ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

『その先へ』 あまちゃん。

2013-09-30 09:13:51 | 日記
「あまちゃん」。朝の連続テレビドラマ終了。
けっこう、楽しませてもらった。

夏ばっぱの言。
「老兵は去り行く」「去る者は追わず」
海女カフェ再開の当日、夏ばっぱの夫で世界一周をめざす「男忠兵衛」さんは、
「今日、舟が出るから」といって航海に出る。
これって、男の美学かも。
私たちの年代からすれば、この二人の言葉、今ふうに言えば、
「かっけぇ!」
それでいて、ベーリング海、N58°0”W178°0”の地点。忠兵衛さんは、パソコンの画面をみながら、アキが、お座敷列車[潮騒のメモリーズ号]で、「潮騒のメモリーズ」を歌う姿を見て、
「これ、俺の孫」と、仲間に誇る。
同世代を感じて、つい、笑ってしまった。
「ふっふっふっ、まあね」

北三陸鉄道リアス線、一部運転再開当日。大勢つめかけたカメラマンに対して、
「あのカメラ、ドッキリカメラじゃねぇよな」
と、いう大吉。
「あんなにいっぱいいたら、ドッキリカメラでもいいです」
と、応える、副駅長の吉田さん。
まだ、前線開通までには時間がかかるが、「この先へ」と書かれた素朴な横断幕。
「その先へ」
「来年は、こっから先へも行けるんだ」
と、先へ続く線路に目をやるアキと、ミス北鉄のユイ。

潮騒のメモリーズが流れるなか、ユイちゃんが地震に遭ったトンネルを、トンネルの出口に向かって走って行く二人の後姿。
暗いトンネルを出口の光に向かって走る、走る。
逆光でのシルエットが効いていた。

そして、母親の春子が、かって、タレントになろうと家を出る時、袖が浜の埠頭に書きつけた「海死ね・うに死ね」の文字を踏み越えて行く、アキとユイ。
埠頭の突端で海に向かい、灯台の下で、手を広げる自然なポーズ。

音楽の大友良英さんも、ギターを弾いて、ちょっぴり出演。
官九郎さんは?
天野家の初代マーメード、夏ばっぱ
北三陸鉄道駅長、大吉さん
荒巻鮭ならぬ、太巻さん
南部ダイバー・応援歌
琥珀
うに、
まめぶ
など、など
星めぐりの歌……も

久々に、楽しませてもらった番組だった。
「その先へ」の、素朴な横断幕は、私にも希望を与えてくれた。
私も「その先へ」
そう、「その先へ」だ。


〈ゴマメのばーば〉
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「地震島」と「地震国」

2013-09-29 08:11:53 | 日記
新聞を見て、びっくりしました。
24日に起きたパキスタンの地震によって、海底が突如隆起し、小さな島ができた。
と報じられていました。
『地震島』と名づけられたそうです。
地震による死者も多く出ているとのこと、地域の復興と、亡くなられた方たちへ合掌するばかりです。

また、次の様な記事も載せられていました。
安倍首相が米ニューヨーク証券取引所で講演し、日本の原発技術に関して、
「放棄することはあり得ない。東京電力福島第一原発の事故を乗り越えて、世界最高水準の安全性で世界に貢献する」と、表明したそうです。

「今後への決意」なのでしょうか、「願望の表明」なのでしょうか。
福島原発の事故は、まだまだ「乗り越え」られてはおりません。
安倍首相は、IOC総会での『アピール』で、自信を深めたのでしょうか。(スピーチライターがいるとか)
よくもまぁ。と思います。

私は、『地震島』の写真を見て、
地球には地震が起こるということ。
噴火も、津波も、竜巻も起こるということ。
そのことを、しっかり認識しなければならないと、強く思いました。

地面が隆起するなどということは、地球上の、どこに起こっても決して不思議なことではないでしょう。
日本は、世界有数の『地震国』と言われているのです。
恐れずに、立ち向かって行くことも大切ですが、進む時には退路を確保して置くのが、常識です。

