HAVE A NICE DAY!

徒然なるままに特に音楽の話を中心にあーだこーだと書き連ねます。

Tarkus SEKAI NO OWARI at 京セラドーム 1日目

2017年02月12日 | 世界の終わり/SEKAI NO OWARI
2017年2月11日(土)雪のち晴れ

大阪の京セラドームでSEKAI NO OWARIのライブを観てきました。
まだ、すべてが終わったわけではないから、セットリストだったり
細かなことは書くつもりはありません。

私が今まで観た大きなホール級の会場では振り返れば、どこも森でした。
(そこだけは書かせてくださいね。)

彼らがどうして森にこだわるのか?
たまたまなのか?

そんなことをぼんやりと考えていました。

森といえば、西洋のおとぎ話には欠かせない場所。
そして、私の大好きなクイーンのフレディが書く詞にも
よく登場しました。

KATE BUSHの詞にも。

そこには悪魔や妖精たちが住み
いわゆるファンタジーが存在するのです。

セカオワの曲にはそんなファンタジーの要素が溢れているし、
ご本人達もそれを公言されています。


人間の心の中には誰しもファンタジーの世界が生まれる場所があって、
時として、現実からほんの少し離れたい時にそんな世界に自分を
連れて行くことがあります。

しかしながら、最近のめまぐるしい世の中において
自分の中にファンタジーを作る余裕すらなくなっている大人や子供が
あふれてきているように思うのです。

現実

現実

現実が

畳み込むように襲ってくるわけです。

そんな時に、彼らのライブは一時のファンタジーを見せてくれるのです。

家族連れで来ている人がたくさんいるというライブは
そんなにあるとは思えないのですが、そんなライブをしてくれるのが
SEKAI NO OWARIなんですよね。

誰もが楽しめるライブ。
でも、まったく誰にも媚びてなくて
自分たちのやりたいことを徹底的に
そして観客の喜ぶこともしっかりと考えて
中途半端なセットではなく芸術的にも建造物としても
完璧なものを準備し、その他の装飾、スタッフの衣装など
すべてに及んで、細かく考えているのです。

お体のご不自由なお嬢さんがお母様といっしょに来られていたのですが
そのお嬢さんが本当に笑顔で座りながらも体をゆすっている姿が忘れられません。

彼らの音楽がどれほど多くの子供たちや大人たちを幸せな気持ちにさせているのか
それだけでもわかる気がしました。

彼らの詞はとてもわかりやすく子供たちに語りかけてくれます。
10代の多感な時期に迷っている子供たちに
「それでいいんだよ。みんなそうなんだから。」と
答えてくれるのです。

10代の時に彼らに出会えた子供たちはきっと「生命」というものに
しっかりと向き合える子になるでしょう。
悩んでいても、それを乗り越える勇気を持てる子になるでしょう。
そんな風に私は感じるし、私が10代の時に彼らがいたら
もっと生き方は変わっていたのかもしれないと思いました。

もちろん、私の時代にはジョー・ストラマーがいてくれたし
ボブ・ゲルドフがいてくれたし、クイーンが
いてくれたから、それはそれで私の人生に大きく影響を与えてくれましたが。

まあ、残念なことは、それらが日本のアーティストではなかったことです。


私はハードロックファンではありますが、実は彼らの中にもロックやソウルは
根底にはあります。だから、メロディにはそんな要素が満載です。


現在活動休止中のELLEGARDENの
で、MEANININGの高田さんはセカオワが大好きだと言ってて
実際にCDお持ちのようだし、
細美さんも時々、ラジオで彼らの事に触れるし、
いっとき「スターライトパレード」が頭の中をぐるぐる回っていたと
言ってた時もあります。

そう、根底で音楽の糸のようなものが繋がっているのです。

オーケストラも使うようになって、
もともとピアノも藤崎さんが弾いてたわけで
そういうクラシック要素もいろんなバンドに共通しています。

the HIATUSもそういうのをやったし
くるりもしかりです。

昨日のライブを観ながら、
これらの費用は半端ないだろうなと思うと同時に
こういうライブとステージを観れる私たちは本当に幸せだなぁ〜と
心から思いました。

同じ8000円でもただ、ステージ演奏を観るだけじゃなくて
その場の雰囲気などすべて楽しめるのです。

彼らはその場所に一切の現実を持ち込みません。
ファンタジーに徹底しています。

採算を無視していると言ってもいいほどです。

観ながら思いました。

もし、今ここにフレディ・マーキュリーがいたとしたら
きっと彼らに拍手を送るとともに
きっと共演したがっただろうなと。

デビッド・ボウイにも観てほしかったなと思いました。

願わくば、KATE BUSHに観てほしいです。

WELCOME TO the SEKAI NO OWARI WORLDっていう感じで。

ファンタジーの世界はまだまだここで生きていますよ。

音楽とともに。

********************

2010年5月5日に私は彼らと初めて京都で会いました。
今思えば、彼らのタワレコ限定の500円CDの「幻の命」が出てから約3ヶ月後のことだったのですね。
京都のMOJOで初めて見た時から「素晴らしい」と心から思いました。
まだとても身近なところに彼らはいましたが、でもLOVEさんは機材を片付ける時もあのままで顔は
わかりませんでした。LOVEさんが片付けているのを横目で藤崎さんとお話してたことを
思い出します。深瀬さんもなかじんさんもみんな雰囲気は今ステージで観てて感じるあのままの
暖かい人たちでした。

あれから7年ほどたち、自分も年を重ねましたが、
彼らがどんどん素敵になっていくのが本当に嬉しいです。

藤崎さんもなかじんさんもご婚約されて本当におめでとうございます。

いつまでも公私ともに素敵な人生を歩んでいかれることをお祈りしています。



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SEKAI NO OWARI 全国ARENA TOUR 2014『炎と森のカーニバル-スターランド編-』at Osaka

2014年04月20日 | 世界の終わり/SEKAI NO OWARI
2014年4月13日(日)晴れのちくもり

大阪城ホールにて

もう何度目になるのかな~
SEKAI NO OWARIを観に行ってきました。
彼らを大阪城ホールで見る割合は結構高い気がします。

先行グッズ販売がモバイル会員11時からということで
ライブ自体は16時開場17時開演だったのですが
午前中よりもうかなりの人たちが集まっていました。

私が到着したのは11時前ぐらいでしたが、
グッズ販売にかなりの列ができていました。
私も並んで、とりあえず目当てのものを購入しました。

彼らのチケット代もかなり高いけれど
グッズも結構高い。

もちろん、セカオワならではのステージ上のいろいろな費用の関係や
去年やった富士急でのイベントの5億円という経費のために
なかなかグッズを安くできないのかもしれないけれど
子どもたちはきっと辛いと思うな。欲しくても手が出ないという感じで。

