Asian Railway Plaza

アジア各国の鉄道やJR南武線の話題などをお届けします

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キハ52(Kiha Orange)でAlabangへーその1ー

2018年07月04日 20時01分26秒 | フィリピン
前回のフィリピン国鉄(PNR)の近況報告に引き続き、今回もPNRの話題を述べていきたいと思いますが、マニラ滞在時にはいつも恒例になっているPNRの乗車レポートということで報告したいと思います。
今回は今年5月末から6月上旬にかけての滞在時のことではなく、その前の今年1月のマニラ滞在時のことですが、この時はKiha Whiteと称されるキハ350の2両編成が運行され、同時にKiha Orangeと称されるキハ52の国鉄色がDL牽引により運行されていました。
キハ350は当初の予定ではBicol地方のコミュータートレインとして使用されるということで、マニラ首都圏のTutuban〜Alabang間では使用する予定はありませんでしたが、マニラ首都圏での車両不足に伴い、第3編成のキハ3518+キハ3519が白色にオレンジ色帯で塗装変更されると、昨年の8月頃から2両編成で運行開始され、さらにBicol地方で使用されていた第1編成のキハ354+キハ353が同じく昨年8月にマニラに戻され、9月4日から第3編成と第1編成の1両(PNR色)の3両で運行されました。その後、第1編成はPNR色の青色+オレンジ帯から第3編成と同じ色に変更され、一時は4両編成として運行されていましたが、車両の不調により今年1月からは第3編成のみの2両編成になりました。
一方、キハ52は近年においてはブルートレイン色(Kiha Blue)の3両のほうはSipocot〜Naga間のコミュータートレインに使用され、その後はこの区間をキハ350の第2編成が運用に充当されることになり、休車状態となっています。また、国鉄色のKiha OrangeはCaloocan工場にしばらく留置されていましたが、昨年の7月頃からDL牽引によりマニラ首都圏で使用されました。
今年1月19日、家内と子供の住まいであるラグナ州San PedroはAlabangの先にあり、PNRの列車で帰宅する上ではせっかくですから、乗務員室に乗車させていただくべくPNRの幹部職員の方にお願いしてみたのですが、ちょうどTutuban16:37発にはキハ52が充当され、17:37発にはキハ350が使用されるとのことで、1時間待っても良いのでできればキハ350に乗車させていただこうかと聞いてみたのですが、乗務員室が狭く、しかも乗務員の作業上の邪魔になるかもとのことで、キハ52に乗車させていただくことになりました。
以前、DL牽引でない頃にキハ52の乗務員室にお邪魔させていただいたことがありましたが、今回は床下機器の不調なためかDL牽引ということで、基本的にこのディーゼル機関車に乗車しました。



下の写真はDLのうしろにつく女性専用車の車内で、Tutubanではご覧の通り、全員が着席できるぐらいの乗車率です。これがこのあと大変な混み具合になります。


列車は定刻16:37に出発すると、203系やキハ350などが留置されているTutuban車庫の脇を通り過ぎました。


Tutuban駅の北方約1km先まで進むと、線路はそのまままっすぐCaloocan方面にのびる線路と右(東)に大きくカーブする線路の分岐に達しますが、ここでは右に大きくカーブする方へ90度曲がります。


次の駅はLRT1号線と接続するBlumentritt駅に停車しますが、やはり接続駅ということもあることから、多くの人達が乗り込んできました。
今回の運転士は機関車の運転士に似合わないようなさわやか、かつスマートな青年ですが、ブレーキとノッチ(加速のためのハンドル)をうまく扱い、各駅では慎重に列車を止めていました。


Sta.Mesa駅手前ではLRT2号線が高架で交差しますが、PNRのSta.Mesa駅とLRT2号線のPureza駅とは約500mほど離れており、乗り換えを行う上ではとても不便です。PNRが電化及び連続立体交差化される際には乗り換えの利便性を少しでも改善すべく、PNRのSta.Mesa駅がLRTと交差する付近に移転すると良いのですが、今後の詳細な計画が気になるところです。


Sta.Mesa駅を発車すると線路は大きく右にカーブし、マニラの母なる川であるPassig川を渡ります。このあたりには違法になりますがスケーターと呼ばれるペディアキャブの鉄道仕様の自家製の乗物が操業しており、この橋にも多くのスケーターが行き来し、列車との衝突の危険性も多くあります。


