ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

《世界はこんなに広々とひらけているが、………》

2016-04-30 06:35:58 | 日記
今年の春は「青春18きっぷ」を買い求めたこともあって、
日帰り可能な、お花見を楽しむことができました。
でも、いい気になって、歩き回っていたせいか、ここに来て脚が痛むのです。
痛み止めを数回飲みましたが、ダメ。
近くの整形外科医で受診、レントゲン等の診察を受けましたが、
特段の所見は見当たらないということで、鎮痛薬を頂いてきました。
が、痛みがとれません。

快復力が弱いのは、高齢だからでしょう。
しばらくは、大事すぎない程度に我が身をいたわらなければならないようです。
動かないと、筋肉は、あっという間に落ちてしまいますから。
でも、動く時間が少なかったせいで、読書タイムが増えました。
悪いことばかりでもないのです。

高所恐怖とか閉所恐怖と同じく、〈空間恐怖〉というのがあるそうです。
『焼野まで』(村田喜代子著・朝日新聞出版)から少々。
  《「空間恐怖ってご存じですか」
   「閉ざされた狭い所が苦手な人もいるようですが、広すぎる場所も恐怖の対象になるんですよ。
    わたしはどうもそっちの方なんです」
   『たとえばどんなふうに怖ろしかとです?』
    「ええ、砂漠だとか、広い海の真ん中とか。
    それにとくに広い場所でなくても、ただコンクリートの床だけの何もない広場とか、
    真夏の空の物凄く大きな入道雲とか」
   『ははあ。自分と空間のサイズが、突然合わんごとなるんですな』
   ………………………………………………………………
   ………………………………………………………………
   のっぺらぼうの溶岩原に風が吹いている。
   死ぬというのはこの世から自分の居場所を失うことだ。
   空間恐怖とはまだ生きているのに、死んだ人間の眼で見てしまうことではないだろうか。
   世界はこんなに広々とひらけているが、必ずいつか閉じるときが来る。
   それは自分が死ぬときだ。
   ………………………………………………………………》

このページの会話から、私は、70年前にタイムスリップしたのです。
当時、8歳だった私は、空襲を避けて田舎に避難していました。
食糧不足でした。
三つ上の兄と、食べられる野草を採るために、田んぼの畦や野っ原を、毎日探し回っていました。
ある日の夕刻、芹摘みに夢中になっていて、ふと兄の所在が気にかかって立ち上がったのです。

西の山並みに拡がる夕焼け、北の空には盛り上がる入道雲、田んぼの広がり。
自分が、ポツンと、一人立っていて…………。
突然、私は名状できない恐怖感に襲われ、叫び声と共に兄の元へ駈け参じたのです。
驚いた兄は、“ばーか、どうした”と言って、私を抱き留めてくれました。
そして、目をつぶったままの私の手を握って、家まで戻ったのです。

あれは、「空間恐怖」だったのでしょう、きっと。
                                       〈ゴマメのばーば〉

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自然との穏やかな共存が。

2016-04-29 08:01:36 | 日記
九州地方の地震は、なかなか収まってくれません。
避難されている大勢の方々の姿をテレビで見るにつけ、何とも切ない気持ちに襲われます。
先日、小さな揺れを身体に感じた時、私は思わず過剰反応をし、逃げる体勢をとってしまいました。
5年前の大震災を身体が思い出してしまうのです。

「この集落は人が住めなくなるのか」
「地区の生命線は、コメと、かんしょ。
水がないけん、今年は田植えができん。
どげんもこげんもならん」
と、布田川断層の北側に広がる布田地区のコメ農家の方が、地震で傾いた自宅の前で嘆いていらっしゃいました。
一刻も早く治まり、復興に動き始められることを祈るばかりです。

二日ほど前、年に数回訪れる磐梯山麓の湖沼を巡ってきました。
まだ、谷や北側斜面に残雪が残っていますが、ウグイスも鳴き、春が来ていました。
山桜の花びらが、風に舞っていて。
今年も、澄んだ空気を吸い、穏やかな湖沼の水面を眺め、磐梯山を見上げられたことに感謝です。

《1888年、 福島県猪苗代湖の北に位置する磐梯山は、爆発性の強い噴火活動を起こした。
この活動で山体が崩壊して北側の集落が埋没し、死者477名をだす大災害となった》
と、記されています。

