ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

いいえ、風の声だったかも。

2017-05-29 06:09:25 | 日記
次姉の命日でしたので、一人で お墓参りに行ってきました。
以前のブログにも記しましたが、次姉は、今から72年前の昭和20年、終戦を見ることなく、
その3か月前に亡くなりました。
行年20歳です。

病死ではありますが、アメリカ軍の市街地への空爆に遭遇し、泥水の溜まった防空後へ
避難したため、絶対に冷やしてはいけない体を冷やしてしまい、その後ひと月を待たずに
死んでしまったのでした。
ですから次姉については、〈関連爆死〉と呼びたいのです。

先だっては長姉が96歳で逝きました。
長姉も、20代で連れ合いに先立たれ、苦労をしましたが、老いてからは、息子夫婦に良く
看取られて、幸せだったと思っています。

私たちは6人の兄弟姉妹ですが、私を含めて残り二人となりました。
淋しさは覚えますが、どこか懐かしさに似た想いに充たされる昨今なのは、
あちらの世界と、こちら側を隔てる柵が、あいまいになってきたせいかもしれません。

お花を供え、線香を くゆらせ、合掌。
お饅頭も、一個供えました。
お饅頭を供えたのは、砂糖など手に入るすべもない終戦間近のこと、母と姉が、
蒸かしたサツマイモを裏ごしに掛け、それを餡として小麦粉を捏ねた生地で包み、
お饅頭風に蒸しあげてくれたことを、思い出したからです。

私たち幼い兄弟の気持ちを引き立たせるために、姉は、
「美味しいね おいしいね これって おいしいね」
と、食べている間中、何回も 何回も言っていたのです。
そんな姉の気持ちも知らず、繰り返される姉の「おいしいね」が疎ましくて、
「うまくない!」と、言い捨てた私でした。

〈あの時は、ほんとに 美味くなかったよ、だってアンコなのに、甘くないんだもの〉
と、姉に72年経っての言い訳を、お墓の前でしました。

先だって逝った長姉は、東京都内の巣鴨にある納骨堂に収められます。
3歳違いの次姉は、磐梯山と安達太良山が望める高台にある このお墓に
入っています。
父や母 祖父などと一緒です。

姉の遺骨が納められる巣鴨までは、ここから200キロちょっと離れています。
〈でもさぁ、そちらでは、距離なんて問題ないものね〉
〈齢も 三つしか違わなかったんだし、いっしょに楽しくやれば〉
と、語りかけました。

墓前を後にして、墓地の緩やかな階段を下りて来ました。
眼下を、新幹線(多分 あれは「あきたこまち」)が、走り去りました。

と、
《転ばないで 帰んなさい》
と、聞こえたような
長姉だったものか
次姉だったものか
それとも 母

いいえ、風の声だったかも。

PS  連れ合いのクルマの免許証返納が迫ってきましたので、出かけて参ります。
    ブログは1週間ほど オヤスミ。
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『つまずく石も縁の端』

2017-05-28 06:22:52 | 日記
あるブロガーさんの記事から、『つまずく石も縁の端』ということばを教えて頂きました。
10年程前、私は小石を踏んで道路で転倒、二週間ほどギプスで足を固定されました。
その間、外出も室内での動きもままならぬ状態でしたので、積み上げられていた“ツンドクボン”を
何冊か読んだりして日を過ごしたのです。
 『ユダのいる風景』『ユダとは誰か』(いずれも荒井 献著・2007年刊)その他数冊を熟読し、
それなりの充足感を得た私は、ケガはしたものの、けっこうラッキーな日々であったと、
いくばくかの自負の中に、どっぷり浸かっていたのでした。
まだ、これだけ読める気力があるとの自信と傲りです。

そうした折、或る冊子に掲載されていた八木重吉の「石」という詩が目に止まりました。
八木重吉の詩は、過去 幾たびか紐といていたものの、この「石」という詩は、全く記憶に
残っていなかったのです。
自分が小石を踏んで転倒したという状況にあったので、この詩が目に止まったのかも
しれません。

       「石」
                          八木重吉
        ながい間からだが悪るく
        うつむいて歩いてきたら
        夕陽につつまれたひとつの小石がころがってゐた
                          『貧しき信徒』から