このあと、話しがもうちょっと続きそうですので、今日はこのへんにして、次回、その続きを述べていきたいと思います。
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PNR(フィリピン国鉄)近況報告-2018年6月

2018年06月19日 17時00分30秒 | フィリピン
約2ヶ月ぶりの更新となりますが、先日、5月25日から6月3日にかけて、マニラとジャカルタへ計10日間滞在しましたので、そのご報告ということで簡単に説明などさせていただきたいと思います。今回の遠征はマニラに居る子供の誕生日が5月31日ということもあり、そのお祝いということでマニラへ行くことにしましたが、前回、ジャカルタへの訪問は昨年3月以来であり、かつ、武蔵野線の205系がジャカルタへ譲渡され第1陣が到着とのことで、久しぶりにジャカルタへ訪問することも視野に入れ考えていたところ、やはりフィリピン航空を利用して両都市を滞在することが最も時間的に効率が良く、コスト的にも僅か全部込みで4万円ちょっととレガシーキャリアとしてはお得でしたので、昨年3月時と同様にフィリピン航空で行くことにしました。
マニラ、ジャカルタ滞在時においては今回もフィリピン国鉄(PNR)とKCI(PT.Kereta Commuter Indonesia)の撮影ならびに状況を確認しましたが、本日はPNRの近況報告ということで、述べていきたいと思います。


6月1日時点でのPNRの運行区間はTutuban〜Calamba間の56.16kmとBicol地方のSipocot〜Naga間の37.07kmのみにとどまり、かつて、マニラ〜ビコール間の14系寝台車などによるBicol Express、キハ59によるMayon limited(Isarog Limited Express)、キハ52による運転は現在も実施されておらず、Naga〜Legazpi間の101.43kmについてはキハ350により2015年9月21日から1往復のみ運行が開始されたものの、その後は車両故障と車両不足に伴い運休に追い込まれました。

現在の運行区間であるTutuban〜Calamba間では、Tutuban〜Calamba間に1往復、Tutuban〜Mamatid間に1往復、Tutuban〜Alabang間に19往復の列車が運行され、Tutuban〜Alabang間では朝夕のラッシュ時は毎時30分間隔、データイムにおいては毎時1時間間隔で運行されていますが、今回の訪問時においては車両が整備されたことから、スキップトレインと称される臨時列車が運転されることが多く、データイムにおいても30分間隔で運転されることが頻繁にありました。
また、Calamba発及びMamatid発については朝Tutubanに向けて、夕方、TutubanからCalamba行きとMamatid行きの列車が設定され、Tutuban〜Calamba間は基本的に韓国RotemのDMU3両編成、Tutuban〜Mamatid間については基本的に203系が使用されています。
一方、Bicol地方のSipocot〜Naga間のコミューターについては、今回、急遽日程の都合上、Nagaへ行くことができませんでしたが、キハ350の第2編成であるキハ358+キハ3511がDL牽引の元で運用されていると推測され、元新潟色で現在ブルートレイン色に変更されたキハ52-102+キハ52-120+キハ52-121は休車状態であると推測されます。
ビコール地方のコミューターについては、国道から離れているSipocot〜Naga間のほうが、国道に沿っているNaga〜Legazpi間よりも需要が多いためにSipocot〜Naga間の運転を優先させた結果、Naga〜Legazpi間は運転休止となっていますが、今後、車両に余裕ができればこの区間の運転を再開するとのことです。
この他、マニラ〜ビコール間の長距離列車の運転については先程も述べましたように運休中ということで、運転再開にあたってはLos Baños〜Sipocot間の橋梁の補強、補修工事が必要とのことで、今後、工事に取りかかる予定とのことです。


続いて、車両の使用状況ですが、6月1日現在、203系4編成分(01、02、05、06編成)、韓国RotemのDMU3編成分(1編成分は予備)、キハ350形1編成分(キハ3518+キハ3519)が稼働し、今年1月のマニラ訪問時に比べて、稼働できる編成は多くなっていました。
キハ350形の運用状況は1日に2〜3往復し、2両編成であることから乗車できる人数も限られることから終点に近い駅を除いて、乗車制限がかけられます。(主要な駅で100人、小さな駅では30人が乗車できます)