グッズに並んでいる時にどうみても中学生だなと思う子どもたちが
たくさんいたもの。彼らが買い易い値段のものももっと出してもらえたら
と思いました。


もちろん鎧のパーカーなどあの値段では安い方だったのかもしれません。
それほど凄いもので、素晴しかったです。

難しいですね。いいものと値段の関係って。

チケット代は高かったけれども、ステージはそれだけ払っても十分に見応えのある
素晴しいものでした。私は何度も抽選にもれ、やっとこの日のスタンド後方立ち見がとれましたが、
いわゆる天井桟敷の場所ではありますが、それでも十分楽しめました。

しかも、この日カメラの持ち込みOKということで
いろんな写真やら映像が合間に撮れました。
もちろん自分で楽しむものというのが前提での許可ですが。
すべてを撮ることはライブに集中出来ないので一部しか
撮ってませんが、あとでまた思い出に浸れてうれしいです。

まだまだツアーは続いているので詳しいステージの様子や
セットリストをここに記すことはしませんが、
私がとても強く心に残った1曲についてだけここで書かせてくださいね。

それは「銀河街の悪夢」
これはおそらく深瀬くんの実体験をもとに書いた詩なのだろうなと
勝手に思っているわけなのですが、情熱大陸やいろいろなメディアから
彼が精神的にまいってしまっていた時期があったことはファンの方たちなら
きっと知っていらっしゃることだと思います。

今、この曲を彼が書いて世に放ったことに意味があると思いました。

まだ私が彼らと出会った頃のような無名に近い時代ではその力は発揮できなかったと
思いますが、今、この大阪城ホールのような広く多くの人を収容できる場所を
3days完売にするような力をそしてツアーのほとんどを完売するようなバンドだからこそ
多くに人にこの歌を伝えられて、その力を発揮できると思うのです。

これはひきこもりになってしまった主人公の心の葛藤を描いた歌です。

この主人公は明日変わろう変わろうと思っても変われない。
そして医者からは病気だからと薬をもらって飲む。
でも、何も変わらない。歌の途中で
この主人公は自ら命をたってしまうのか?と思うような
危機的な部分があって、そこのインストの部分もほんとうに
音と光で見事に表現されていました。
でも、主人公は思いとどまって、
そして彼は思うのです。
誰のせいでもなく自分のせいで
自分は自分でしか変えられない。
明日変えようと思うのではなく今を変えるんだ。
明日はあるかどうかわからないけれど
今日は確かに自分にはあることを感じて
その主人公は動き始めるというような
ストーリーです。(私が勝手に要約していますので許して下さい)

この歌の大事な部分は次の歌詞だと私は思います。

♪強くなれ僕の同士よ♪

これでこの歌を聴いた苦しんでいる人たちは救われる気がするのです。

深瀬くんが「君と俺はいっしょなんだよ。いっしょにがんばろうぜ。」って
言ってくれていると強く感じられるからです。

私はこの最後の一節で涙が出て来ました。
実際私の周辺で聴いている人たちで泣いている人もいました。

SEKAI NO OWARIの本当のレゾンデートル(存在理由)はそこなんだと私は思うのです。
ファンタジックなステージやDJLOVEの愛らしい存在やキュートなさおりちゃんや
かっこいいなかじんや繊細でカリスマ的な深瀬くんの4人にうずまく
「反抗」「いじめ」「苦悩」「孤独」「心の病」「戦争」「愛」の織りなす
詩の世界が多くの子どもたちそして大人をも救う気がするのです。

そして、人の心のいろいろな痛みに気づく子どもたちを育てて行く音楽だと
思うのです。

単にミーハーみたいに扱われる音楽では決してありません。
そこにある深い歌詞と彼らのチームの深さを多くの人に
もっと知ってほしいなとこのアリーナツアーで改めて
強く感じました。

見た目のファンタジックなところももちろん大好きだし、
メロディラインも大好きだし、
ステージの演出も大好きです。

でも、彼らはやっぱり歌詞に今まで日本のアーティストが
なかなか子どもたちにもわかるように伝えられなかった
痛い部分をしっかり入れこんで、多くの人の癒しに
なっていっていることが私には一番大事に思えます。

今後彼らがどうのようになっていくのか未知でしかないけれど
今彼らができることを今やってくれているので
それでいいんじゃないかと思っています。

多くのティーンエイジャーの心の友に
彼らの曲がなって、優しい子が増えたらいいなと
願っています。

私の周囲にも心の病と闘っている人やそこから脱出出来た人たちがいます。
私には何もできないのですが、ただこの世界には自分と同じように苦しんでいる
人たちがいるということを知ることが少しは励みになることもあると思っています。
さらに、家族友達先生誰でもいい一人でもいいから何か話せる人がいると
もっと楽になるのかもしれないなとその身近な人たちを見ていて思います。

私自身は子どもの頃は父の仕事の関係で転校ばかりしていたので
いつもよそ者感があって、辛いこともありましたが、そんな時に
支えてくれたのがロックでした。当時は洋楽しか聴いてなかったので
the CLASHが私の支えでした。

大人になってからはELLEGARDENの歌が私を励ましてくれました。
まだセカオワも出てない頃ですが、細美氏の歌は
「彼も私と同じようにいろいろと闘っているんだ。」という気持ちに
させてくれて、彼もがんばっているんだから自分もがんばろうっていう
風になれた気がします。


余談ですが、会場の警備の方たちは迷彩服やガスマスクなどをかぶって
まるでUSJかなんかのテーマパークにいる雰囲気も出してくれてました。
戦車とかヘリとかも実際に外に置かれていましたし、まるで
戦場へ行くかのような入り口のテントも凝ってました。

家族で来られている方も中学生の男子の団体や女子の団体。
高校生たち、大学生、社会人、年配の方たちと本当に
幅広い年齢層のファンが来られていました。

コスプレも相変わらずあって、魔女の宅急便とかアリスとか
いろいろ自前で着こなして、こういうのも楽しいんだろうなと
若い人たちがうらやましいぐらいでした。

ライブが始まる時、私の近くにいた初めてライブに来たらしい中学生の男子が
「わ~本物だ。感動。わ~凄い」とステージに
出て来たメンバーを見て、叫んでいるのを聴いて
ほんと微笑ましかったし、そういうのって素敵だなと
感じました。

この時期にこのバンドに出会えた中高生が本当にうらやましいです。

私のその時代にはまだ日本にこんなバンドはいませんでしたから。

約2時間半というライブ。
すべてが見ごたえのある、セットリストも素敵なライブでした。

この日さおりちゃんのお父さんのバースデーということで
お父さんも来られていて、みんなでおめでとうを言いました。


まだまだ続く彼らのツアー。
行かれる方は楽しんできて下さいね。
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SEKAI NO OWARI ARENA TOUR 2013 「ENTERTAINMENT」

2013年01月15日 | 世界の終わり/SEKAI NO OWARI
2013年1月14日(祝・月)成人式の日。
大阪は雨のちくもりのち雨

SEKAI NO OWARIの「ENTERTAINMENT」

ライブハウスツアー
ホールツアー
そして
アリーナツアーをすべて行ったことになるなって今日思った。

いつもながら、そんなにアーティストのHPを見ないので
(って忙しい日々に追われ過ぎているのもあるのだけど)
とにかく、ライブはいつか?っていうのだけを
好きなバンドに関してはチェックしている感じなんだ。

ゆえにどういう過程で「ENTERTAINMENT」っていうタイトルのツアーが
ライブハウスからアリーナまで行われたのか知らない。

でも、そういう理由を聴かないからこそ感じる事もあるんじゃないかと
大阪でのアリーナツアー初日に思った。


大阪城ホールが初日だったんだけれど、
ソールドアウト!
だいたい11000人強は入る場所だ。
そこを埋めちゃうっていうのは本当に凄いことだと思う。

大阪城ホールといえばイエローモンキーや
海外ではオアシスを見たことがあるけれど
かなりの規模の場所だ。

そんな場所をデビュー一年ほどで彼らは満員にした。

初日なのでもちろんセットリストとか
ステージの様子とかは書かない。

じゃあ何を書くの?ってことになるけれど
今日は見ながらいろいろ思ったんだ。


席はスタンド席だったけど
結構よく見える場所だった。

大阪城ホールにして今までで一番いい席だったかな?