原子力発電では、退路にあたる「原子の火を消す手段」が、まだ出来上がっていないのです。
地下深く、万年という単位で管理でき得るなどとの考えは、正常な考えとは思えません。
原発の下が活断層であるか、否かなどと議論よりも、
疑わしい所には作らない。
消せない火は使わない。
トイレの無いマンションは作らない。
これで、行くべきだと思います。
                             〈ゴマメのばーば〉


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猿ではなく、熊のことですが

2013-09-28 06:36:33 | 日記
静岡県県庁に一、匹の猿が入りこんだとのニュースが、テレビで流れていました。
あちらこちら、庁舎の内外を走り回っています。
逃げ惑っているのかもしれません。
餌を入れた捕獲用の檻を幾つかしかけたのですがダメな様です
猛獣ではありませんが、危害を加えるという恐れも無いわけではありません。
早く捕まって、山に帰してもらえばいいのに。
DJポリスの出動を願って、
「おとなしく、捕まりなさい。身の安全は保障します。山では、家族も帰りを待っていることでしょう。すみやかに………」などと説得しようにも、相手は猿。

ところで、今から三年前、チリ落盤事故にかかる作業員の、地下からの救出生還があった時のことを思い出しました。
この救出劇には、世界中が歓声をあげました。
実に、いいニュースだったことを覚えています。

《その時の日記から》
………今年の異常気象で、木の実となる餌が山に不足しているらしく、猿や熊が例年になく人里に出没している。
そのうちの一頭の熊が、施設に立てこもってしまったとのこと。
その状況が、テレビで放映されていたのだが、この日、「射殺された」と簡単に報じられた。
世界的ともいえるチリ炭鉱救出劇の前では、たかが熊一匹、ニュースとしては問題にもなるまいが、地球生物の一員として考えると、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
人間が熊たちのテリトリーを侵し過ぎているのに。
熊にも家族がいたであろう。
生きるため、冬籠りの準備のため、死を賭して村里へ、人間の居住地にまでやって来たのだ。
可哀そうに。

後日の〈追記〉
字幕と共に写し出された男たちと家族の姿。
70日間の地下生活を強いられた33人の男たちの証言。
「落下しそうな岩の下で、泥にまみれて寝ることは、もうないのです」
「今、空は、私のために広がっています」
と、孫を抱き上げ、サングラスに、ほほえみを浮かべて空を見上げていた作業員の姿。
彼の上に青空が広がっていた。

今日、餌を求めて村里に出没していた親子熊二頭、親熊は射殺された。
逃げた一頭の小熊は孤児となった。
冬に備え、沢山の餌を食べねばならない季節なのに、小熊は餌を探せるのだろうか。
腹を空かして、また母熊を慕って里に出てくるのだろうか。
「熊が可哀そう」とは、誰も言わない。
                            〈ゴマメのばーば〉

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「あっても使わぬ 隠居の 金持ち」

2013-09-27 08:02:10 | 日記
朝、目覚めた時、毎日考えます。
両手の指先を、親指、人差し指の順に軽くつまんだり、左右の指を絡み合わせたり、つまり、指先のストレッチをしながら考えるのです。
さて、今日の予定は、と。
まず、図書館へ。
返済期日がせまっています。
次に、地元農協の直売店。
野菜、それから、お米も残り少なくなっています。
洗濯は今日しません。
掃除は、した方がいいかも。
昨日、日射しが部屋に入り込んだら、かなり、ほこりが目立っていました。
あれこれと時間の配分をし、一応の予定を立ててから起き出します。

あぁそうそう、映画。
『そして父になる』が始まりました。昨日の新聞に載っていました。
これも観にいかなくちゃあ(高齢者特別優遇料金で)。
「後日」、などと言っているうちに、上映が終わってしまい、観ず終いのことになることも、けっこう多いのです。