203系については今年1月の訪問では04編成のみ運用に充当されていたものの、発電機の交換が徐々に実施され、4編成が運用に充当されていたため、車両の運用面でも余裕あるものとなり、データイムにおいては臨時列車が運転されていました。


また、現地ではKiha Orangeと称されるキハ52の3両編成(キハ52-137+キハ52-127+キハ52-122)については、今年1月時点ではDL牽引により運用に充当されていましたが、6月時点では運用に充当されることがなく、Tutubanのヤードに留置されていました。


今後の車両整備と車両計画ですが、今年1月にPNRはインドネシアの車両メーカーであるINKAとの契約により、来年第三四半期を目処にDMU2編成分(1編成3両)が落成する予定で、続いてこれとは別に今年5月末の契約で同じくINKAが来年末から再来年初めにかけてDMU4編成分(1編成4両)と液体式DL+客車5両を3編成分が落成予定とのことで、これらの車両についてはマニラ首都圏のコミュータートレインとして配置される予定です。



同時に現在使用できない203系についても発電機の取り替えを実施し、整備が行われる予定で、Caloocan工場に入場しているキハ350形(キハ354+キハ353)の整備、キハ59こがねについても長期離脱しているものの整備中であり、あとはペイントが実施される予定です。(新色は未定とのことで、塗料の到着待ちの状況です)


その他の話題としては、Caloocan〜Blumentritt間の運転再開に向けて動きがあるようですが、具体的にいつから運転再開になるのか、運転本数は1日何本になるのかについては今のところ発表されていません。

以上、ここまでがPNRの現状であり、少しずつ改善されているものの急増する沿線の利用客を高速かつ大量に輸送するためには抜本的な整備が必要であり、マニラ首都圏及び近郊においては日本政府からの支援が必要とされるところであります。また、当初予定されていたLos Baños以東においても中国の支援の元で整備が実施される予定でしたが、その支援が現在も実施されておらず、今後、これらの区間でも整備が実施されるのか不透明であります。
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Selamat datang ke Jakarta. 武蔵野線205系、ジャカルタに到着

2018年04月14日 22時25分52秒 | インドネシア
今年初めてのブログ更新となり、前回からおおよそ半年ぶりとなりますが、ジャカルタへ譲渡されることになった武蔵野線の205系についてご報告いたします。
ジャカルタへは埼京線、横浜線、南武線から計476両の205系が譲渡されましたが、今年から2020年にかけて武蔵野線の全車両計336両が譲渡されることになり、205系の総両数約1500両の半分強がジャカルタで活躍することになりますが、ジャカルタは205系王国と言っても過言ではないかと思います。
今年から3カ年で武蔵野線から譲渡されるということは、今年度は単純に3で割ると約110両ですので、それに近い両数が譲渡されるのではないかと思いますが、おそらく12両編成を主体に組成されるものと思われますので、8両×3編成を12両×2編成とし、1編成は貫通編成、もう1編成は8+4の非貫通編成になるのではないかと予測しています。
また、界磁添加励磁制御の編成は全部で6編成あり、2編成は元南武車、4編成はメルヘン顔ですが、メルヘン顔にはスカートがなく、前面窓の形状はオリジナルの車両と若干形状が違いますので、このメルヘン顔は既存の編成の中間に封じ込まれて顔を拝むことができないのか、それともスカートや投石防止のネットの取付も実施され、顔を拝むことができるのか注目されます。


続いて譲渡の動きですが、3月2日、M24編成が新津に回送されると、翌週の3月9日にM15編成が新津に回送され、3月30日にもM3編成が回送されたのですが、京葉車両センターの社員による特別な計らいか1本目のM24は前面の方向幕が「むさしのドリーム、ジャカルタ」となり、2本目のM15は「しもうさ号、ジャカルタ」と表示されていましたが、3本目のM3はただ「ジャカルタ」となっていたものの、桜シーズンということもあり、桜の花びらがあしらわれていました。


また、編成札は通常使われているものではなく、1本目から順番に、「1/42」、「2/42」、「3/42」という札が付いています。(分母の/42は小さく遠くからであればほとんど見えませんが)
ジャカルタではおそらく12両編成に組成されるかと推測されますが、この編成札をそのまま使用するのかどうか気になるところですが、Bukit Duri車庫のO君、記念に全て回収し、先頭車の車両番号を編成番号として編成札を作成するのか、それともVVVF編成ということもあり、この黒い編成札をそのまま特別に使用するのか注目かと思われます。