まず、大阪でしかしないであろうMCについて少し触れる。

なかじんは滋賀にいとこがいるのは前の滋賀でのホールでの
ライブのときに言ってたけれど、その彼に大阪おいでよって
言ったら、3日程前に「成人式だから行けない」って
連絡があったという話から「成人式には出た方がいいよ。」って
いう展開になった。

会場にも新成人が何人もいて
「おそいよ~!」って成人式に出ずにライブに来た人もいたんだろうね。

そういうなかじんは出てないそう。
ちょうどCLUB EARTHをみんなで作っていたときでペンキぬりしつつ
まだ大学生だからテストの時期だからテスト勉強もしなくちゃいけなくて
「成人式なんて行ってられるか」って思ったそう。

英語がやばかったんだって(笑)

でも、私も出てない人間なので成人式出なかったからって
人生が何か変わることもないし、出た人はそこで何かを得ただろうし
出なかった人はその人がいた場所で何かを得たと思う。

なかじんはそこで音楽の基盤を作ったわけだし。

私もまったく出なかったことの影響はなく
むしろその日の友達と過ごした時間が楽しかった。

まあ、ステージにかかわるMCについては書かないけど

今回のアリーナツアーに参加して、
まずグッズを買いに行ったときに感じたのは
私が今、中学生や高校生ならうれしいだろうな~っていう
グッズがたくさんあった。

お弁当箱やパスケース。
トートバッグや福リュック。

まあ、福リュックは行ったときはソールドアウトだったけどね。

今日思ったのは
今、SEKAI NO OWARIに出会った中高生はしあわせだなってこと。

ステージを見て思ったんだけれど
ロックというカテゴリーであっても、昔はこういうステージを
展開してくれたなって。

まあ、それは洋楽に限るというか私は洋楽しか見てないから
わかんないんだけれど、クイーンやKISSなどのバンドが
やってくれてたこと、あるいはステックスやKATE BUSHが
やってくれてたことをいつの間にかロックバンドあるいは
アーティストはしなくなっちゃったなって。

ロックは反体制で、あまりキラキラしたらだめなんだっていうような
風潮がどこからかでてきて、シンプルに演奏と歌だけで
観客を引き寄せないとっていうスタイルが多くなってきた。

もちろん、キラキラした演出をするバンドもまだまだ世界に
いるだろう。ただ、日本でそれをするとポップミュージックと
交わり、それこそ倖田來未とかジャニーズとかそういうジャンルに
いくのかみたいな誤解を受けかねない。

別にポップミュージックを否定するわけでもなく
その良さも知っている。

でも、ロックにもそういうバンドがいていいと思っている。
特に10代のこどもたちにそういうバンドがいてほしい。

って誤解ないようにいうけれど
SEKAI NO OWARIの楽曲も演奏も歌もかなりレベルが高いし、
かなり年配の方にも納得して聴いてもらえると思う。

が、あえて10代にと思ったのは
見ていてキラキラしているし
わかりやすい言葉で綴られているし
歌いやすい楽曲であり、
メンバーの4人とも個性が光っていて
見ていても楽しい。

それでいて歌詞はとても社会的で
毒もいっぱい持っている。
いろいろなテーマを投げかける。
その歌詞を読みながら
10代ならいろいろ考えるだろう。

そういう音楽に若い時期に出会うことで
これから先、彼らは薄っぺらな音楽ではなく
人生の糧になるような音楽と出会える気がするし、
目や耳や心を鍛えて行けるような気がするんだ。
入門って言ったら怒られるかもしれないけど
10代だからこそ聴いて欲しい音楽だとほんと思った。

私が今10代なら
毎日彼らの曲を聴いて
「正義とはなんだろう?」
せいぎせいぎせいぎってやっぱり犠牲の中に成り立つものなのだろうか?
とかいろいろ考えて行くだろう。

「いじめ」とはなんだろう?と考えるだろう。

動植物を大事にしないといけないと感じるだろう。

って彼らは決して道徳を前面に出して歌う事はなく
むしろ、毒だらけの歌詞なんだ。
それをキラキラしたメロディで歌うから凄い。

でも、10代ならきっと深く深く聞き込むだろう。
そこで、この歌詞はこういうことかなって感じるだろう。

そういう歌に出会うことはほんとうに大事なんだ。

私がthe CLASHの「LONDON CALLING」に出会ったように。

デビューして約1年にしてアリーナを満席にした彼ら。

でも、この1年はいろいろ苦しかったんだろうなって
今日感じた。メジャーという世界は時に人を変えてしまうほどの
力もあるんだろう。

でも、彼らは変わりたくないってきっと強く思ったんだね。

今年一年は自分たちが思ったように歌うってことだと
深瀬くんが言ってた。

彼らの夢はずっと4人でいっしょに歌い続けて行くことなんだって。

会場で「レコード大賞最優秀アルバム賞おめでとう」と書かれた布が
ファンによって掲げられて、それを見て
深瀬くんがコンビニで店員さんに「おめでとうございます」って言われても
大賞じゃない分、ちょっと微妙な感じでっていうようなことを言ってた。
もちろん、会場のファンにはありがとうって笑顔で言ってたけれどね。

私といえば、ほんと申し訳ないけれど、まったく知らなかった。
賞をもらっていたんだね。
レコード大賞自体に興味がなくて、結果も見てなかった。

でも、賞なんてほんとうのところどうでもいいんだ。
ファンにとってはいつも一等賞であるのだから。

で、彼らはこの4人でこれからも音楽をやりつづける旅に出るんだね。

たまたま帰宅後見たNEWS ZEROでサラ・ブライトマンが言ってたけど
「夢は現実になるかはわからないけれど、それを実現しようとする
旅がほんとうは大事なんです。」って

深瀬くんが言ってたのと重なる部分があるなって思った。

4人で音楽をやることが大事なんだ。

このような今年の決意を語ったあとの深瀬くんは
よっぽど去年が大変だったのか、歌い始めに
ちょっと詰まった。涙が出そうだったのかもしれない。
ぐっとこらえて歌い始めた。おもいっきり。


富と名声を夢にあげているなら大人たちの言うことを聞けばいい。
でも、そうじゃなければ自分たちのやりたい音楽をやり続けて行くのが
一番だ。アイドルみたいな真似をさせられそうになったら
「いやだ!」って言えばいい。
「なら、やめてもらうよ。」って言われればやめちゃえばいい。

いい音楽はいつでもどんな場所でも生き残って行くんだから。


今日のこんなでかいアリーナで彼らを見たのに
今日はなんだか出会ったころの小さなライブハウスの彼らが
戻って来た気がした。遠くに見えていた彼らが急に近くにまた
見えて来たというか。

ほんと不思議だね。

会場の広さじゃなくって心の問題なんだね。


これからも初心を忘れないで素敵な歌を歌い続けてくださいね!