噴火から、およそ130年。
磐梯山は、静かな春色をまとって佇んでいます。
幾つもの湖沼も、青い空と周辺の樹々を映して、穏やか。
観光客も、そうした自然の佇まいを、楽しんでいたようでした。
人も自然も、穏やか。

九州地方も、やがては、自然との穏やかな共存ができるようになるはず。
その兆しが、一日も早く訪れますことを、祈るばかりです。

私の住む福島県は、5年前に原発事故の災禍に遭いました。
避難地域ではありませんでしたが、あれ以来、大好きだった季節の山菜採りはしていません。
原発事故から5年たった今でも、すべてではありませんが、150キロ近く離れた地域の山菜から、
基準値を超える放射線値が検出されるのです。

原発事故は自然災害とは異なります。
川内原発。
せめて、この時期だけでも、原発の稼働を止めて欲しいと強く思っています。
                                       〈ゴマメのばーば〉

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〈ことば〉あれこれ。

2016-04-27 06:22:17 | 日記
新しいパソコンが、何ともなじめないもので、ついつい遠ざかりがち。
いじっているうちに、益々こんがらかって、当初のつまずきが何であったのかすら分からなくなってしまって。
全くもって、これは脳細胞の劣化というよりほかありません。

子ども達の眼差しに、少しばかり侮りの視線を感じるのは、〈ばーば〉の僻みかも。
でも、仕方ありません。
これが現実ですから。
「でもね、ここから出発するっきゃないんだ」
と、呟きましたら、下の孫が、
「ばーちゃん、どっか行くの?」
ですって。

覚えは悪くなる一方なのに、頭の中はヒマなのでしょうか。
止めどなく昔を想う連想がたぐり出されてくるのです。

数日前の毎日新聞の連載小説、『我らがパラダイス』(林真理子)の中に、
次のような表現がありました。
  《………老人の回想というのは、糸をほぐすように次々と出てくる。
   そして、糸の長さに こんがらかって、収まりがつかなくなるのだ。………》
言い得ています。
まさに、回想としてたぐり出される糸の長さに、収まりがつかなくなってしまうことが多いのです。
それは、後悔であったり、悔しさであったり、懐かしさであったり………。

「読む」楽しさと、「聴く」喜びは、まだ さほどの老化はしていないと自己採点はしていますが、
これは、〈ばーば〉の、思い込みに過ぎないのかもしれません。

先だって、NHKの番組に、陶芸家の十四代酒井田柿右衛門が映っていました。
  《きれい と、美しい は違う。
   作品(陶器)の中の不純物の味わいは、宇宙の味………。
   美しいものを創って行きたい》
と、語られた〈ことば〉に深く感動しました。

亡くなられてから3年くらいになられるでしょうか、遙か彼方から、
“宇宙も美しい”
と、語っていられるかも。

〈語り言葉〉でいえば、NHK朝ドラ「とと姉ちゃん」に出てくる深川老舗材木問屋の女将・滝子。
大地真央さんが演じています。
老舗の信用に悖る仕事をしようとした奉公人を たしなめる彼女のことば、これが“かっこいい”。
『寝言は、寝てから お言い!』
と、一喝。

私も、言ってみたい。
誰に?
もちろん、政治家の、あの人 この人へ。
                                       〈ゴマメのばーば〉
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『北海道5区、残念』ではありますが。

2016-04-25 14:11:43 | 日記
北海道5区、残念。
〈北海道を世界に売り込むセールスマン役を務めたい・アベノミクスで地元を活性化する〉
とする自民党の新人・和田義明の訴えは、やっぱり功を奏したのでしょうか。
それに、故町村信孝前衆院議長にかかる「地盤」勝ちでもあるでしょう。
残念です。

安倍首相は、北海道5区補選で勝利したことについて、
「この補選は参院選に向けて重要な選挙だ。勝利することができたのは大きい」
と述べていますが、京都三区では、「不戦敗」を選ぶなどしています。
当面の戦略勝ち、というところでしょうか。

当選・落選の観点からすれば「負け」ではありましたが、夏の参院選、それぞれの地方で野党が手をつないで、「勝ち」をつかみ取ることを願っています。

九州の地震は、なかなか収まりません。
早く治まって欲しいと祈るばかりです。

《NHKが、熊本地震発生を受けて開いた災害対策本部会議で、本部長を務める籾井勝人会長が、
「原発については、住民の不安をいたずらにかき立てないよう、公式発表をベースに伝えることを続けてほしい」
と、指示していたことが22日、関係者の話で分かった》(毎日新聞2016年4月23日)
と報じられました。