カラフルな新潟の115系の撮影を兼ねて4月2日に新潟西港へ行ってみると、すでに船が到着しており、車両の積込作業が実施されておりました。船舶の位置状況、新潟港の入出港予定から推測すると武蔵野線の205系3編成分を載せた第1陣「ZELADA DESGAGNES」号は翌3日夕方に新潟港を出港しました。


そして、先程、地元のマニアから情報をいただきましたが、14日、武蔵野線の205系を載せた「ZELADA DESGAGNES」号はジャカルタTanjung Priok港に無事到着し、早速、車両を船から降ろす作業とPasoso駅でレール上に車両を乗せる作業が実施されました。
おそらくDepok車庫にて整備が実施されるものと思われますが、今回は205系初のVVVF車両ということもあり、従来の界磁添加励磁制御の編成と区別する上で、帯の色は武蔵野線そのままとするのか、組成については先程述べましたように12両編成として組成するのか気になるところです。
下の写真はPasoso駅にてレール上に降ろされるTc33です。(Andi Ardiansyah氏撮影)


武蔵野線の205系はPasoso駅からDepok車庫に移送され、あとは整備を受けることになりますが、帯の色は南武線の譲渡の時と同じように武蔵野線のカラーが保持されるのか、それとも他の車両と同様にKCI塗装に変更されてしまうのか注目されます。
下の写真はM3編成で、Depok車庫に留置されています。(Waldy氏撮影)


私も子供の誕生日が5月31日ですので、5月下旬頃に家内と子供のいるマニラに立ち寄り、そのままジャカルタへ足を延ばし、先日、ジャカルタに到着したばかりのMRTの車両とこれらの205系の整備されている姿を見て来ようかと思っておりますが、武蔵野線の205系がどのような姿になるのか楽しみにしております。
また、ラマダン(断食月)の始まりが今年は5月16日からということで、Mie Bakso屋(肉団子そば屋)さんなど日中は営業しておらず、水でさえも堂々と人前で飲めるようなものではありませんが、そこは少々我慢して、何とか乗り切っていきたいと思います。
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ジャカルタに渡った103系

2017年11月21日 17時34分26秒 | インドネシア
およそ5ヶ月ぶりの更新でしょうか、年々、趣味に費やす時間も少なくなり、正直なかなかブログの更新ができないというのも本音ではありますが、今回、先日10月号の鉄道ピクトリアルで「ジャカルタで活躍するJR車両の現況」と題した記事に引き続き、明日発売の鉄道ピクトリアルでも「ジャカルタに渡った103系」と題して記事を執筆させていただきました。
今回は久しぶりに103系特集ということで、ジャカルタの103系が活躍した約11年間の動きを検査ごとに実施される色替の時代ごとに簡単にまとめてみました。
ネットがあまり普及していなかった2004年に103系16両がジャカルタに譲渡され、私も103系好きの1人として、ジャカルタで活躍する姿を見たかったのですが、当時としては情報量が少なく、いったいどのような姿で活躍しているのか興味津々でした。そのような中で2005年のゴールデンウィークに1週間程時間が取れましたので、ジャカルタへ行ってみたのですが、初めてJakarta Kota駅でオレンジ色のATC車のケヨE22、Bojong Gede行きを見た時の感動は忘れられず、今でも鮮明にあの時の思い出は残っております。その後も103系の醍醐味とでも言うのでしょうか、検査ごとに塗装変更が実施され、103系の魅力を思う存分発揮し、しかも自慢ではありませんが私のいくつかデザインしたものが採用され、一生の思い出となりました。
と言うことで、明日発売予定の鉄道ピクトリアル「特集:103系電車」のご案内でしたが、103系ファンの方はもちろんのこと、興味のある方は是非ご購入をいただければと思います。
また、感想やご指摘などがりましたらご自由にこのブログまでご連絡をいただければと思います。



