Panay Railwaysの事務所を探しに行きましたが、以前Lapasの駅舎が現在の事務所になっているようです。1995年の当時、Panay Railwaysに従事する人はたったの7人でさびしい数になってしまいましたが、以前は数百人従事していたとここの社員の方が述べていました。また、Panay Railwayをフィリピン政府の方で復活させたいというようなことも述べていましたが、PNR(フィリピン国鉄)でさえ北方線の復活や南方線のリハビリが実行されるのかどうか疑問ですので、政府主導でこのPanay Railwayを復活させるのには、まだまだ先のような気もします。(政府開発援助でも難しいかも)
この写真は1994年12月17日にフィリピン国鉄(PNR)のCaloocan工場で撮影したものです。
どことなく日本の新幹線に似ており、フィリピンの鉄道車両の中ではスマートな車両です。
この工場の近所の子供達の話しでは大統領が乗るとか言っていましたが、この話しが本当であればマルコスやマルコスの妻であるあの我がままなイメルダも乗車したかもしれませんね。
写真が白黒で色がわかりませんが、たしか国旗の色と同じ白・赤・青であったと思います。
Ito ang treng sinasakay ng presidente at iba pang mataas na taong nanunungkulan sa pamahalaan ng Pilipinas. Katumbas ito ng Bullet Train(Shinkansen) ng Japan.
どことなく日本の新幹線に似ており、フィリピンの鉄道車両の中ではスマートな車両です。
この工場の近所の子供達の話しでは大統領が乗るとか言っていましたが、この話しが本当であればマルコスやマルコスの妻であるあの我がままなイメルダも乗車したかもしれませんね。
写真が白黒で色がわかりませんが、たしか国旗の色と同じ白・赤・青であったと思います。
Ito ang treng sinasakay ng presidente at iba pang mataas na taong nanunungkulan sa pamahalaan ng Pilipinas. Katumbas ito ng Bullet Train(Shinkansen) ng Japan.
今は「Philippines2000」というよなキャッチフレーズなようなものがありませんが、この当時車両などにこのような文字をよく見かけました。
この車両の側面も日本の特急車両のようでカッコイイ車両です。去年この車両を探してみましたが残念ながら見かけませんでした。
この車両の側面も日本の特急車両のようでカッコイイ車両です。去年この車両を探してみましたが残念ながら見かけませんでした。
写真がぼやけていて申し訳ないですが、車内にはソファーやキッチンがありますが、日頃から整備されていないようで、ホコリだらけとなっていました。他にPNRの路線図が貼ってあり、北方線の他にいろいろなところにかつては路線があったようです。窓ガラスについて防弾ガラスかどうかPNRの社員に尋ねたはずなのですが、たしか防弾ではなかったかもしれません。
最近、マニラの鉄道について述べましたが、鉄道ネットワークがどのようになっているのかわからないと思いますので、路線図をアップします。
PNR(フィリピン国鉄)のBlumentritt~caloocanには列車が運行されておらず(06年9月現在)、MRT3号線のNorth Ave.~Monumentoは完成しておりませんので、ご注意ください。
PNR(フィリピン国鉄)のBlumentritt~caloocanには列車が運行されておらず(06年9月現在)、MRT3号線のNorth Ave.~Monumentoは完成しておりませんので、ご注意ください。
MRT3号線は環状型の幹線道路であるEpifanio De Los Santos Ave.(日本語では一般的にEDSA通りと言っているが)の上空や地下を利用して、メトロマニラを半環状型にTaft~North Avenueの約17kmを結んでいる。残りのNorth Avenue~LRT1号線のMonumentoまで結ばれると乗り換えはあるもののメトロマニラを環状線のように1周することができるが、この区間の建設が予定よりも大幅に遅れている。