このことに関して、
「会長には強い人事権がある。
発言が事実なら、萎縮効果をもたらす発言で問題だ。
熊本地震で起きた交通網の遮断を前提に、原発事故発生時の避難計画の妥当性を検証したり、
自衛隊と地元自治体との連携について振り返ったりするといった独自取材ができなくなる恐れがある」
と、砂川浩慶・立教大教授が指摘しています。(毎日新聞2016年4月23日)

〈ばーば〉も同感。
原発事故に遭った福島県民の一人としても、強い懸念を覚えています。

   ※新しいパソコンのOSになかなかついて行けない「ばーば」にピッタリの川柳を、
    今朝の新聞から見つけました。(毎日新聞 4月25日 仲畑流万能川柳)
 
     『多機能が 邪魔して電話 すぐ出れず』(川越・麦そよぐ)
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頭の中の信号機は、誤作動中。

2016-04-22 09:45:58 | 日記
新しいパソコンになりました。
でも、ついでにイエデンやケイタイ、スマホなどの各種設定をまとめる………などの話になって、いろいろ日時を要することになりました。
だいたい、根がアナログな〈ばーば〉です。
何だか、おっくう。

古いパソコンが不調の時、いろいろとバカなことを考えたりしました。
ふーっ、と溜め息をついて考えます。
「紙に書いた原稿なら、見つからなくなっても、どこかに紛れこんでしまったり、
はたまた、書き損じのものと一緒にゴミとし捨ててしまったりしたとしても、
存在は確かめられるのに、キーを叩いて打ちだした文字はどこへ行ってしまったものか。
宇宙空間をさまよってでもいるものか。
捜索願提出中」等々。

文章の捜索願のことなど考えていましたら、
絵本『ぴかくん めをまわす』(松居 直 作・長 新太 絵)を思い出しました。
長男が、大好きな絵本だったので、寝る前に良く読み聞かせをしたのです。

本は、長女が結婚する時に持って行きましたので手元にはありません。
図書館へ行きましたら、地下の書庫に保存してありました。
初版から50年経っています。
読み返してみますと、信号機を取り巻く街の環境は、かなり変わってしまっていて、今の子どもたちの目からみれば、〈ふるーい お話〉となってしまったのでしょう。
地下書庫入りも納得です。

  《おおきな びるでぃんぐの たちならぶ だいとかい。
   ひるまは、たくさんの くるまや ひとで さわがしい まちも、
   よなかは しーんとして きみがわるいほど しずかです。
   しんごうきの ぴかくんだけは、きいろい ひかりを つけたり けしたりして、
   うとうと ねむっています》
と、物語は始まります。

そして、朝になり、交番のお巡りさんが、信号機の「ぴかくん」を起こしにやって来るのです。
“おはよう、ぴかくん、おきておくれ。きょうも、いそがしくなりそうだけど、たのむよ”

街はだんだん賑やかになって、バスやトラックも忙しく走っていきます。
  《あおーすすめ・きーまて・あかーとまれ。
   あおーすすめ・きーまて・あかーとまれ。》
ぴかくんは、いっしょうけんめいに働きますが、いそがし過ぎて目を回してしまったのです。
あっ、あぶない!

交差点は大混乱。
お巡りさんが走ってきます。
白バイも。

信号機を直すおじさんがやって来て、夜にならないうちに直さなければ、と、
ていねいに直しています。
下では、交通整理のお巡りさんが、笛と手で上手に交通整理をしています。
道の両側に建つビルの窓々にも、屋上からも沢山の人びとが道路を覗きこんでいます。
沢山の人・人・人。

  《やがて、ぴかくんは もとどおり
   “あお・き・あか・あお・き・あか”
   とうごきだしました》
  《よるが きて、くらくなっても、ぴかくんの
   “あお・き・あか―――すすめ・まて・とまれ”
   の しんごうは、とても よく わかります。
   もう、あんしんです。
   ぴかくん、よかったね》
で、おしまい。

もうすぐ53歳になる幼い日の長男も、“よかった”といって、スリープになったものでした。

パソコンは新しくなりましたが、私の頭の中の信号機は、
“き・き・あお・あか・あか…………あか・き…………”
と、いまだ誤作動中。
                                〈ゴマメ」のばーば
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