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RotemのDMUでAlabangへ

2017年06月11日 17時22分20秒 | フィリピン
昨日、JICA横浜国際センターにおいて、「日本の鉄道、アジアを走る」と題して、この分野では雑誌や本などで数々のアジア各国の鉄道中古車両の活躍するレポートを執筆している斎藤幹雄氏と、アジアの地下鉄、都市鉄道や地球の反対側のアルゼンチンの首都ブエノスアイレスなどの鉄道について詳細にレポートしている「西船junctionどっと混む」の管理人である杉林佳介氏によるトークイベントが開催され、私もお二方のトークと演出を楽しみ行って参りました。
お二方が作成された動画や写真を通して、ミャンマーをはじめ、マレーシアやインドネシア、フィリピンなど、日本の鉄道中古車両の活躍する姿を説明されておりましたが、90分という短い時間の中で、会場に来られた方々にわかりやすい演出が実施され、非常に面白いものでした。終了後は杉林佳介氏が作成された日本の中古車両の鉄道模型の運転会、来場された方々の名刺交換及び雑談会などとなったのですが、中には実際に中古車両の仕事に携わっている方や私の何百倍もコアな方も多くおり、私がこの場に居ることが恥ずかしいばかりで、私のブログ名も一掃のこと別の名前に変えたいという心境にもなったしだいです。
まあ、今さらブログ名を変えるということはさておいて、斎藤氏や杉林氏のように地域を広げて、かつ詳細にまとめるということは私にとっては非常に難しいのですが、私の第2のふるさととでも言うべきフィリピンや205系が活躍するインドネシアだけでも、今後においても訪問し、時間と資金がある限り、1人の趣味人ということでレポートを続けていきたいと思っております。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、前回の続きで今年2月下旬〜3月上旬にかけて、マニラ、ジャカルタに行って来ましたが、今回はマニラ編ということで、PNR(フィリピン国鉄)に乗車しましたので、簡単にご紹介したいと思います。
と言ってもマニラではいつものことで、PNRへの本社訪問並びに車庫での撮影、そしてTutubanからAlabangまで乗務員室に乗車させていただきましたが、順を追って説明したいと思います。
3月2日にジャカルタからマニラに戻り、翌3日午前にPNR本社に訪問することにしていましたが、私もフィリピンに居ると、ついフィリピンタイムとでも言うのでしょうか、時間に縛られてまで行動することは大変ですし、今回は家内と子供といっしょということもあり、マニラから南方30kmに位置するSta.Rosaの自宅を出発したのは正午でした。
バスでVito Cruzまで向かい、そこからLRT1号線とジープを乗り継いで、PNRの本社があるTutubanへと向かったのですが、到着するやいなや腹がペコペコということもあり、Tutuban Centerのモールで昼食を取りました。日本出発前にPNRの幹部の方に3日の午前中に訪問することを伝えていましたので、もしかすると不在なのかもしれないと思っていましたが、昼食後すぐにPNRの本社に訪問すると、その幹部の方は既に午前中で退社されてしまったようで、お会いすることができませんでした。お会いできないということは何を意味するかというとTutuban駅構内と車庫に留置されている車両の写真を撮影できないということであり、10年ぐらい前でしたらこの駅には警備員はおらず、撮影もジャカルタと同様に自由でしたが、世界中で発生しているテロやイスラム過激派に対しての警戒感から、現在では撮影する際にはPNR社員から許可証が必要となっています。
表向き撮影はできないものの、子供の写真であればちょっとは隠れて撮影が可能ということもあり、駅構内に留置されている車両を撮影しましたが、駅構内には203系をはじめ韓国RotemのDMUや科学技術庁(DOST)のハイブリッドトレインが留置されていました。

まずはDOSTのハイブリッドトレインですが、以前も紹介しましたように5両編成の車両で、本線上において試運転を何度か実施したようですが、最大の難点がいくつかあり、低速での走行しかできないことと、ホームと車両床面の高さに大きなギャップがあることです。低速での走行に限るとは連結器に問題があり、縦や横の力に対しては問題がないものの、斜めにかかる力に対して弱いことが判明しており、ホームに対して車両床面のほうが約30cmほど高く、子供やお年寄りが乗降する際には不便さを強いられる結果になっています。
以前、PNRの車両担当の幹部がこのハイブリッドトレインを営業運転させることを述べておりましたが、実用化する上ではこれらの問題をクリアさせなければなりませんので、この車両での営業運転は難しいのかもしれません。