28年ほど前、まだ仕事を持っていて勤務していた頃は、目覚まし時計のベルで飛び起き、出勤まで、時間との勝負のような日々でした。
まだ若かったから続けられたのでしょう。
今は、歳相応に体力の低下はみられるものの、日々を、とりあえずの元気(降圧剤の服用程度)で過されることへの感謝を………などと、ちょっぴり殊勝な気持にもなるのです。

とはいうものの、そんな思いは、片づけをひとまず終わり、新聞を見ましたら霧散してしまいました。

特別養護老人ホームに入所できるのは、『要介護3』以上になるとか。
介護保険の個人負担割合が、現在の1割から、2割に引き上げられるとか。
私たちの国が、一層の高齢化社会に突き進むことを考えれば、それなりの政治的対応策も必要でしょうが、後期高齢者の私などは、今、まずまずの健康を保ってはいるものの、先々の不安に、突き落とされる思いになってしまいます。

高齢者の預貯金高が比較的高額だと、先だって報じられていましたが、高齢者の個々人をみた場合、さほどの蓄えを持っている人は、少ないのではないでしょうか。

日産自動車のカルロス・ゴーン氏の年収は約10億。
私との平均値でいえば、一人あたり5億です。
でも、私に、5億の収入があるわけではありません。
数値とは、そうしたものでしょう。

お江戸の「糯尽」(もちづくし)のように、
「有ってもつかわぬ隠居の金持ち」などではないのです。
                              〈ゴマメのばーば〉

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『リンゴをもつ少年』へ

2013-09-26 08:15:25 | 日記
宮城県美術館の庭に、『リンゴをもつ少年』という像が展示されています。
船越保武さんの作品で、高さ75㎝の優美な少年像です。
近くには、同じ船越保武さんの『原の城』という作品も展示されており、私は、この少年に会いに、美術館を時々訪れます。

私は、生きている一人の少年の前に立った気持ちで、声を出して語りかけたりもします。
「秋が来たのに、暑いねぇ」
「今日の企画展すばらしかったよ」
「じゃぁ、またね」
などと。
美術館を後にする時は、いつも、「少年」に会ってくるのです。

少年のもっている「リンゴ」は何なのか、船越さんが、何故、少年にリンゴを持たせたのか。
いつも、いつも、私は考えます。
そして、それは、新しい『知恵の木の実』『いのちの木の実』のような気がするのです。

旧約聖書の創世記には、こんなことが記されています。
《主なる神は土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。
主なる神は、東の方のエデンに園を設け、自ら形づくった人をそこに置かれた。
主なる神は、見るからに好ましく、食べるに良いものをもたらす、あらゆる木を地に生えいでさせ、また園の中央には、命の木と、善悪の知識の木を生えいでさせた。………………………………………主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。
主なる神は人に命じて言われた。
「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」………………………………》

でも、人(アダムとイブ)は、「知識の木の実」を食べ、エデンの園を追われた。と、旧約聖書には記されています。

私は時々考えます。人間の知識は、「両刃の剣」で、人々を救うことだけではなく、とてつもない悪を及ぼすことも。
知識には、疒(やまいだれ)が付くことも多いのではないかと。

人間の作りだした「核」の脅威に自らがさらされてしまったり、また、戦争の恐怖に逃げ惑ったり、何万年も管理しなければならない「放射性廃棄物」をつくりだしてしまったり……。

私は、願いを込めて考えます。
『リンゴをもつ少年』像の持っているリンゴは、新しい「知恵の木の実」なのではないかと。
新しい「いのちの木の実」なのではないかと。
そうあって欲しいと。

「ねぇ君。その手に持つリンゴで、私に、『知識』とは何か、と考え続けさせてください」
新しい「いのちの木の実」をもった少年に、また、会いにいきます。
                           〈ゴマメのばーば〉

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