世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

非自由な生活

2012年08月06日 | 
神様は

人それぞれの生き方をお与えになる。


自分の境遇を受け入れ

その中で精いっぱい可能性を追求しながら生きている。


それを前向きの人生という。




この10日間

全盲の老人と寝食を共にした。


24時間、ほとんど一緒にいた。



彼は2歳の時失明したという。

理由は語らなかった。


サングラスはかけない。

杖は持たない。


彼はボクの腕や肩につかまり歩く。

気をつけなければいけないのは

ぶつかる、つまずくことだ。


特に階段、人ごみ、狭い通路などなど。



そう意味では、ハノイは彼にとって試練の町だ。


社会は原則として強者のためにできている。


点字もなければ

横断歩道に鳥の鳴き声もない。


そもそも信号そのものが無いし

あってもその機能をほとんどはたしていない。


段差や溝は至る所にあり、

声や音は騒音にかき消される。


ベトナムでよく言われるのは

バイクの洪水の中をどうやって向こう側まで横断するかだ。




バイクの切れ目なんか構うことはない、

どんなにバイクが連なって来ようとも

一歩車道に踏み出せば

後は目をつぶってでも同じ歩調でゆっくり歩けばいいだけのことだ。


そこには、秩序なき秩序が存在する。



ボクはあえて彼をバイクの洪水に中に何度も置いてみた。

市場の中や旧市街を連れて回った。



ある人がボクに心無い言葉を放った。

如何して目が見えないのに観光なんかするのか。


ボクも思わないわけではない。


彼は景色のいいところに連れて行ってくれという。

一瞬無駄なようにも思えた。


風景を言葉で説明すると彼は満足そうに笑った。


目以外のすべての感覚を働かせている。

耳で、鼻で、舌で、指で。


特に音楽は気持ちを和ませるようだ。


だがさすがにハノイの旧市街の騒音だけには

長くは耐えられなかったようだ。


ひっきりなしになるクラクション、

飛び交う意味不明の会話と怒号、

物売りの呼び声、


狭い通路、人にぶつかり物を蹴飛ばす。



さすがに、タクシーを拾ってホテルに帰ろうと彼は弱音を吐いた。


高級ホテルにいて、

貸切バスで観光地を見て回るだけではその場に行ったことにはならない。


その土地の日常にの触れなければ暮らしを知ることは出来ない。


時間に追われ、制限され

いいとこどりの観光ツアーだけでは

その土地に来たことにはならない。


外国人、観光客仕様の料理だけに美味いと言っていくら舌鼓を打ったところで

上っ面をなでただけに過ぎない。



それは彼にとって良かったのか悪かったのかはわからない。

ただ、ボク流の流儀で彼をアテンドした。


そして、恙(つつが)なく旅程を終えることができた。

それが今回のボクのミッションだった。



彼は彼の境遇で精いっぱい人生を謳歌しようとしていた。

愚痴や文句はそれなりに吐いたが、

目が見えないという不便さのなかで生きていく覚悟はとうに決めている。


ここまで来るのに彼の苦労の人生をボクは知らない。




シリアに比べれば

何処に身を置いても天国だ。


なかでも日本ほどいい国はない。


矛盾や不合理は数多くあれど

それを認め受け入れる度量も必要なのだ。


ただ、不平不満ではなく改善の余地は多い。


そこには遠慮なく声を上げていこう。



五体満足というが

その上で何を求めるのか。



国の五体満足とは何か。

政治、経済、安心、安全、

そして幸せ度だろうか。


日本という国は五体満足ののか、否か。



国を知り、人を知る。


自分の人生の幅を広め、奥行きを作るには

旅ほどいいものはない。


今回の旅は

ボクに知らなかった世界をまた見せてくれた。


また一つ脱皮し、成長した自分がいた。



アー、

旅って、なんっていいんだろう!