続いて203系ですが、Metro Manilaのコミューター区間であるTutuban〜Alabang間の主力形式であり、朝と夜に運行されているTutuban〜Mamatid間に運転されている1往復についても203系が使用されています。1編成が基本的には5両編成で組成されており、DL牽引で運行されていますが、終点のAlabangにおいてDLの機回しが実施され、RotemのDMUに比べて折り返しに多少時間を要します。


最後に韓国Rotem製造のDMUで、元々3両編成×6編成が在籍し、当初の計画ではその後のSucat〜Calamba間のリハビリにおいても、Rotem製の車両を増備する予定でありましたが、その計画はフェーズ1までしか実行されず、車両の増備も結果的に実行されず、現在、運用に充当されているのは2編成のみのようです。(他の4編成は故障中)


時間的には夕方の5時近くとなり、自宅のあるSta.Rosaに帰ることにしましたが、夕方のラッシュ時にマニラからバスで帰るのも大変なことですので、AlabangまでこのPNRに乗車し、Alabangからジープで帰ることにしました。17時7分発の列車は上の写真で紹介しましたRotem製のDMUでしたので、3両編成では車内は大混雑が予想されますので、子供達には苦痛にならないよう乗務員室に乗車させていただきたく、PNRの幹部らしき方にお願いしてみたのですが、あっさりと許可をいただくことに成功しました。
Alabangまでの切符を購入後、幹部の方とともに前方の乗務員室に入り、幹部の方から乗務員に対して私達の乗務員室への立ち入り許可の説明をいただき、我々家内と子供はAlabangまで乗務員室に乗車できたのですが、とても混み合う客室に乗車することは避けられたものの、乗用車などと衝突事故を起こしたらどうしようとネガティブなことを考えてしまいました。PNRにおいてはかつてのように70km/h以上のスピードで走行することも少なくなり、60km/h以下のスピードで走行することがほとんどですので、万が一、踏切で乗用車と衝突事故が発生しても大惨事にはならないと確信し、腹をくくって乗車しました。
乗車した列車は定刻17時7分に出発し、約28km先の終点Alabangを目指しました。各駅では高床のホーム延伸工事が進行中で、3両から6両対応すべく長さ120mのホーム整備が実施されており、203系のような5両編成でも対応できるようになっています。下の写真にはタガログ語で「Bawal dumaan」と書かれていますが、これは「通るな」という意味です。


列車は40km/hぐらいのスピードで快調に進みますが、各駅で多くの乗客を拾っていきますので、客室内はすし詰め状態を呈しています。なお、毎回のように説明しておりますが、進行方向の先頭車両は女性専用車になっておりますので、Rotem製の3両編成においては男性は2両目もしくは最後尾の車両しか乗車できず、時には乗る事ができずに次の列車を待つということも強いられることが時々あります。



途中、Vito Cruz駅南側の踏切においては、私の知り合いで鉄道マニアであるマーク君が踏切の番人をしていますので、乗務員室の窓から大きな声で「マーク」と叫ぶと、マーク君も気がついたのか手を大きく振ってくれました。勤務が入っていなければTutuban車庫での撮影やPNR本社訪問にも付き合ってくれる良い青年なのですが、マーク君の勤務する日と私のPNR本社訪問日が重なってしまったものの、一瞬だけ挨拶できただけでも良かったのかもしれません。
列車はAlabangに向けて南下しますが、Buendia〈Gil Puyat〉駅まで来ると、混雑率はいっそう拍車をかけ、250%に近い乗車率となりました。
このBuendia駅においても6両ホーム対応工事が実施されているのですが、以前も述べたように元々Buendia駅のホームは北側にBuendia Ave.という大通りとホーム南側にはDela Rosa St.の2つの踏切に挟まれたところに位置します。Rotem製DMUの3両編成であれば問題なく対応できるものの、203系では基本的に5両プラスDLとなりますので、どちらかの踏切を閉めたまま列車が停車しますので、朝夕においては渋滞の元となるので、5年ぐらい前の高床ホーム整備時に予めBuendia Ave.北側、もしくはDela Rosa St.の南側にホームが整備されることが望まれていたわけなのですが、今頃になって下の写真のように結果的にはDela Rosa St.南側に6両対応のホームが整備され、無駄遣いになってしまったようです。
また、SLEXの延長線上にあるOsmeña Ave.がRNRの西側に平行して位置していますが、この道路の上空にSky wayと呼ばれる高速道路が建設中で、マニラ中心部においてはこのSky way〈南北連結高速道路〉がPNRの脇に確保されていた標準軌用の用地と一部PNRの上空に建設されるとのことで、今後のPNRの連続立体化と電化計画に大きな影響が出るのかもしれません。

