いつも利用しているバス停の近くに「ブドウ園」があります。
今年も、何回か分けて頂いて自分たちが食べたり、長男の家や、甥のところへ送ったり
しました。
ブドウが熟れる頃になりますと、甘―い香りが辺りいっぱいに広がります。
そして、道路からも茶色の袋がかけられたブドウが沢山実っているのが見えるのです。
もうブドウの季節は過ぎました。
今日、気が付いたのですが、袋をかけられたブドウが、まだまだ、残されているのです。
取り残された、と言う量ではありません。
けっこうな数が、ぶら下がっているのです。
袋の中に実が入っているかどうかの見分けはつきませんが、
〈何だろう 何にするんだろう〉
と、しばし立ち止まって眺めていました。
葉っぱも、すっかり落ちてしまって、ブドウの木の根元にまで明るい日差しが届いている穏やかな
景色です。
ブドウの木の枝が、まるで幾つもの腕を広げ むつみ合っている様にも見えました。
『わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である』
新約聖書、「ヨハネによる福音書」に示されている「みことば」です。
日々を自分が生きていると思っていても、「生かされているのだ」ということを、
ブドウ園の明るい日差しの中の佇まいが、私に思い起こさせてくれました。
今日も参院予算委員会の中継がありました。
観ていて疲れました。
しっかりした質問に、しっかり応えてくれません。
この回答の文言、どう解釈すればいいものか 等々、首をひねることもしばしばでした。
北朝鮮が、またミサイルを飛ばしました。
困ったことです。
不安と憤りも覚えます。
本日の予算委員会でも、関連する質疑応答がなされました。
「どうしょうもない国」
と、決めつけてしまっては解決にはならないと思います。
「義憤」ということばで括ってしまってはいけないのではないでしょうか。
国・政治の体制に問題があったとしても、あの国に魑魅魍魎が暮らしているわけではありません。
赤ちゃんも、子どもも、じいちゃん ばあちゃんも、父も母も、泣き 笑い 怒り 喜ぶ人間が住んで
いることを忘れてはいけないと。
そして、「核」を保有している国も、その傘の下にある国も、
『核は、絶対に使用しない』
と、言うところで手を組めないものでしょうか。
政治体制は異なっても、等しく地球の住人です。
水も、空気も 自然から頂いて生きている私たちです。
ブドウの木の枝の様に、腕を組み、手をつなげないものでしょうか。
〈ゴマメのばーば〉
今年も、何回か分けて頂いて自分たちが食べたり、長男の家や、甥のところへ送ったり
しました。
ブドウが熟れる頃になりますと、甘―い香りが辺りいっぱいに広がります。
そして、道路からも茶色の袋がかけられたブドウが沢山実っているのが見えるのです。
もうブドウの季節は過ぎました。
今日、気が付いたのですが、袋をかけられたブドウが、まだまだ、残されているのです。
取り残された、と言う量ではありません。
けっこうな数が、ぶら下がっているのです。
袋の中に実が入っているかどうかの見分けはつきませんが、
〈何だろう 何にするんだろう〉
と、しばし立ち止まって眺めていました。
葉っぱも、すっかり落ちてしまって、ブドウの木の根元にまで明るい日差しが届いている穏やかな
景色です。
ブドウの木の枝が、まるで幾つもの腕を広げ むつみ合っている様にも見えました。
『わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である』
新約聖書、「ヨハネによる福音書」に示されている「みことば」です。
日々を自分が生きていると思っていても、「生かされているのだ」ということを、
ブドウ園の明るい日差しの中の佇まいが、私に思い起こさせてくれました。
今日も参院予算委員会の中継がありました。
観ていて疲れました。
しっかりした質問に、しっかり応えてくれません。
この回答の文言、どう解釈すればいいものか 等々、首をひねることもしばしばでした。
北朝鮮が、またミサイルを飛ばしました。
困ったことです。
不安と憤りも覚えます。
本日の予算委員会でも、関連する質疑応答がなされました。
「どうしょうもない国」
と、決めつけてしまっては解決にはならないと思います。
「義憤」ということばで括ってしまってはいけないのではないでしょうか。
国・政治の体制に問題があったとしても、あの国に魑魅魍魎が暮らしているわけではありません。
赤ちゃんも、子どもも、じいちゃん ばあちゃんも、父も母も、泣き 笑い 怒り 喜ぶ人間が住んで
いることを忘れてはいけないと。
そして、「核」を保有している国も、その傘の下にある国も、
『核は、絶対に使用しない』
と、言うところで手を組めないものでしょうか。
政治体制は異なっても、等しく地球の住人です。
水も、空気も 自然から頂いて生きている私たちです。
ブドウの木の枝の様に、腕を組み、手をつなげないものでしょうか。
〈ゴマメのばーば〉