mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

長兄との旅(2) 自然に身を浸す心地よさ

2014-10-10 10:03:40 | 日記

★ 乳頭温泉

 

 秋田駒ケ岳から乳頭温泉は、わずかの距離であった。宿泊を予約した休暇村乳頭温泉は「乳頭温泉郷」と呼ばれる広い範囲のちょうど中央部、黒湯温泉や孫六温泉へ向かう道と蟹場温泉や妙の湯への分岐に位置していた。ブナの森に囲まれ、大きな山懐に抱かれている気配は、いかにも辺境の秘湯という呼び名にふさわしい。連泊ということもあって、くつろいで部屋に落ち着いた。10畳の間、2畳の踏込みがついている。床の間も1畳分ついていて、「2人じゃもったいないくらいだね」と長兄。声をかけた次兄も来ればよかったという響きがあった。

 

 「そうそう」と兄は思い出して、ファックスを使わせてもらえるかどうかフロントに問い合わせ、誰かに電話している。面白いことに、私のauのケイタイは部屋でも使えたが、兄のdocomoは廊下に出ないと繋がらない。

 

 温泉は薄茶色に濁る「乳頭温泉」と透き通る単純硫黄泉の「田沢湖高原温泉」と露天風呂。長兄は「寒い」といって露天風呂には入らなかった。温めの内風呂・乳頭温泉に浸かって、汗を流し、手足を温めてすっかりリラックスしていた。風呂を出て私が自販機でビールを買ってきた。私の500ccと長兄に350cc。飲んでいたら、ファックスが届いたようだ。受け取って手を入れ、廊下に出てやり取りをしている。ずいぶん時間がかかったが、片付いたようであった。

 

 5時半からの夕食は、バイキング。品数はそれほど多くないが、工夫を凝らした調理がなされている。少しずつ皿にとる。私がもってきたのをみて、「サラダがあるんだ」といって取りに行った。食のバランスにも気を配っているようだ。お刺身は小鉢に盛り付けてある。天ぷらもエビとサツマイモを揚げてくれる。蕎麦も炊き込みご飯も寿司も選ぶことができる。きりたんぽとか山の芋鍋も日替わりで出してあった。兄はグラスワインの赤、私は冷酒をもらって、ゆっくりと1時間半くらいかけて食べた。兄のお気に入りはアイスクリーム。3種類のそれを自分で掬ってもってくる。留学生時代、アメリカの学生たちがいくつも食べるのに驚いた話も聞いた。日米の生活レベルの大きな落差は兄のアメリカ体験の原風景なのだと思った。

 

 翌日の予定は乳頭山に登ることであったが、雨の予報。全部で7つあるという乳頭温泉巡りでもして過ごそうということにした。もう一度風呂に入って温まってから、床に就いた。9時過ぎであったろうか。いまとなってはその間に何を話したのか、思い出せない。夜中に雨の降っている気配がしたが、目が覚めたのは、朝6時半。よく寝た。

 

★ 温泉三昧も修行が要るか

 

 10月3日金曜日、雨。宿の「ウォーキング・ガイド」の若い男性が7つの乳頭温泉の特徴を上手に説明してくれた。10時過ぎに宿を出て、孫六温泉に行く。ここは乳頭山の登山口にあたる。佇まいは古びて、なかなか風情がある。建物群を上から見下ろす橋に立つと、湯田を真ん中において長い年月を経てきた茅葺の建物が黄色のブナや赤く色づいたナナカマドに彩られて、思わずカメラを向けたくなる。水量の多い女夫石沢の対岸へ橋を渡る。風呂を愉しみに来ている若い女性たちもいる。一人の中年の女性は乳頭温泉の「鶴の湯温泉」に宿泊していて、こちらを訪ねているという。鶴の湯の宿をとるのに半年前から予約したが、電話がつながらなくてたいへんだったと話す。兄はそれをふむふむと聞いている。

 

