ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

『何事にも時があり』

2018-05-21 06:26:52 | 日記
〈道半ばどころか、三分の一にも達しないままに中断・放置しておいた事がらを仕上げて
しまいたい〉
そうした気の焦りを覚えて暫くブログを中断しておりました。
そして、ほぼ一ヶ月経過。

物理的な事がらは、ほぼ終了というか一応のケジメをつけることができました。
しかし、〈さて これからどうする〉という事がらに関しては、考えをめぐらしてみても、
「これだ」、と自身を納得させ得る道筋は見えてきません。

時々、何人かのブロガーさんを訪問いたしますと、私もまた書きたくなってくるのです。
で、そろそろアップ再開を、と思っていましたら、長年付き合いのあった友人が亡くなりました。
私より3歳上の友人ですが、昭和27年以来、同じ職場で働いてきた友人です。
このところ、私は脱落してしまいましたが、退職後も20数年、毎週一回は会っていた友人
仲間の一人です。
かなりショックを受けました。
書き続けて来た「友人史」という年表が、「過去帳」と言う別史に移されてしまった様な淋しさ
・・・・・・・・・・・・・・が。
告別式当日は教会の行事があって参式できませんので、お通夜の席で お別れを
しっかりして来ました。
花架拳の全国大会の時に写された美しい友人の遺影でした。

教会へ行くバスの窓から青空を眺めました。
友人が荼毘に付される時間帯です。
この青い大空を昇って行かれたのかしらん、という思いで空を見つめていました。
そんなわけで、もう暫くブログを お休みいたします。
もう少し、自分自身を見つめ直したいと。

教会は、ペンテコステの礼拝と永眠者記念礼拝が行われました。

    何事にも時があり
    天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
    生まれる時、死ぬ時
    植える時、植えたものを抜く時
    殺す時、癒す時
    破壊する時、建てる時
    泣く時、笑う時
    嘆く時、踊る時
    石を放つ時、石を集める時
    抱擁の時、抱擁を遠ざける時
    求める時、失う時
    保つ時、放つ時
    裂く時、縫う時
    黙する時、語る時
    愛する時、憎む時
    戦いの時、平和の時。

    人が労苦してみたところで何になろう。
     わたしは、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。
     神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。
     それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない。
                     『コヘレトの言葉』 3章1~11節
コメント (8)
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