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今頃4月30日(月・祝)のFM802REQUESTAGE10について

2012年12月29日 | 世界の終わり/SEKAI NO OWARI
もうずいぶん日が経ち過ぎていて思い出せない事多々なんだけれど

サカナクション
ナオトインテライミ
山崎まさよし
木村カエラ
SEKAI NO OWARI

というすごいメンツだった。

サカナクションも気がつくと結構ライブ見ている気がするけれど
彼らは見るたびにすごいな~って感動する。

明日のRADIO CRAZYでもまた見るけれど。

ナオトインテライミはまあ、こんな感じか~って思ったのと
客の拍手が少ないからといったん引っ込んだことが
なんか心にひっかかって、初対面なのに調子のりすぎ感が
印象をちょっと悪くしちゃったかも。

山崎まさよしさんは実は2度目のライブなんだよね。
一度目は彼のワンマンを同じ大阪城ホールで遠い昔に見た。
彼のone more time, one more chanceが大好きだった頃。

今回はセロリ以外はあんまり知らなかったな~。
サポートのミュージシャンはすっごくうまくて
なんか大人のジャズコンサート見てるような気がした。
ちょっと、昔の泥臭いロックなまさやんではなかったな。
もう、こなれた大人のミュージシャンっていう感じで
若さがなんかなくって、ちょっとがっかりした。

カエラちゃんはちっちゃくてかわいくて
見てるだけで楽しくなった。
後ろでドラムを叩くカシクラさんがまた相変わらず
かっこよくて、もうほんと幸せな気持ちになれる。

そして、とりはSEKAI NO OWARI

彼らは自分たちがとりなのはすごいからじゃなくて
他の方たちが忙しくて、いそいで帰らないといけないから
暇な自分たちが最後に来ただけですと、謙遜。

キャリアからしたらまだまだ若造なのだろうけれど
彼らは今年すごくがんばったよね。

そのあとの彼らの活躍ぶりでわかるように
その日の彼らのライブも素晴らしかったよ。

どんどんでかくなっていくけれど
好奇心やらチームワークを忘れないで
これからもみんな楽しく音楽をやっていってほしいと
思った。


ってこんな感じでちょっと自分がこの日について書いてなかったのが
ずっと気になってたので、今頃書きました。

いよいよ明日はRADIO CRAZYだ!

the HIATUSやACIDMAN、ナッシングスそしてアジカンがすっごく楽しみ!

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SEKAI NO OWARI at びわ湖ホール in SHIGA

2012年09月17日 | 世界の終わり/SEKAI NO OWARI
2012年9月14日(金)(晴れ)

滋賀県にあるびわ湖ホールの大ホールで
SEKAI NO OWARIの「HALL TOUR 2012 「Entertainment」」
を見て来ました。

平日にライブに行くのは自分的にはかなり大変で
特に金曜日は一週間の疲れがど~っと出る日なので
ヘロヘロ状態でしたが
この日だけは仕事を早めに切り上げさせてもらって
びわ湖ホールに行ってきました。

初めての場所だったのですが
すごくきれいで、カフェなんかもガラス張りのところから
びわ湖が見えるという感じで素敵でした。

ホール自体もなんだかオペラハウスみたいで
ここでロックのライブするとどうなるんだろうって
思いました。というのも天井桟敷席というのか
かなり高い場所にも座席があって、そこで
立つのはかなり怖そうだったから。

6時半開演だったのですが、終わったのは9時ぐらいで
長くてリッチなライブを最初から最後まで満喫できました。

ツアー中なのでセットリストとか趣向とかは
書けませんが、滋賀だけの話を少し。

まず、LOVEが語る妖怪の話。
滋賀県は「鉄鼠(てっそ)」というのがご当地妖怪らしいです。
ちょっと怖い感じでした。

次に、これは驚きでしたが
なかじんのおじさんが滋賀県の守山にいらっしゃって
前日そこで泊まられていたようです。
で、なかじんのいとこが音楽を地元でやっている方のようで
その方が路上ライブはどんなのかみせてあげると
(なかじんは今まで未経験だったそうです。)
JR守山駅前で弾き語りをやってくれて、それを見ていた
なかじんは自分もやりたくなって、ついに路上デビューしたそうです。
なんと、守山駅前でなかじんがセカオワの曲を弾きがたっていたのです!

これを見れた人はほんとラッキーですね。

でも、どうやら誰にも気付かれなかったようで。

極めつけはそのライブの3日前に深瀬くんが
友達(あやまんジャパン)の結婚式に行った時に
川に落ちて足を怪我をして医者からライブなんて
だめだと言われたけれども、薬とかで痛みを
押さえてステージに立っているという話。

いつもより動きは少ないでしょって本人は
言ってましたが、まさか怪我しているなんて
これっぽちも言われるまで感じませんでした。
さすが、プロですね。
数年前のサマソニでマイケミカルロマンスの
ジェラルドが本当は杖がいるほどなのに
ステージで動いて歌っていたのを思い出しました。

が、ここからは少し私の個人的な話。

ある曲の時に演出でかなりステージや会場全体が暗くなり一部が
深いブルーのライトで照らし出されました。

その時、耳元に演出だったのか私の空耳だったのか
川のせせらぎの音が聞こえてきて、階段がまるで
よく旅館とかにある石畳の階段に見えて来て、
その降りた先に川が流れているように感じ
「こういうところ行きたい気もするけれど
きっと夜とか怖いんだろうな。」なんて
まったくステージとは関係ないことをふと
思ってました。

するとその後に深瀬くんの話。

なんか一瞬トリップした感がありました。
あれは深瀬くんの落ちた川なのかな?って

もし、彼が霊感が強い人であれば
私はときどきそういう人から電波をもらってしまうことがあるので
見えたのかなって思いました。

まあ、私の戯言です。

以前Zepp Nambaで見た時のようにレーザーとか薄い幕とか
いろいろな技巧がステージになされて、ほんと視覚的にも
楽しめるし、すごいな~って思います。

藤崎さんの衣装が彼女にすごくあっていてかわいかったです。
で、不思議と彼女の雰囲気を見ていたら、どこか
FoZZtoneの渡會さんがジャケットとかに描く女の子みたいに
見えるのです。