詩の中の「石」とはメタファーでもあるわけですが、人は、自分の弱さ 至らなさを
自覚的に生きている時、
"夕日につつまれたひとつの小石"
という存在に気付かされ、「在りて あるもの」の中に生かされていることに想いが至り、
ひそかに差し出される温もりと、安らぎを味わうことができるのかもしれません。

にもかかわらず、私は小石を踏んで転倒し、貪欲に本を読みあさり、知識欲を満足させ、
独り傲慢な悦に入っていただけだったのです。
本当に、おごり高ぶる気持ちとは、痛くてつらい時でさえ、わがもの顔に襲ってくることを
実感したのでした。

『つまずく石も縁の端』
心して観れば、石ころのひとかけらからさえも、大いなる存在から差し出される御手(みて)を
感じ取ることができるのでしょう。
そうありたいものと願うばかりです。
                             〈ゴマメのばーば〉
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《国の外に敵をつくり、危機をあおって国民をまとめる》

2017-05-27 06:27:10 | 日記
急に真夏が来たので、慌ててセーターその他、冬物衣類を整理しまったのに、
ここに来て18度ほどの気温が3日ほど続き…………。
こうなると、平常時体温が低い私は、体調不良に陥ることが多いのです。
慌てて、カーディガンを引っ張り出して羽織ってみても、体の芯の冷たい感じが
とれません。

暑いコーヒーを飲んでみたり、
膝掛けをかけて机に向かったり、
あれこれ 試みるものの、何とはなしの不調感に体を占領されているみたいなのです。
そうなると、心までが俯いてしまって。
お日様が恋しいなぁと思いながら、アヤメ園に行ってきました。
そぼ降る小雨の中のアヤメはけっこう風情がありました。

晴れの日もあって、雨の日も、風の日もある、それが自然というモノなのでしょう。
それなりに、付き合うほかありません。
出来れば、仲良く付き合いたいものです。
でも、やっぱり日差しがほしいなあ、と雨模様の空を眺めるのです。

先だって、お隣の国・北朝鮮がミサイルを発射させました。
Jアラートや防災無線放送などで、一部では混乱とは言えないまでも不穏な状態が
喚起させられたことは確かでした。
数十キロ先に福島原子力発電所のある私などは、原発に着弾した際の対応は?
などと不安にはなりました。
安倍首相はゴールデンウイーク後半にはゴルフを楽しんだようです。
本心は、さほどの『脅威』とは、考えてなかったのではないでしょうか。

  《「朝鮮半島有事」を安倍首相は利用しているとも読む。
   その一例が、憲法9条に自衛隊を明記する改憲発言である。
   「国外の危機をうまく使い、自らの理念の実現に利用しようと考えても
   不思議ではありません」
   国の外に敵をつくり、危機をあおって国民をまとめる手法は歴史上、
   繰り返されてきた。
   私たちは今こそ、事態を冷静に見極める必要があるのではないか。
        (毎日新聞2017・5・25東京夕刊
          〈ミサイル「危機」狂騒曲 踊らされているのは誰?〉から引用)

ミサイル発射を是とするわけではありません。
脅威を感じてはおります。
でも ここは冷静に。
私も、そう思います。
そして、人の悪い見方をすれば、ミサイル発射等の外患が生じてくれて、「加計学園」に
対する追及が弱まるかもと、安倍首相も、菅官房長官もホッとしたのではないでしょうか。

でも、『黒を白』とするようなことがあってはなりません。
前川前事務次官の証人喚問を行って、しっかり調査すべきだと思います。
この際、前川氏が「出会い系バー」に出入りしたことなどは、文書の有無に、
全く関連のないことですから。
                          〈ゴマメのばーば〉
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『あるものが、ないことにされてはならないと思った』

2017-05-26 06:33:14 | 日記
《そもそも安倍政権が作った内閣人事局のもとでは、官僚による「そんたく」が
生まれやすいと指摘されてきた。
同局が各府省幹部の人事権を握っているからだ。
これでは、個々の官僚が政権に不都合な情報を提供するとは考えにくい。》

上記の記事は(毎日新聞2017・5・23 社説)からの引用です。
私も、さもあらん との思いです。

今年1月まで文部科学事務次官だった前川喜平氏は、朝日新聞の取材に応じ、
内閣府から文科省に「総理のご意向」などと伝えられたと記された文書に関して、
自らが担当課から説明を受けた際に示されたと証言しました。
また、前川氏は、
『あるものが、ないことにされてはならないと思った』
とも語ったとのことです。
その通りだと思います。