 孫六温泉には下山したときに湯を使うことにして、すぐ近くの黒湯温泉へ入る。510円。だが、一本松沢べりの露天風呂は目隠しが高く、山の稜線部しか見えない。目隠しをしている「お詫び書き」をみると、外の渓合いで砂防堤の工事をしている業者の名前が記してある。興ざめだ。同じ黒湯温泉の、もう一つ泉質の違う露天風呂に行く。こちらは一本松沢に流れ込む別の渓筋にあって、もう少し紅葉がすすめば浸かっているにはオモシロイと思ったが、四角く区切った木製の古い湯船が3畳ほどの広さしかない。秘湯であることは確かだが、温泉巡りの人が多くなるとのんびりとはしていられない。どうも私たちは、温泉三昧をするにはまだ修行が足りないのかもしれない。

 

 車に取って返し、鶴の湯温泉に向かう。ここはほかの乳頭温泉と離れていて、田沢湖高原温泉近くに戻るところで、別の渓筋にうんと分け入る。むかし岩手の殿様の隠し湯であったという。「本陣」がしつらえられ、御家来衆の宿所もある。駐車場に着いたところで雨が猛烈に降る。しばらく車に留まるが、止みそうもない。12時過ぎ。お昼でも食べようかと降りて、本陣の中へ入る。とろろそばを注文する。食卓の隣の夫婦が「乳頭山ってハイキングができる手軽なコースらしいよ」と話している。兄はそれを聞いて、にやりと笑う。明日天気が良ければ登ろうとしているが、しめたと思ったのかもしれない。引きも切らず、温泉巡りをしている人たちが来る。しかしお殿様の宿所はどこだろうと兄は気にしている。そういえば、どこだろう。小さな小屋で作業をしている方に聞いた。もう少し山の上にあったが、今はないとのことであった。

 

 鶴の湯への途中、車を止めてくれと兄が言う。小雨に煙るみごとな紅葉を写真に納める。赤と黄と緑が霧雨に色を和らげて、あらまほしき色調を広げている。

 

★ 蟹場温泉の秋に浸る

 

 ウォーキング・ガイドが「一番のおすすめ」という蟹場温泉へ向かう。湯が沸いているので、岩で囲んで温泉にしたのが始まり。沢蟹がたくさん見受けられたことからこの名がついたというが、150年ほど前のことというから、真偽のほどはわからない。温泉宿の入口には大きな沢蟹の置物があった。500円。フロントの案内にしたがい建物を抜け、傘をさしサンダルを履いて、樹林を抜けて歩くこと100m余。風呂から帰ってくる女性にあった。傘をさして入れるかと聞くと、入れますよ、でもさしている人はいませんでした、と笑っている。沢に架けた橋を渡ると下の方に広い露天風呂と脱衣場の東屋が見える。その周りの木々の葉が色づいて、山の秘湯という趣が醸し出される。すでに2人湯船に入っている。そう言えば混浴と書いてあった。

 

 岩を組み合わせて風呂囲いをつくって沢との仕切りとし、横長に10m以上あるほど広い。先に入っていた若いカップルは、私たちが来たのを知って、向こうの端の方へ移動していた。湯温は温すぎもせず熱すぎもせず、ちょうど良い。足元に敷き詰めた石も滑る気配はなく、気持ちがいい。風呂を囲んでいる背の高い木々から、ときどきはらはらと枯葉が落ちてくる。兄は湯面に落ちたそれをひとつひとつつかんで、湯船の外に置く。沢の上流の森も紅葉して、秋に包まれている思いに浸ることができる。これぞ露天風呂、と思った。

 

★ 森の葉の色づき、人のたどり来る道

 

 乳頭温泉の7つの湯めぐりチケットは、経めぐりバス料金込みで1510円で売っていた。「3つ入れば元が取れる」とフロントのスタッフはいう。だが、7つどころか2つ入っただけで十分すぎるほど。休暇村に帰り部屋でひと眠りする。目が覚めると3時半、雨は上がり陽ざしが出ている。