藤崎さんといえば雑誌「ダヴィンチ」の村上春樹特集で
好きな作品について書いていましたね。
それについてはまた改めて書きたいと思いますが、
セカオワのライブにも映像のひとつに(これは毎回なので
書いていいですよね?)いろいろな著名人の言葉が
現れるのがあります。
そこに村上春樹のもありましたね。

まだ、セカオワが世界の終わりだった時代に
私は直接藤崎さんにこのバンド名は「村上春樹」あるいは
「ミッシェルガンエレファント」と関係あるのですか?
とたずねたら、「いいえ、それはないです。でもこのバンド名には
9万個ぐらいの由来があるのです。」って答えてくれましたが
その時彼女はどうして「村上春樹」を避けたのかな?って
今思っています。おそらく、有名な人の名をあげることで
まだその時今程有名でなかった彼らに固定概念を植え付けられたく
なかったのだろうと思っています。

私はものすごい喜怒哀楽を「静けさ」で進めていくと彼女が
語る村上小説のようにこのSEKAI NO OWARIの音楽にも
それがあって、そこがきっと私は好きなんだろうなと思います。
明るくカラフルなようでその歌詞に秘められた毒や悲劇。
そのギャップ感が魅力的なバンドだと思う訳です。

客層は結構若くて、高校生も多かったように思います。
グッズのディスプレイが高校生の女の子をイメージしていたのも
ちゃんとファン層も把握しているんだなって思いました。
もちろん20代、30代、それ以上のお客さんもたくさんいますし
男女問わずファンがいました。スーツ姿の方も。

高校生でもギャルっぽい子ではなくて
どちらかというと真面目な感じの子たちが
多かったように感じました。

きっとみんな彼らの歌詞に「すごいな」と
大人の世界を見て、社会を見ているんだなって。

いわゆるモンゴル800に中学生がはまったり
バンプにはまったりする感覚です。

西野かなやエグザイルにははまらない子たちが
いく音楽ですね。

大人から見てもセカオワの独特の世界は
唯一無二な感覚はとても新鮮だし、
ある意味、未来はどうなるんだろう?という
危うさも兼ね備えている彼らは
これからもワクワクをくれるんだろうなと思っています。

今回は初めての人にも彼らのことをわかりやすく
教えてくれる趣向もあったし、いろんな角度から
楽しめるライブでした。

まったく、無駄がない構成で
すべてが計算されていて
これを考えたであろう藤崎さんに
心から拍手を送りたいです。

まだまだ続くホールツアー。

行かれる方は楽しんできて下さいね!




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Zepp Tour 2012「Entertainment 」SEKAI NO OWARI

2012年05月20日 | 世界の終わり/SEKAI NO OWARI
5月15日(火)雨

大阪の難波に出来たZepp Namba ( Osaka)で
SWKAI NO OWARIのワンマンライブを見て来ました。
あいにくの雨かと思いきや会場に着いたら雨止んでました。

ふつうこの平日の火曜日なんてライブに行くなんて
考えもしない私ですが、私の生涯の大親友が
「絶対に行きたい」と言うので
なんとかチケットを取り、体はかなりきつかったのですが
行ってきました。まあ、車で連れて行ってくれるから
OKしたのですけれどね(笑)職場まで迎えにきてもらって
大事な仕事はきりあげて、とにかく残業はしないように
さっさと出させてもらったわけです。(うまくいかないこと
もあるので、内心ドキドキでしたが)車で行って駐車場は
近くにある商業施設のPに入れました。

その大親友のためだけというのはもちろんなくて
私も彼らのファンのひとりであり、
まだメジャーデビューする前から彼らの音楽を
聴いて来たので、ワンマンライブでどんな
ステージを見せてくれるかとても楽しみにしていました。

まだブログには書いていないのですが、
4月30日のFM802のREQUESTAGE10でも彼らの
ステージを見ました。その時の感想はなかなか
書く時間がなくて、また忘れた頃に書くかと
思います。他のアーティストのも含めて。

さてZepp Nambaに初めて行って、
以前の南港のZepp Osakaに比べてきっと便利には
なっているんでしょうが、都心なので
入場前がちょっとしんどい感じでした。
前みたいに広い場所で待つことができなくて
電車の高架下のスペースに集められて
なんか収容所に入れられている気分な
感じで入場待ちするのが息苦しい感じでした。
さらにそこからまたゼップの入り口まで行って
また待たされる感じでとにかく入場にすごく
時間がかかったイメージです。



さて、会場に入るとすごい人!
私はギリギリチケットを取ったので
かなり後ろでしたが、その人の熱量に圧迫されそうでした。
こんなにも愛されているバンドなんだと改めて
実感しました。

あの時すぐ隣にいてお話もできた彼らは今でははるか遠く
小さくしか見えなくなりました。
ファンの人たちは男女ともいい割合でいて
見た目は男女ともさわやか系な人が多かったように
思います。いい印象でした。

セットリストは
(OMC-1)
スターライトパレード
虹色の戦争
天使と悪魔
ファンタジー
不死鳥
死の魔法
Love the warz
世界平和
Never Ending World
TONIGHT
白昼の夢
生物学的幻想曲
花鳥風月
幻の命
yume
青い太陽

EN)眠り姫
 インスタントラジオ

(エンドロール)

今回初めてのワンマン参加なので
いつもはどういう始まり方をするのかわかりませんが
今回はまず、小さなロボット君が登場して
オープニングにおしゃべりをして
始めるというものでした。

どこかアミューズメントパークっぽい感じが
して、それをメンバーは狙ったのかなって。

ツアータイトルも「Entertainment」ですものね。

そして始まりは「スターライトパレード」
この日は遠くからだから見えなかったのか
深瀬くんはあのナポレオンジャケット着てなかったような
気がしましたが、近くで見られた方どうでしたか?
とにかく、人の頭と頭の隙間からメンバー見る感じだったので(笑)

先日のFM802にイベントで「あ!そうか。」と思ったことがありました。
なぜ深瀬君がナポレオンジャケットをスターライトパレードで着ているかって。
私はここのブログでたまに書いてますが、ファンのくせに
音楽以外の情報はあまり知らなくて、もしかしたらどこかで深瀬くんが
語っているのかもしれませんが、何も知らないので感じたままを言うと
これってマイケミのブラックパレードからインスピレーションを受けたんじゃないか?って。

ステージの後ろのスクリーンに最初「Welcome to Starlight parade!」って写された時点
で「あ、マイケミといっしょだ。」ってそこで繋がったんです。ジェラルドもその時
ナポレオンジャケット着てましたものね。まあ、たまたまかもしれませんが、
paradeっていうのとそのジャケットで単純に私の脳が繋げたわけです。
あくまで私的な解釈ですので。つっこまないでくださいね。

さて、オープニングから不死鳥あたりぐらいまでは
親しみのある初心者にも受け入れやすい感じで
イベントでもよく演奏される感じでしたが、
死の魔法ぐらいから「彼らのこれがワンマンだ。」という感じを
溢れさせて来てくれました。