この路線はブルーラインとも呼ばれており、車両はチェコ製で1編成が3両編成の連接車である。3編成を連結して運行され、交通渋滞で有名なEDSA通りの中を気持ち良く通り過ぎる。開業当初は運賃が現在の2倍くらいだっためか利用客は少なく、EDSA通りの交通渋滞も緩和されないため、運賃の大幅引き下げ行い、ある程度の交通渋滞緩和に寄与されたようである。
この路線の見所は、一部区間を除いて高架区間を走行するため、マニラの街を見渡せるところと、Buendia駅付近に線路は敷設されていないが、将来用と思われるトンネルが分岐しているところである。
また、この路線だけ運営主体が交通通信省(DOTC)である。
Blumentrittで起こった爆発事件がきっかけかと思われるが、1号線から3号線まで駅での撮影が非常に厳しくなってしまい、許可がないかぎり撮影は困難である。カメラを持っていただけですぐに駅の警備員に笛を吹かれて寄ってきて、撮影は禁止されていると言うが、駅にはそのような表示がないと文句を言っても撮影はできません。
この路線はブルーラインとも呼ばれており、車両はチェコ製で1編成が3両編成の連接車である。3編成を連結して運行され、交通渋滞で有名なEDSA通りの中を気持ち良く通り過ぎる。開業当初は運賃が現在の2倍くらいだっためか利用客は少なく、EDSA通りの交通渋滞も緩和されないため、運賃の大幅引き下げ行い、ある程度の交通渋滞緩和に寄与されたようである。
この路線の見所は、一部区間を除いて高架区間を走行するため、マニラの街を見渡せるところと、Buendia駅付近に線路は敷設されていないが、将来用と思われるトンネルが分岐しているところである。
また、この路線だけ運営主体が交通通信省(DOTC)である。
Blumentrittで起こった爆発事件がきっかけかと思われるが、1号線から3号線まで駅での撮影が非常に厳しくなってしまい、許可がないかぎり撮影は困難である。カメラを持っていただけですぐに駅の警備員に笛を吹かれて寄ってきて、撮影は禁止されていると言うが、駅にはそのような表示がないと文句を言っても撮影はできません。
LRT2号線は現在、Recto~Santolanの約14kmを結び、メトロマニラを東西に結んでいる。また、Rectoで1号線のDoroteo Jose、Alaneta Center Cubaoで3号線のCubaoと乗り換えができるが、両乗り換え駅ともに駅が離れており、日本人からすると不便さを強いられてしまいます。(RectoとDoroteo Joseはペデでつながっている)
この2号線は2003年にAlaneta Center Cubao~Santolanで部分開業し、3路線の中では新しい路線ですが、LRT公社が運営するものの車両は1両の長さが22mちょっとと長く5扉の車両が韓国のRotem社から導入されました。1編成は4両編成であり、ラインカラーはパープル(紫色)ですが、パープルと黄色の帯が巻かれ、外観、車内ともに韓国製らしい姿となっております。
この路線のポイントは、Legarda駅付近では細かい急カーブが続き、この大型の車両も窮屈そうに曲るところやMRT3号線をオーバークロスするところが圧巻です。また、車内アナウンスが英語とタガログ語(Ang susunod na station ay ~)の案内があります。
この2号線は2003年にAlaneta Center Cubao~Santolanで部分開業し、3路線の中では新しい路線ですが、LRT公社が運営するものの車両は1両の長さが22mちょっとと長く5扉の車両が韓国のRotem社から導入されました。1編成は4両編成であり、ラインカラーはパープル(紫色)ですが、パープルと黄色の帯が巻かれ、外観、車内ともに韓国製らしい姿となっております。
この路線のポイントは、Legarda駅付近では細かい急カーブが続き、この大型の車両も窮屈そうに曲るところやMRT3号線をオーバークロスするところが圧巻です。また、車内アナウンスが英語とタガログ語(Ang susunod na station ay ~)の案内があります。
