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Asian Railway Plaza

アジア各国の鉄道やJR南武線の話題などをお届けします

2005年のちびっこぎゃらりーごう

2007年10月29日 23時10分07秒 | 南武線
またまた投稿がご無沙汰になってしまい申し訳ありません。先日、南武線の名物列車であった「ちびっこぎゃらりーごう」のことについて少々触れましたが、先程ちょっと写真を探してみました。
毎年10月頃にこの「ちびっこぎゃらりーごう」が運転されており、7年間ぐらいは運行されていたと思いますが、2005年を最後に昨年、今年は残念ながら運転されておりません。車内には川崎市立小学校の生徒の絵が展示され、他の路線ではあまり見られない名物列車でありました。来年の秋には復活してもらえるといいのですが、同時に201系四季彩の川崎-奥多摩ハイキング号も復活してもらいたいと強く願っております。(四季彩の去就も注目されるので)
また、時間がありましたら、ハイキング号や広告車両の写真を後日アップしたいと思います。

多摩川クラシコに抜擢されたナハ16編成

2007年10月15日 01時24分11秒 | 南武線
10月14日から2週間、南武線の1編成が「多摩川クラシコ」の広告車両として営業を開始しました。多摩川クラシコとはJリーグのサッカーチームであるFC東京と川崎フロンターレのホームグランドがそれぞれ味の素スタジアムと川崎の等々力ということで、地理的に多摩川を挟んで対峙することから、この両者が戦うリーグ戦において多摩川クラシコと命名されております。(○○ダービーのようなもの)
この多摩川クラシコの広告、車体の外板や前面にも付けらのかと楽しみにしておりましたが、どうも車内だけのようで、広告車両に抜擢されたのはナハ16編成のようです。秩父鉄道の帰りにちょっと寄って確認するため撮影してみました。ちょうどこの時期ちびっこぎゃらりー号もあったのですが、昨年から実施されていないため、ヘッドマークの付いた列車が見られず、201系の四季彩も今秋も運転がないようで、南武線では話題が少ないような状況になりつつあります。

昭和55年11月2・3日に運転されたドラえもん号

2007年10月10日 20時54分27秒 | 南武線
本日は昭和55年11月と昭和56年11月に、川崎~登戸に運転されたドラえもん号について述べたいと思います。
今や世界的な漫画のアイドルであるドラえもんの原作者藤子不二雄さんが、当時川崎市在住であったということもあり、国鉄の職員がドラえもん号運行実現のため何度も藤子不二雄さんのところに訪問し、ドラえもんのキャラクター使用許可のお願いに参りましたががおりませんでした。5・6回目の訪問時にようやく許可がおりて、かわさき市民まつりの企画の一部として、川崎~登戸をノンストップで結ぶドラえもん号が運転されました。
川崎~登戸をノンストップで運行されましたが、通常のダイヤの中に臨時列車を組み込む形となり、昭和44年から53年に運行された快速(川崎~登戸間を21分で結ぶ)のようなダイヤが組めず、各駅と同じ所要時間(30分)でゆっくりしたスピードで運行されました。

ドラえもん号の乗車券と記念切符

2007年10月10日 20時11分39秒 | 南武線
左側の切符が昭和55年11月2・3日に運転されましたドラえもん号の乗車券で、この当時まだ南武線には投入されていない103系の高運車が描かれています。
中央の切符は昭和55年11月のドラえもん号の運転を記念して、記念切符が発売されました。
右側の切符は昭和56年11月3日に運転されましたドラえもん号の乗車券で、こちらは485系らしき車両が描かれております。