MCはまずは初めての人にということか
メンバーとの出会いを深瀬くんがしてくれました。
幼稚園からのつきあいが藤崎さんで
小学校、中学校からがなかじんで
高校からが2代目LOVEだって。

で、おもしろかったのは高校の時に
お昼の放送かなんかでランシドの曲が流れて
深瀬くんがすごくいい曲だと思ったけれど
誰のどの曲がわからない時に(当時やんちゃだったらしい)
他の仲間が「やつ音楽にくわしいぞ。」と言って教えてくれたのが
LOVEで、それまで話したことないのに話しかけてたずねたらしい。
で、その時にそのランシドのCD貸してって言ったのに貸してくれなかった。
という話になり、どうして貸してくれなかったの?と深瀬くんが聞いたら
「なんか返してもらえないって思ったから。」と想像してわかる返事でした(笑)
やんちゃな人に貸したらふつうそう思いますよね(笑)
でも、そんな二人がそこでランシドで結びついて、今があるって
やっぱり音楽の力ってすごいですよね。
やんちゃ系と音楽系が心を通わせちゃうわけですから。
でも、今のセカオワの音楽からランシドは浮かびませんけどね。
根底にはその血も流れているのでしょう。きっと。
そんな二人がクリスマスにふたりでゴーイングステディを聴いていた
っていうエピソードもなんか微笑ましいし、ああいう音楽聴いていた人が
「スターライトパレード」を歌っているっていうそのギャップも凄いです。
まあ、ランシドもゴーイングステディも聴いている自分もはちゃめちゃですが(笑)

まあ、ある意味、聴いている音楽に共通項があるから好きになるのかもしれませんね。

私が今回のワンマンで好きだった流れは
死の魔法からNever Ending Worldまでの流れ。

彼らはスクリーンをすごくうまく使うバンドだと今回思いました。
ステージの担当は藤崎さんのようですが、彼女のセンスは
素晴らしいと思います。

スクリーンに写される言葉や映像。
薄いスクリーンの後ろには彼らの姿は見えているんだけれど
そこにスクリーンに写される映像がかぶって
不思議な幻想的な世界が現れて来るのです。

スクリーンの使い方はthe HIATUSも素敵でしたが
セカオワはセカオワの世界がそこに展開されていました。

Love the warzは新曲だけれど今のところリリース予定は
未定ということで、この曲は年末のRADIO CRAZYからこの日で
3度聴いたわけですが、私はすごく好きです。
音源が本当に欲しいです。
正直、「眠り姫」よりこちらをシングルカットしてほしかったです。
もちろん「眠り姫」もいい歌ですが、新たなセカオワを見せるには
このLove the warzがいいと思うし、歌詞もすごくいいのです。

彼らの歌にはいつも「戦争」「平和」「死」「命」そして「愛」という言葉が
編み込まれています。私が彼らの歌が好きなのはとてもきれいな
メロディと歌声と演奏なのに歌詞には毒がいっぱい入っていたり
政治的なことや社会的なことを歌っていたりするからです。
とても深いからです。

詩をほとんど手掛けるのは深瀬さんだから
彼の考える平和への疑問をどの歌からもいつも感じることができます。
戦争がなくなれば平和もなくなるっていうその感覚。
彼の歌はとても真実をしっかり見ている感じがして
それが心に響いてくるのです。

スクリーンに写されるいろんな言葉
「東電だけがわるいのか」
「つぐなえ。」
「世界平和」
「希望」
「絶望」
そういう言葉が次々に現れては消えて交差していきました。

セカオワはこれらの言葉で何を言おうとしているのか
きっとファンのそれぞれが何かを思うのでしょう。
それが素晴らしいです。

何かをみんなが思うこと。

不死鳥の時だったかな?
(すぐに忘れるのですいません。)

いろんな人たちの死生観がスクリーンに言葉として
写し出されて、村上春樹氏のだったり
シェークスピアだったりするのですが
それらを集めたのは誰なのかな?って思ったりしました。
藤崎さんなのかな?

私の大親友はとにかく「Never Ending World」が大好きで
この曲を聴きたいがために来たといっても過言でないぐらいでしたが
この曲をライブで聴いたら、本当に感動しました。

Zepp Nambaは音響もよくて、あの曲を会場中に
たっぷりと行き渡らせて、みんなのもとに降らせてくれました。

このバンドは4人ともそれぞれの重要な位置を担って
その個性を最大限に出す力をもっていると思いますが
その中でも藤崎さんの存在はかなり重要だと思います。
彼女のピアノ力というか演奏及びメロディ力が
このSEKAI NO OWARIの要になっているようにライブで
改めて思いました。

彼らが「ロック」というジャンルに囚われたくないといっているけれど
その音楽域を広げるキーパーソンが彼女だと私は思っています。

それにしてもこの4人が子どもの時からいっしょだったっていうのが
本当に素晴らしいですよね。

なかじんがこういう出会いは努力しても得られないって言ってましたが
ほんと「運命」あるいは「奇跡」ですよね。

こんな事言ったら「またそんな事言って。」と言われるのはわかっているのですが
4人の演奏を見ていたある一瞬ですが、彼ら4人が古代ギリシャの小さな石畳の広場で
演奏しているように見えたのです。まあバカな事言ってって笑ってもらっていいです。
でも、なんだか本当に彼らはもう何度も生まれ変わってきているけれども
その遠い昔にやっぱりどこかで音楽をいっしょに奏でていたように感じた瞬間でした。

TONIGHTという曲は武道館でライブやったときに
なかじんがこのメンバーに出会って音楽をやれている喜びみたいなものを
曲にして彼自身が歌ったということで、この日もアコギで彼一人が
最初歌ってくれました。それまでそでにはいっていたメンバーたちも出て来て
そのアコギに音を重ねて、深瀬くんはコーラスに入り、その素敵な歌を
彩っていきました。

後ろのスクリーンにはなかじん自筆という歌詞が
写し出されていたのですが、なかじんって学校の先生のような
字を書く人なんだなってその字から溢れる人間性みたいなのを
垣間みた気がしました。

そして、なかじんの歌声も素敵でした。

「幻の命」は彼らと出会った最初の曲なので
やっぱりこの曲を聴くと出会った時の衝撃や
感動やその時の自分などをいろいろ思い出してしまいます。

あれからもう数年経ったのですね。
時間が過ぎていくのは早いです。

本編の最後が「青い太陽」だったのには感激しました。
このブログでも書いてましたが、私はこの曲が大好きなのです。
だからこそ、これがラストに来たのでちょっと泣きそうになりました。

そして、アンコールの時
会場は「スターライトパレード」の大合唱になりました。
素晴らしいなと思いました。

そしてアンコールでは新曲の「眠り姫」と
インスタントラジオで締めくくられました。

インスタントラジオも大好きな曲です。

そしてメンバーが去った後にまたロボット君が登場して
それから後ろのスクリーンには映画のエンドロールのように
メンバーやいろんなスタッフさんたちの名前が流れ
そして、ファンの方たちのショットが写し出され
その会場にいた人たちの何人かが映っていたようです。