1984年に開業したLRT1号線ですが、マニラの中心部を南北に結び、メトロマニラの人口増加により年々輸送人員が増加し、今やこの軽量級の車両では輸送力不足のように感じられます。特にラッシュ時では満員の列車が多く見られ、乗車することが非常に困難です。近年では輸送力増強を行うべく韓国や日本から車両が輸入されておりますが、軽量級の車両では抜本的な輸送力改善にはならず、編成を長くするか、ATCやATOなどを導入して列車の間隔を短くするしか方法はないかと思われます。
ちなみにLRT1号線からMRT3号線の軌間は1435mmで、右側通行、直流750V(2号線のみ1500V)で架線高が日本の在来線よりも低いように感じられます。
ちなみにLRT1号線からMRT3号線の軌間は1435mmで、右側通行、直流750V(2号線のみ1500V)で架線高が日本の在来線よりも低いように感じられます。
いつも103系などの車両の話題ばかりでしたので、本日はフィリピンの鉄道の話題を述べたいと思います。私が初めて外国へ行ったのがフィリピンでした。フィリピンはみなさんご存知のように、日本から最も近い東南アジアの国であり、日本と同じように島国です。その頃私は日本から出たことがありませんので、初めてマニラの空港に着いた時には驚くことばかりでした。もちろん外見的に日本人と同じアジア人と言っても、基本的にマレー系の人が多く、文化や習慣的にはアメリカやスペインに支配されたことから、カトリック教徒が多く、癖はありますが英語をフィリピノ語同様に話せる人が多いなど、これだけでも当時の私としてはカルチャーショックでした。
マニラに着いてから仕事などもありましたので、鉄道好きでも数日はPNR(フィリピン国鉄)やLRTには乗車できませんでしたが、おそらく4・5日たってから初めてLRTに乗車することができました。当時LRTは1号線のみが営業しており、今でも区間はかわりませんがBaclaran~Monumento(約14km)を結んでおります。このLRT1号線の当時の車両は1000型と呼ばれるベルギー製車両で、全車非冷房、3両で1編成の連接車でした。乗車する場合はトークンという乗車用のコインを改札機に入れて乗車するのですが、今やこのトークンもLRT2号線やMRT3号線と同様に磁気カードに変更されております。写真の1000型は現在では塗装も一新され、冷房装置も取り付けられており、この他の車両としては近年、韓国や日本から冷房車の近代的な車両が導入されております。
また、時間がありましたら2号線や3号線の話題も提供したいと思います。
マニラに着いてから仕事などもありましたので、鉄道好きでも数日はPNR(フィリピン国鉄)やLRTには乗車できませんでしたが、おそらく4・5日たってから初めてLRTに乗車することができました。当時LRTは1号線のみが営業しており、今でも区間はかわりませんがBaclaran~Monumento(約14km)を結んでおります。このLRT1号線の当時の車両は1000型と呼ばれるベルギー製車両で、全車非冷房、3両で1編成の連接車でした。乗車する場合はトークンという乗車用のコインを改札機に入れて乗車するのですが、今やこのトークンもLRT2号線やMRT3号線と同様に磁気カードに変更されております。写真の1000型は現在では塗装も一新され、冷房装置も取り付けられており、この他の車両としては近年、韓国や日本から冷房車の近代的な車両が導入されております。
また、時間がありましたら2号線や3号線の話題も提供したいと思います。
フィリピン国鉄は、今やTayuman(マニラ)~Legazpi(ビコール地方)のみに旅客営業されていますが、この1990年にはメトロマニラの南のCarmona~San PedroやBlumentritt(マニラの中心部)~Caloocan(メトロマニラ北部)に旅客列車が本数は少ないものの営業されており、私も珍しさから乗車したことがあります。現在ではこれらの旅客列車もなくなり、フィリピン国鉄は衰退しつつありますが、North Railなどのリハビリの計画もあるので、一刻も早く計画が実行されることを願っておりますが、フィリピンは計画どおり進まないのが実情です。North Rail用の12系が心配です。