思い出の写真-103系初登場

2007年10月01日 23時58分31秒 | 南武線
またまた、投稿のほうがご無沙汰になってしまい申し訳ありません。
仕事の方も今日やっと落ち着きましたので、若干ではありますが投稿させていただきたいと思います。
まずは先日、盛岡から来たキハ52とちほく高原鉄道の車両が千鳥町の埠頭に留置されていると述べましたが、さきほど夕方確認したところ、これらの車両の姿は見られませんでした。おそらく出港したものだと思われます。また8610Fと8039Fの計16両ですが、相変わらず留置されておりました。
私のインドネシアの友人の話しによりますと、来週にはこれらの車両がジャカルタに到着する予定とは言っていますが、本当のところどうなんでしょうか。少なくとも約2週間ぐらいはかかると思いますので、到着予定がわかりしだいご報告したいと思います。
話しは変わりますが、南武線の話題が最近ご無沙汰でしたので、南武線の103系の話題を提供させていただきたいと思います。(また103系で申し訳ありません)
他の掲示板にてすでに掲載しておりますが、南武線に初めて103系が運行された当時の話題についてご報告します。私がまだ高校生だった昭和57年から60年にかけて、南武線を利用して通っておりました。南武線を利用はじめた昭和57年の5月までは全車101系に統一されておりましたが、6月に待望の103系が豊田区から中原区に転入しました。この豊田区から中原区に転入した103系は中央線快速の201系化により、主に3+7の編成を玉突きで転配させたもので、昭和57年6月から翌年の3月まで71両が大量に転入し、中原区の101系非冷房車を取り替えると同時に南武線の冷房化率を大幅に引き上げました。
この103系転入劇の頃のことは今でも鮮明に覚えておりますが、まず昭和57年6月11日付けでT'c526が黄色に塗り替えて1両だけ転入し、転入当初は中原区の一番南側の留置線に停泊し、その後武蔵中原駅近くに移動し、方向幕がなぜか奥多摩や小机と表示されており、他の路線の行き先表示がまだ入っておりました。その後6月16日付けでMc121 M'260が黄色に塗り替えて転入し、先程のT'c526と3両編成を組成したかと思われます。7月に入るとMc57 M'157が6日付けで転入し、T'c528が17日付けで転入し、これらの3両も黄色に塗り替えられておりました。
是非103系の初営業に乗車してみたいと思い、今では絶対に行っていけない行為ではありますが、中原区に103系の初営業の時期を尋ね教えていただきました。
南武線103系の初営業は7月23日夕方の1740デから充当され、編成はMc121 M'260 T'c526 Mc57 M'157 T'c528の3+3編成で、全車黄色で登場しました。私も武蔵中原駅まで行って、この103系に初乗車したのですが、車内が101系と違って扉の上にも蛍光灯が設置されているせいか明るく感じ、CPもC2000であることや電動機がMT55であるため、京浜東北と同じだと1人で感動しておりました。また、乗務員の方も103系初営業のためか3人程度乗務され、特にヘッドマークもなく静かな南武線103系の幕開けとなりました。(一般の方には101系と103系の区別はできませんが)
この夕方41運用ですが、武蔵中原~川崎~登戸~回送~宿河原停泊という短い運用から充当され、私も登戸まで乗車させていただきました。この日の思い出は一生忘れられない出来事でしたが、平成16年12月16日朝の05運用の103系の最後も乗車し、さよならのヘッドマークもなく、この最後の運用で武蔵中原駅到着間際にも車掌から、ねぎらいの言葉やお別れの挨拶もあるかと思いきや、なにもなく静かに去ってしまった時には、本当に悲しい思い出となってしまいました。(本当にこの時は私の人生も終わったかと思いました)
とにもかくにも103系は南武線では22年間活躍したのですが、この間いろいろと感動する出来事もありましたので、103系の感動の思い出については、後日掲載させていただきたいと思います。
写真は中原区から出庫し、初めて103系が運用につくシーンを撮影したものです。(撮影が下手で申し訳ありません)

思い出の写真-103系

2007年10月01日 22時37分49秒 | 南武線
この写真は他の掲示板にて掲載させていただきましたが、同じく103系営業初日に、川崎駅で折り返す僅かの間に撮影したものです。お隣の京浜東北線はこの頃オール103系化されており、先頭車は全てATC車で統一され、Mc車やT'c車の500番台などは中間に挟まれていました。
昭和55年11月に行われた、かわさき市民祭りの時には、川崎~登戸にドラえもん号が101系により運行されましたが、その時の乗車整理券は黄色の103系高運車が描かれており、いつか103系の高運車が転入するものだと、その当時夢見ておりました。
ドラえもん号の写真については、下手な写真ではありますが、後日掲載したいと思います。

撮影地ガイド-南多摩

2007年09月18日 18時59分57秒 | 南武線
先日、稲城市内の連続立体交差事業の進捗状況についてお知らせしましたが、この区間での撮影ポイントを紹介します。南多摩駅から立川寄りの以前富士通があったところから上り列車を写真のように撮影することができます。この写真は2004年の冬に撮影したものですが、この頃風前の灯火状態であった南武線の103系をよく追っかけていました。2004年3月号の鉄道ダイヤ情報にこの場所が掲載されており、おそらくこの本を見て撮影しに行ったのではないかと思います。現在もこの場所から撮影できますが、高架工事によっていつまで撮影できるのかわかりませんので、できるだけ早く撮影された方がよろしいかと思われます。

稲城長沼駅構内

2007年09月16日 23時55分19秒 | 南武線
さきほど、稲城長沼周辺に行って、連続立体交差事業の進捗状況を観察して参りました。全体的には上り線用の仮線工事が進められておりました。稲城長沼駅については、上り線用の仮のホームと2・3番線ホームと駅本屋を結ぶ跨線橋が建設されている状況です。この上り線用の仮ホームの使用時期については、駅員さんに尋ねたところ来年の6月からということで、まだ先のようです。ダイヤ改正は毎年おおよそ3月にありますので、駅構内の留置線については改正後は使用ができなくなる可能性があります。そうなると立川駅構内に設置されている留置線らしきものが使用されるのでしょうか。とりあえずは今度のダイヤ改正が楽しみです。
また、この事業が完成すると稲城長沼については、武蔵中原のように2面4線化されますので、快速列車の運行も実現化できるかもしれませんが、そうなると南武線生え抜きの205系の種別表示が使用されるのでしょうか。また山手線からの転入車や209系のナハ32編成などの種別表示がどのようになるのか楽しみです。個人的には南武線全線で快速列車の運行を行うのであれば、登戸駅の下り待避線を1本新設し、この駅で上下線ともに緩急の接続を図ればいいのですが、そうなると稲城長沼駅の2面4線は宝の持ち腐れになってしまいますね。