すっごくいい思い出になったことでしょうね。

そうそう藤崎さんがiPoneをタクシーに忘れたと
言ってましたが、その後見つかったのかな?
見つかっていたらいいな。

彼女の実家は吹田なんですね。
お引っ越しになったのかな?
まあ、詳しくは知りませんが。

あと、まったくライブとは関係ないけれど

SEKAI NO OWARIってローマ字表記になってから
気がついたんだけれど、
彼らの名前にはNO WARって(戦争反対)
って入っているなって。

たまたまだろうけれど
なんかすごいなって。

またホールツアーにも参加する予定です。
だってかなり家の近くに来られるんですもの。


☆ランシドを知らない人のために

彼らにはthe Clashとかの影響が結構あって
スカな部分とパンクとレゲエがミクスチュアされていて
the Clashを神のようにリスペクトする私は
好き系なバンドであります。でも、セカオワとは違う世界だよね。









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INORI

2011年08月22日 | 世界の終わり/SEKAI NO OWARI
いろんな人と人が
いろんな場所と人が
いろんな時と人が

終わりをいつか迎える。

でも、みんなそれを漠然と思うだけで
今を楽しくあるいはなんとなく生きている。

バンドだってユニットだってあるいはソロアーティストだってそう。
いつか解散するのかな?とか
いつか引退するのかな?とか
最初からそんなのは思わないはず。

それよりいっぱい希望と夢に溢れている。


でも、SEKAI NO OWARIというバンドは
最初から「終わり」を見つめているように感じる。


このバンドに出会った時から
このバンドは自分たちの終わりをカウントダウンしているように
そう感じてしまうんだ。

それは解散するとか
そういうのじゃない。

彼ら4人の世界がいつか終わる。
それも何十年も先っていうわけじゃなくて
何年後かに終わるって。

それはどういうことか。

彼らは「club EARTH」という自分たちで作ったライブハウスに
いっしょに住んでいる。まるで子どもの頃作った基地のように。
彼らだけの世界がそこにあって、4人の無邪気な音楽キッズが
そこで笑っているイメージが溢れている。

でも、彼らの中からいつか必ずその場所から出て行く人がいるはずだ。
ずっといっしょに住み続けることは絶対にできないから。

そういうのをそれぞれが知っているからか
歌にはいつも哀しさが含まれる。

歌にはいつも「終わり」を遠く見つめている歌詞がある。

特に深瀬氏と藤崎氏の歌詞にはそれが
キャッチボールのように投げ合われる。

今回の『INORI』の中の
「花鳥風月」にも
「不死鳥」にも
「Never Ending World」にも

終わりの意味。
終わりへのこだわり。

それがどうしても心に刺さる。

私のようなファンが言うのもなんだけれど

本当はずっといっしょに彼らは同じ屋根の下にいてほしい。

でも、それは夏が終わるように
いつか終わるんだよね。

わかっているってなんか哀しいね。

大好きだからこそ
いっしょにいたいのに。


大人になるっていうのは
終わりを受け入れることなのかもしれないね。

彼らにはもう少し大人になるのを待って欲しい。

あの日
京都で出会った彼らは
とってもキラキラしていて
握りしめてくれた手のぬくもりは
今も覚えている。

SEKAI NO OWARIの4人の
未来はたとえ4人が暮らせなくなったとしても
ずっとずっと輝いていますように

ずっとずっとそれぞれが音楽で結ばれていますように


まだ始まったばかりなんだけれど
カウントダウンは始まっている愛すべきバンドに
たくさん幸福が訪れますように。

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世界の終わり at 京都MOJO 2010.5.5

2010年05月08日 | 世界の終わり/SEKAI NO OWARI
今年の3月13日が彼らの名前を知った最初の日。

京都MOJOにABSTRACT MASHのライブを見に行ったときだ。
ライブが終わって、楽屋前のベンチに座りながら、壁に貼られている
今後のライブ情報の中に「5/5 ABSTRACT MASH 世界の終わり」
っていうのを見つけて、アブストの榊巻さんとかっこいいバンド名だねって
話したときだ。

世界の終わりっていう言葉を見て
おそらく、私のようなチバさんをリスペクトする人間は
まず、ミッシェルガンエレファントを思い浮かべるだろう。

あるいは本の世界で言えば、村上春樹を思い出すだろう。


そのときはまだ音楽も何も知らなくて、
勝手にミッシェル系サウンドを想像してた。


それからまもなく、偶然にタワレコで
タワレコ限定発売のCDを見つけて、
衝動買いといえば衝動買いではあるけれど
音楽をまだ聞いてないのに
どんな人が歌っているかも知らないのに
買った。


家で、CDを聴く。

すると予想外の声とサウンドが流れて来た。

想像していたイメージは木っ端みじんに
されて、そこには新しい音楽の芽を感じた。


なんか、無かったなぁ~こういう感じ。
多少はいくつかのバンドの影響もないことは
ないけれど、それを超えて違う独自の世界がそこにあった。


キーボードがキラキラしているサウンドで
テクノ系の要素もありつつ、限りなく透明なメロディ。
でも
そこに重なる言葉の群れは
とても、せつなくどこか痛い言葉の群れだった。

いったいどんなバンドなんだろう?
そう思いつつ、彼らのHPを探す時間も無くて
ライブまでずっと日々の仕事に追われ続けていた。

最近になって彼らのアルバムが出たというので
やっと買いに行った。サードアイブラインドの
新譜といっしょに。


そして、このアルバムを聞いて、さらにとてつもない
新しい音楽の光を感じてしまった。


新しい出会いを確信した。



そして、これは出会うべくして出会ったのか
私がABSTRACT MASHを好きでなかったら
おそらく、ここで出会うことはなかっただろう。

いや、もしかしてそうじゃなくても
出会う準備はできていたのだろうか?


ライブに行く前にスカパーとかで
彼らの「幻の命」を見るチャンスがあった。

ピエロのマスクをかぶったDJがインパクトがあり、
一方で残りの3人がその衣装のせいだと思うけれど
ホワイト。朝の光のホワイトのイメージだった。

この「幻の命」を最初に聞いたときに
その歌詞が痛かった。

どういう過程でこの詩ができたのかとか
まったく情報がないのでわかんないけれど

これは中絶された子どもに捧ぐ曲なんじゃないかと。


私には兄がいたかもしれないっていつも母が言ってた。
私は本当は2番目の子どもだったんだ。
両親は若くて、とっても貧しくて
だから、最初の子どもをどうしても産めなかった。
だから、この世に生まれる前に星になってしまったんだ。