 

 散歩に出る。向かいの森の散歩道は、昨年夏、植物の専門家の案内で歩いたことがある。秋だから植物は姿を変えて影を潜めているが、鬱蒼とした森に身を浸しているだけで、身体が浄化されていくような気分になる。ブナの葉が黄色く染まっている。ナナカマドの葉やウルシの葉が赤く、鮮やかだ。オオカメノキの葉が透き通るような茶色を湛えて存在感をもっている。カエデが黄色から薄赤い色まで種々の変化をみせる。ミネカエデの葉が、一枚の葉の一隅だけが幾何学的に分けたように赤く染まりあとは緑という姿も見せる。陽のあたり方によるのであろうか、栄養素の蓄積がこのような偏りをもっているのであろうか、ヘンな感じがした。

 

 また別の散歩道もあったので、そちらをずんずん歩く。森の中を大きくぐるりと回って妙の湯の前へ出る。こちらの紅葉は、もっと見事な色付きを見せている。陽当たりと風の通る道筋が、紅葉の色あいを定めるような気がした。すぐ脇の沢と宿の建物とマッチして、奥深い森の一軒屋という風情が醸し出されている。若い女性に人気というが、さもあらんと思わせる。

 

 宿の前に止まった黒塗りのベンツからお年寄りの女性と中高年の娘さんらしい人が降りる。「ナンバーをみたかい? なにわナンバーだよ。あれはお抱え運転手じゃないか」と兄はいう。どうやってきたろうか? 舞鶴からフェリーで秋田港まで来ただろうか、それとも北陸道を何カ所かたどってここにたどり着いただろうか。あのお年寄りの女性は、どういう境遇にあって今日この温泉に身を置くことになったんだろうと、思いを膨らませる。なるほど、その様にして「取材」がはじまるのだなと、私は受け止めている。

 

★ リピーターになってもいいという思い

 

 休暇村の売店で本をみている。『秋田駒が岳・乳頭温泉の花』と題した地元観光協会が編集した本が気に入ったらしい。昨年からの山歩きの際にも、ほとんど草や木に関心を示さなかった兄が、花に興味を持ち始めたというのは、新発見。ただ歩くだけで精一杯であったのに、少し余裕が出てきたのだろうか。それとも、絵を描く対象として大雑把に見ていた景観の、細部が見え始めたのだろうか。マクロからミクロへと視点が移ると、一つ一つの事象が、別のかたちをもって起ちあがってくる。そういう心境の端境に立ち至っているのであるか。オモシロイと、私は思う。もう一冊、『八幡平』の、やはり地元で作成した写真と地図とハイキングコースとを掲載した大判の本を購入した。八幡平の方をみて、こんなところにも行けるかなとページを指さす。明日の通過点の一つだ。明日の空模様と相談して、場合によっては乳頭山を省略してそちらで時間をとってもいいと話す。

 

 「気に入った」と乳頭温泉のことを言う。温泉というよりも、自然に浸ってのんびりと過ごすことのできる風情が、奥さんを連れてくるのにもちょうど良いと思っているようであった。田沢湖温泉駅からレンタカーでもいい。バスの便はあるのか、冬はどうやってくるのかと、鶴の湯温泉でも聞いていたし、フロントでも確かめていた。山歩きというよりも、温泉保養を考えていたのかもしれない。

 

 今日の夕食でも、兄はグラスワインの赤を注文した。私は冷酒。他愛もないことを話していたと思うが、1時間半ばかりがたちまち経ってしまう。兄はアイスクリームをもってきて、仕上げにした。

 

 明日の天気をみるためにTVをつける。秋田放送や各局の秋田支局の映像がみられる。午前中曇り午後晴れ。午前中雨の予報が少しずつ良くなっている。朝、雨が落ちていなければ、乳頭山に登ることにする。「今日ゆっくり休んだから、大丈夫だ」と兄はいう。風呂で体を温めて床に就いた。  (つづく)