下の写真は現Buendia駅(Gil Puyat駅)ホームからAlabang方向を臨んだところで、新ホームがDela Rosa St.踏切の南側に建設され、Osmeña Ave.の上空にSky wayと呼ばれる高速道路が建設されています。


列車はBuendia駅を発車し、次のPasay Rd.駅に到着すると列車の混雑率は最高潮となります。また、Rotem製のDMUは1両に2扉しか付いておらず、乗降の際には時間がかかるのですが、この車両が配置される前から乗車率がわかっていましたので、なぜ、乗降には時間のかかる2扉の車両を採用したのか、実情にあった車両を投入すべきかと思いますが、たまたまJR東日本から無償譲渡によって配置された203系はTutuban〜Alabang間の区間においては最適ではとあらためて感じております。


下の写真はPasay Rd.駅で擦れ違う3両編成のRotem製DMUと203系第5編成で、203系のほうが主力形式になっています。近年においては203系の冷房装置に支障があるのか、冷風の温度が高く、サウナ状態の車両が多いようです。


列車はEDSA駅(Magallanes駅)を過ぎると乗車客より降車客のほうが多くなり、徐々に混雑率も解消されていきますが、2扉の車両では乗降に際して時間がかかり、少なくとも2分の停車時間は強いられます。
列車は複線区間の末端駅であるSucat駅に少々遅れながら到着したものの、AlabangからTutubanへ向かう対向列車が遅れており、結果的にこの駅で15分前後の停車が強いられました。

下の写真は夕闇が迫るSucat駅で停車中のAlabang行きの車両とTutuban方面の列車を待つ乗客たちです。


対向列車が到着するや否や我々を乗せた列車は次の終点駅であるAlabang駅に30分程遅れて到着しましたが、緯度が低いせいか日はとっぷりと暮れてしまい、あっという間に闇夜となりました。
乗務員に御礼を告げて降車したのですが、乗車してきた列車は機回しの必要のない203系とあって、遅れを取り戻すかのように早々に折り返し、乗務員たちは我々に手を振ってTutubanへと発車していきました。


以上が今回のPNRレポートであり、あまり大した取材などができませんでしたが、つい最近の現地マニアからの情報によりますと、キハ350第3編成の2両を使用して、Tutuban〜Pasay Rd.間においてシャトル列車が設定される予定や国鉄色のキハ52の3両が先日8日にDL牽引の元で試運転が実施されたとのことで、キハ350やDL牽引による国鉄色キハ52をマニラ首都圏で見ることができるのかもしれません。
また、Bicol方面関連ですが、2015年9月より運転再開されたNaga〜Legazpi間のキハ350によるコミュータートレインは2016年5月より運転休止となり、現在、Bicol地域におけるコミューターの運行区間はSipocot〜Naga間に限られており、この区間はDL牽引によるキハ350が使用されているとのことです。
この他、PNR色に塗られた元新潟色のキハ52の3両はNaga駅に留置されたままのようで、使用されていないようですが、マニラ〜ビコール間の14系、キハ59こがねによる運転についても今のところ再開の予定は残念ながらないようです。
PNRの全体の状況については以上のとおりで、あまり明るいニュースがなく、今後の展望も開けない状況で、PNR南方線の整備にあたって予定されていた官民連携事業〈PPP〉による入札も実施されておらず、一時、中国が支援するのだとか、メガ・マニラ地下鉄を日本政府のODAにより整備するというニュースもありましたが、メガ・マニラ地下鉄の整備には巨額な費用と時間がかかることが想定され、実現化されるまでにはほど遠いことであります。フィリピン国鉄南方線のTutuban〜Alabang間ないしCalamba間の整備が時間的にもコスト的にも難しいことではないと推測されますので、個人的には最優先で整備すべきことではないかと思うのですが、いつになったらフィリピン国鉄の南方線の整備が最優先の事業として見直されるのか私としても大きなジレンマを抱えております。
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