でも、母は忘れられなかったんだろう。
最近こそ言われないけれど、
まだ小学生頃まではときどき何かのときに
「お兄ちゃんがいた」みたいな話をした。

なぜに兄なのかわかんないけれど、
どっちか性別はわからなかったはずなんだけれど。
母は兄だと思っていたんだね。

たまに思うんだ。
ふと出会って、なぜか懐かしく思える人。
それは兄の生まれ変わりかもしれないって。

きっと音楽が好きなはずだ。

すっごく苦しいときに
私に音楽を運んでくれるのは
もしかしたら、UFOに連れ去られた
その幻の兄だったのかもしれない。

この曲を聞きながら
私は母を思った。
そういえばもうすぐ母の日だね。

この京都でのセットリストは

青い太陽
インスタントラジオ
死の魔法
幻の命
虹色の戦争


私は「青い太陽」がすごく好きで
ライブ前に何度も聴いてたので
それが最初に始まったとき
すごく心が震えた。

♪僕らの世界は太陽を無色の色とみなす

♪世界の終わりに青い星が降る
僕らの空に輝く青い花

そこの言葉が好きだ。

そう思っていても
それを言葉にされたのを
初めて聴いて
私はそう思っている人がいたんだと
それがなんだか自分を安心させた。

幼稚園のときに、
太陽の絵を描くのに赤とまるで
お決まりのように描くみんな
それが当たり前のように
赤い太陽が並ぶ


でも、私には赤く見えなかった。
昼間なんて太陽見えないし

そして、たまにうっすら見えるときは
うす青だった。

だから、青い空に白くまるを描いたら
変だと周りから言われた。

もちろん、日の出や夕焼けのときは
赤くみえるけれど、
昼間の太陽は赤くない。
それがずっとずっと幼稚園児のときの
自分の中の疑問だった。


不思議だなぁ~


彼らの歌を聴いてたら
ずっと記憶の底に沈んでいたものが
プカリプカリと浮かんで来たよ。


MCはそれほどなかったけれど
ボーカルの深瀬さんが

「今を大切にっていうけれど
今はすぐに過去になるのに
どうして大切にできるのって思う。
未来はすぐに今になってすぐに過去になる。
どうすればいいんだろうって。でも、そんな今を
この歌に閉じ込めてみました。」
っていうような(このとおりではないので
これはそんな感じに聞こえたという私の記憶ですので)
ことを言って、「死の魔法」を歌い始めた。


そうだよね。
今っていったいどれくらいの範囲までオーケーなの?
今を大切ってほんとうに難しいよね。

この前のJet Lily Starのライブでそれを嫌というほど
感じたもの。

今はどんどん指先からこぼれおちて留めることはできないもの。

それに比べて過去はずっとあり続ける。過去は長く長く繋がっている。
だから、今は未来と過去のつなぎ目であって、大切なのは
過去に大切がどれだけたくさん存在しているかじゃないかって。
振り返ったときにそれが素晴らしい思い出になってたら
今をしっかり生きた証拠だって思えば、今を必死で捕まえようと
しなくてもいいかもしれないってなんか深瀬さんのMCを聴いて思った。

だから、私はこぼれ落ちた今日を過去でしっかり受け止めてるって思えるんだ。


最後の曲「虹色の戦争」

♪花に声があるなら何を叫ぶだろう

すごく印象的なフレーズ

なんだかハッとした。

もしかしたら、道ばたに咲いている花だって
いつも戦火の元にいる人たちみたいに
爆弾が落ちてこないかとおびえているように
いつ人間の手で根っこからもぎとられてしまうか
わかんない恐怖の中で咲いているのかもしれないなぁ~て

そう思ったら、むやみやたらに花を摘めないし、
みやみやたら虫を殺したりもできなくなりそうだ。

きっと誰もがそう思えたら
動物への虐待もしなくなるだろうし、
最近ニュースで聴く、幼児虐待の悲しいニュースも
聴かなくなるだろう。

花は咲くということはそこにやっぱり命があって
この地球にあるすべてに細胞というものがあるなら
それはすべて命だから
それを大切にしていけば
人の命を大事にしていく人が増えていくだろう。
そんなことをこの歌を聴いてて思った。


彼らはバンドだけれど、ドラムがない。
打ち込みを駆使して、DJLOVEがビートを
操る。一方でキーボードもそんな打楽器としての
役割もしっかり担っている。

テクノ系と歌ものロック系がミックスされているけれど
すごく新鮮だ。

どこかダフトパンクっぽいテクノアレンジ。
ダフトパンクは私の好きなテクノサウンドだから
それの香りがちょっとするのがうれしい。


でも、なぜか彼らのアルバムを聴いてて
思い出したのはアリス・クーパーのアルバム。
「From The Inside」

ここをご覧の方や私を知る人もおそらく想像できないほど
私はほんとうに半端じゃないぐらい音楽を今まで生きて来た人生で
聴いて来た。洋楽邦楽問わず、ジャンル問わず。それほど
音楽無しでは生きて来れなかった人なんだ。
そんなたくさん無数に聴いて来たアルバムやシングルの中から
なぜにこのアルバムを思い出したのか不思議だ。

これはもう日本では廃盤だろうし、
実際にCDで出たのかどうかもしらない。
私は実はレコードという過去の音楽メディアで
持っている。まるで絵本みたいにいろいろ扉があって
開くといろんな人がそこにいる。

これはアリスがアル中の治療のために
精神病院に入ったときの経験をアルバムにしたものだ。
それが名曲ぞろい。

あのアリスの目の周りをパンダのように黒く縁取りして
異様な容姿と格好からは想像できない透明なメロディと
悲しい歌詞が散りばめられていて、白い部屋に何もないところで
彼が感じた「静」と「無」があって、それは夜ではなくて
いつも朝のイメージだった。
自分が自分自身と向かいあって対話したところから生まれた曲。

まったく声もサウンドもジャンルが違うし
見た目なんかまったく世界が違うのに
どうして、思い出しちゃったんだろうね。

残念ながらYOU TUBEでも私が好きな曲は見つけられなかった。
でも、このアルバムは輸入盤では見つけられるので
もしチャンスがあれば聴いてみてください。

まったく違うじゃないって思う人の方が多いだろうけどね。


ボーカルの深瀬さんはスカパーのPVで見た印象と違った。
実際の方がより素敵な方だった。
どこかスパイダーマンのトビー・マグワイアを彷彿してしまったけれど
勘違いかもね。

ふわふわした安らぎを与えるオーラが出てた。
彼が歌っているのを見ているだけで癒される感じだ。

特に精神的にくたくたになっている今の自分には
癒しそのものだった。

キーボードの紅一点の彩織さんはきれいな人だった。
もう1人のギタリストの中島さんもやっぱり素敵な人だった。

DJ LOVEさんはずっとマスクしてるから
どんな人なのかわかんないけれど
体格はすごくがっちりした人だった。

ライブ後、凄かったようだけれど
私は少し、それが引いたころにほんの少しだけ
お話した。

世界の終わりっていうバンド名には9万個ぐらいの
意味があるんだって。

でもその中に
ミッシェルも
村上春樹も
ロンドンのワールドエンドも
入ってないって

そうなんだって。

世界をすべて終わらせてしまうときこそ
すべての始まりじゃないかっていうことから
そのバンド名にしたのもその9万個の理由の
ひとつだって。


なんかそう思うと

終わりに希望が持てるね。


ABSTRACT MASHとともに
この世界の終わりとともに
また新しい音楽の夜明けを
迎えられそうだ。





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