ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

「いつくしみ深き」

2014-09-27 08:08:49 | 日記
お世話になった方が亡くなられました。
86歳でした。
「早世」とは言えませんが、淋しくなります。
でも、子どもさん達も、それぞれの方が しっかり成長なされていて、孫・ひ孫さんに囲まれての告別式は、やっぱり、幸せな「人生の終い」ではなかったのでしょうか。
私には、そう思えます。

幼い子どもが、斎場内を「パタパタ」走り回る光景は、実に平和そのもの。
参列している私たちにも「うるさい」とは感じられません。
たとえ、泣き声であっても。
亡くなられた方も、きっと微笑んでいらっしゃることでしょう。

一休さまは、
「親死ぬ・子死ぬ・孫死ぬ」は めでたい、とおっしゃったとか。
確かに、そうかもしれません。
逝く順序が「孫・子・親」だったら、残された者は つら過ぎます。

『前夜式』(仏式では、お通夜)と、告別式・埋骨式すべてに参式しましたので、少々疲れました。
でも、見送ることが出来たという、「安らぎ」をいただきました。
思い出になってしまった過去のあれこれと、これからを生きる幼い者たちの姿が、今という時点で複合され、何かあたたかく、心が和んだのです。

   《この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。
    約束されたものを手に入れませんでしたが、
    はるかにそれを見て喜びの声をあげ、
    自分たちが地上ではよそ者であり、
    仮住まいの者であることを公に言い表したのです。》
                     (新約聖書:ヘブライ人への手紙11章13節)

郊外にある霊園の上には秋空が広がっていました。
ぽっかり雲
ほうき雲
ひこうき雲

もう夏の暑さはありません。
明るい日射しだけが充ち満ちています。

ユーミンの「ひこうき雲」が聞こえたような気がしました。
でも耳を澄ませば、聴こえてきたのは、故人の好きだった讃美歌312番でした。

〈いつくしみ深き 友なるイエスは〉と、
〈われらの弱きを知りて憐れむ〉  と、
〈かわらぬ愛もて導きたもう〉    と、

私も応えて歌いました。
〈祈りにこたえて 労わりたまわん〉 と。
                                  〈ゴマメのばーば〉
コメント
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