デラシネ日誌

私の本業の仕事ぶりと、日々感じたことをデイリーで紹介します。
毎日に近いかたちで更新をしていくつもりです。

河原者のけもの道

2023-07-16 10:03:28 | 買った本・読んだ本
書名『河原者のけもの道』
著者 桃山邑  出版社 羽鳥書店  出版年 2023

何度か涙しながら、やっとの思いで読み終えた。まず感じたのは、桃山って男は、どうしてこんなにまで優しいのだろうということだった。余命宣告を受けてから、この本を書くことを羽鳥書店にすすめられて、聞き書きに応じた桃山は、それまでの自分の生き方を振り返るなかで、自分がこう生きた、こういう芝居をつくってきたということを語っているのは、自分のためではなく、水族館劇場の仲間(それは劇団員だけではなく、いままで支えてきた人たち、例えば毎回水族館の芝居が終わったあと読み上げたお世話になった人たち)に向けたメッセージになっている。最後まで桃山らしいなあとつくづく思った。
前半は桑原光平を相手に自分の半生を語っているが、下手に桃山のことを知っている人間ではなく、若い聞き手ということもあって、知っている人たちだったらスルーしてしまうことが、丁寧に語られたのは非常に良かったと思う。これは編集者の作戦であったと思うが、うまく桃山の話を引き出すことになったのではないか。彼とは5,6歳ほど違うかと思うのだが、栃木と宮城ということで近いものがあったかもしれないが、幼年時代の体験には結構共通するものがあったのにはちょっと驚いた。それにしても彼の父親の話には胸を衝かれた。
桃山がやろうとしていたことは、芸能にこめられた人びとの情念のようなものをなんとか肉体化しようということ、それは例えば小沢昭一が追いかけた放浪芸人たちではなく、その芸を待ち望んでいた人の思いではなかったのか。
彼の「幾重にもおりたたまれたひとびとの無念をときはなつ契機をやどす宴を僕は芸能という言葉にたくしている」という言葉の中に、彼が見ていた芸能の本質がある。
お別れ会で千代次がいままで桃山が書いた台本をもってきたが、かなりの量だった。彼らはこれを一回しか上演していない。それが彼らの芸能のあり方だった。今回桃山の最後の作品となった「出雲阿國航海記」が収録されている。これはほんとうにいい芝居で、3回見たが、時空間を自在に行き交いながら、はかない命のいとおしさを描ききった、最高傑作だと思う。
「星降る夜空の向こうはたくさんの想いを抱えて現世をはなれなければならなかった者たちの悲鳴をあつめた滝壺のような銀河の涯じゃ」
「夜よ早くあたりをつつんで、追憶がこの身に寄り添うように闇にすべてを隠しておくれ。そのまぼろしさえをも消えたなら、きっとおまえに返してあげる。切り刻んでちいさな星にすればいい。そうすれば想い出は夜空を飾り、地上のひとというひとたちはおまえを恋するようになる」
こんな珠玉の言葉が散りばめているこんな芝居の台本はないのではないか。
本書の中で「水族館劇場とは何か。いまなら迷うことなく断言できる。ひとのつながりという横断と、追憶という縦断が交差する場処(トポス)である。死者の霊魂と生者の現実とがスパークして幻の花火を垣間みせる、この世のような夢である」と書いているが、まさにそれをセリフとして言霊にこめたのがこの芝居だった。
これを本書に収録するにあたって桃山は、「いつかふたたびぼくたちではない誰かが台本に眼をとめて、上演したいと申し出たとき、すこしでも善き物語、善き台詞、善き舞台装置でみたされていますよう、祷りにちかい気持ちから、罷むに罷まれず書き足しました」とまた手を加えている。いつかぜひもう一度見てみたい、さて桃山は誰の眼にとまることを想定していたのだろう。
最後のあとがきで、最後まで同伴者だった千代次への「ひとりとり残してゆくのが心配です。いつまでも水族館劇場が千代次のこころの支えでありますよう、願ってやみません」という言葉にも、桃山らしさが滲んでいる。
こんなに泣かせやがって、馬鹿野郎と最後に言っておこう。
桃山が亡くなってから無事新生水族館劇場は船出したが、さっそく試練に面している。いきなり正念場となったが、漂流は水族館の定めでもある。桃山が送ったメッセージを受けとめる人たちが、どんな風にここを乗りこえるのか、あとは見守ってくれ、そう言うしかない。『出雲阿國航海記』で何度もくりかえされていたように、死者の魂は共にある。だからいつも桃山も共にある。そう信じている。
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