松野博一文科相は、「調査した結果、確認できなかった」との答弁の繰り返し。
菅官房長官は、「怪文書」扱いの発言を止めず、証言した前川氏の個人的資質
(氏は事務次官だった今年1月、文科省の違法な「天下り」問題に自ら関与して
いたとして、引責辞任)にまで、クレームをつける有様。
野党が前次官である前田氏の参考人招致を要求しても応じない模様です。
何とも醜い様相をさらけ出しています。

「森友学園」も「加計学園」についても、もう うんざりというところですが、
真実はつきとめてほしいものです。
そう、あらねばなりません。

用事があって、郊外にあるショッピングモールへ行ってきました。
途中、バスの窓から目に沁みて来たのは、5月の「緑」でした。
花を付けていた木々は、緑の葉を広げ、その存在を膨らませ続けています。
5月上旬に行った時、田んぼに植えられたばかりの稲は、まだ赤ちゃんのようで、
どこか落ち着かず、居場所が不安定に見えたのですが、あれから半月が過ぎました。
稲は まだ小さいながら、植えられた場所にしっかり定住した感がありました。
思わず、
〈あぁ立派だねぇ 元気だねぇ〉
と、声をかけました。

あるか無しかの風に、稲が そよいでいたのは、きっと、
「ありがとう」と応えてくれたのかも。
                          〈ゴマメのばーば〉
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《回答は差し控えます》、なんて言う鳥もいるのかしらん。

2017-05-25 06:42:56 | 日記
人を殺傷するバクダンというモノに、非人道的でないモノなどあるはずもありません。
原子爆弾というモノも、
化学兵器というモノも。
かつての日本兵が使った「三八式歩兵銃」にしても、
人を殺傷するための武器に変わりはありません。
もちろん、クラスター爆弾も。

クラスター爆弾は、空中で容器が開いて広範囲に無数の小型爆弾をばらまき、
無差別に市民を攻撃することから「非人道兵器」と呼ばれ、クラスター爆弾の
禁止条約(2010年に発効)は日本を含む101カ国が批准しています

クラスター爆弾を製造する企業(アメリカ、中国、韓国の6社)に対して、投融資を
行っている世界各国の金融機関を、オランダのNGO団体が発表したところによりますと、
《2013年から今年3月までに世界で166の金融機関が310億ドル、
約3兆4000億円を投融資したことが明らかになったとしています。
日本の金融機関では三菱UFJフィナンシャル・グループ、
三井住友フィナンシャルグループ、オリックス、第一生命、
が、リストに挙がっています。》

《日本は製造企業へ投融資を行っている金融機関の数が最も多くなっています。
投融資額は合わせて20億ドル、約2200億円に上るということです。
報告書に挙がった4社は「個別の件についての回答は差し控える」としています。》
                    (ANN 5/23 23:33配信)

《回答は差し控える》
この文言、「森友学園」でも、「家計学園」関連でも官僚の方が良く使っています。

『資本と大空には国境が無い』と言われます。
「大空」の方は制空権などということもあり、〈無い〉とも言い切れませんが、
まことに「資本」たるもの、国境、いや体制の相違、善悪なども易々と乗り越え可能な
恐るべきものであることを実感します。

朝、目が覚めましたら、我が家の庭で、スズメ賑やかに囀っていました。
いや、賑やかさで目覚めてしまったのです。
昨日、草むしりなどしましたので、何かエサになるモノが地表に出てきたのかもしれません。
スズメ達を驚かせないよう注意しながら、眺めていました。
5羽位で もう、スズメ合唱団によるモーニングコーラスの様相。
なんだか、今日は、いいことがありそうな気がしてきました。

    『鳥』
                    高田敏子
    双眼鏡でのぞくと
    鳥のことばがよくわかる
    オナガが 庭木の枝に来て
    「あってよ きょうも」と連れを呼ぶ

    庭石の上に出しておくリンゴの
    きのうの残りを
    二羽は向かいあってつつきながら
    「味が少しおちたようね」
    「あなた こちら側をどうぞ」と
    入れかわってみたり

    双眼鏡から聞こえるのは
    世話女房に似た 女の声ばかり
    すまして食べているのは
    男鳥なのでしょう

スズメは、渡り鳥ではありません。
鳥の世界の世界地図って、どんな地図?
《回答は差し控えます》
なんて言う鳥もいるのかしらん。
                        〈ゴマメのばーば〉
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