月間はこのヘッドマークを再度取り付けて運行される予定のようですので、私も1月の訪問時にこの姿を見ることができることを大変楽しみにしております。(前回のブログの記事ではいろいろと私自身の企画を書いてみましたが、どうもやらなくて済むようです。)
最後にそのイメージだけでもということで、H39に取り付けられていたものをKCJ仕様の元南武線編成に取り付けてみました。おそらくこのような姿になるのではないかと思いますが、私個人的にはKCJ仕様ではない南武線オリジナルの姿で取り付けてもらえると嬉しいのですが、それはないかもしれませんね。
また、Nambu線からNambo線でシャレにもなりませんが、運行されると面白いかもしれません。実際、1日、Nambo~環状線のDuri間に3往復の設定があり、元ハマ線の8両編成が充当されているようですので、ここへ南武線の編成が充当されることもありえるかもしれません。

南武線、ジャカルタ(KCJ)とのコラボレーション開始

2015年12月01日 16時40分37秒 | 南武線
大変ご無沙汰しております。
10月20日のブログ更新以来、連日、仕事のほうが忙しくなり、休日や深夜も仕事づけの毎日でありましたが、そのような中、元地元の南武線もいよいよ205系の譲渡が終盤を迎えつつあり、気がついてみればジャカルタ譲渡向けの編成として営業しているのは12月1日現在、最後の1本となりました。
今年10月12日に武蔵中原駅において、E233系の展示ならびに南武線に関する展示、体験などのイベントがありましたが、何か面白いものがあるかもということで私1人で楽しんできました。会場では駅員さんや矢向車掌区、中原電車区の方々が対応しており、その方々と南武線談義を少々させていただきましたが、その中で私は胸のあたりに付いている名札も確かめないまま、社員の1人にお話しをさせていただきましたが、「いよいよ南武線の205系の活躍もあと僅かですし、ジャカルタに譲渡された南武線の205系も南武線カラーで活躍していますので、ジャカルタ(KCJ)とのコラボレーションで何かイベントをやっていただくのもよいかもしれませんね」と提言させていただきましたが、そのお相手をしていただいた方は中原電車区の区長さんで、私もこのようなところでお会いできるとは思っておらずビックリしました。その願いが通じたのかどうかわかりませんが、すでに皆さんもご存知のように11月16日より205系H39編成に「南武線⇨海外譲渡」と書かれた73系時代に使用されたデザインのヘッドマークが付けられ、ジャカルタとのコラボレーション第1弾が開始されました。

ということで、11月16日の初日にそのヘッドマークの付いた車両を少しでも早く拝みたいという欲にかられて、朝7時前に武蔵中原駅へ行って観察しておりましたが、早起きは三文の得という言葉にもあるように、下りと上り出庫の列車の発車時刻が近い627Fと628Fのどちらかに205系もしくは209系とE233系との並びが見れるのではないかと予測していたら、なんと205系どうしが並んでくれました。


朝から縁起がいいとでも言うのでしょうか。ラッキーではありましたが、最後の朝の出庫の731Fにヘッドマークの付いたH39が充当されるかもしれないということで、下りホームで待ち構えていると、朝日を浴びながらお目当てのH39が入線し、とても感動しました。


私の他に待ち構えている人はどうもいなかったようで、ほとんど1人で撮り放題でありましたが、このあと例の運用表を見られた方々が多く、沿線や駅にはあっという間にカメラを持った人たちが見られるようになりました。


このヘッドマークは既にご存知かもしれませんが、川崎方のものと立川方のものはほとんどデザインが同じですが、立川方のほうには「for Indonesia」と書かれており、立川方も奇麗に撮影したいということで、南多摩で撮影してみました。


撮影は朝のラッシュ時だけにと思っていたところ、この31Fはせっかくの日中運用にも就いてくれたのだから、お昼まで撮影タイムということで、以前、3年ほど暮らしていた近くの踏切でバチリといただきました。


ここまでは撮影日誌ということでご覧のとおりですが、今朝も撮影がてらにH39に乗車してみると、車内には沿線の子どもたちが描いた205系の塗り絵が車内に飾られ、インドネシア語で「Dari anak-anak Jepang untuk Anda sekalian」と書かれ、日本語で「日本の子どもたちから皆さんへ」とメッセージが書かれ、これらの絵は貼付けたままジャカルタに送られるようで、ジャカルタでもこの日本の子どもたちが書いた塗り絵を見ることができるようです。
また、展示期間については12月6日と書かれているため、今度の日曜日まで運用に充当されることが予測され、その後は予定どおりジャカルタへと送られるものと思われます。


ジャカルタとのコラボレーション第1弾ということで、南武線ファンの1人として嬉しいイベントでありますが、ジャカルタ側としても南武線とのコラボを是非実現してほしいということで、個人的にジャカルタ側の企画をしてみたのが下の写真です。
以前、国鉄時代に中原区の検修の方からいただきました73系の行先表示にH39と同様に「Jalur Nambu→KCJ」(南武線→KCJ)と書いて、9月にジャカルタ訪問した時に撮影したKCJ仕様の元南武線編成にそのヘッドマークを貼ってみたのですが、どうでしょうか?これはこれで我ながらカッコいいと思うのですが、KCJ側にこのような企画を提案しても、日本から中古車が譲渡されているということをあまり表面に出したくないような風潮もありますので、おそらく却下されてしまうのではないかと推測されますが、時間がありましたらこのようなヘッドマークを作成してみようかと思っています。


上の提案が無理であれば、これも約25年前に検修の方にいただいたものですが、103系や101系で使用されていた誤乗防止用の「南武線」という黄色のステッカーをいただきましたので、下の写真のとおり撮影の際にちょっと貼付けてみたいと思います。


ということで、205系の活躍もあと僅かになりました南武線の話題でしたが、来年1月に再びジャカルタを訪問し、元南武線の205系の活躍をレポートする予定です。
最後に、H46の先頭改造の205系は1月9日に「ありがとう運転」が実施され、205系が引退する予定のようです。209系のH53についてはいつまで使用されるのかわかりませんが、今月下旬には来年春のダイヤ改正が発表されるため、もしかすると今後の行方がわかるのかもしれません。