デラシネ日誌

私の本業の仕事ぶりと、日々感じたことをデイリーで紹介します。
毎日に近いかたちで更新をしていくつもりです。

最後の猿まわし

2023-05-02 12:49:52 | 買った本・読んだ本
書名 「最後の猿まわし」
著者 馬宏傑( 訳永野智子 )  出版社 みすず書房   出版年 2023

中国猿回しのルーツとなっているのではないかと言われている河南省南陽市新野県の猿回し芸人たちを追ったルポを中心に、猿回し芸人たちの生活を丹念に追ったノンフィクション、ルポとしても十分に読みごたえのあるものだったし、21世紀に入ってまもなく、いまや滅ぼうとしている中国の猿回しという芸能の実態を知る上でも貴重な資料ともなっている。そしてもうひとつ猿回しという「社会の最底辺の、最も苦しい方法で金を稼いでいる人たち」の姿を浮き彫りにすることによって、中国の現代社会の実相も浮かび上がらせている。
著者はカメラマンで、猿まわしという滅びいく芸能に携わる人たちを追うために、その旅に同行する。この旅がすさまじいのだ。汽車に無賃乗車、それも客車ではなく無蓋の貨物車、駅員たちに追いかけられることは当たり前、それでも無賃で乗ること、これが猿まわしの旅の基本なのだ。そして宿もなく、空き家とか、建設中の建物を寝床として、食事も麺ばかりというまさにぎりぎりの生活しながら、猿と共に旅し、そして芸を見せて生きていく。この旅を共にすることで、芸人と信頼関係を結んだことで、本書に収められているたくさんの写真を撮影することができ、またこのルポも書けたのだと思う。よくもまあこの過酷な旅を共にしたと思う。この旅を丁寧に描いたことで、「社会の最底辺に生きている猿まわし」の実相を伝えることができた。
このルポで信頼を得た著者は、猿まわし師から時折連絡をもらったり、相談を受けるなかで、さらに時間をかけて、じっくりと猿まわしの実態、さらにはそれで生きていく、生きていかざるを得なかった人たちの人生を浮き彫りにする。3部の猿まわし群像は、なかなか読みごたえがあった。早く亡くなった父の代わりに猿まわしをしながら、弟や妹を育て、結婚させ、自分はひとりで暮らしていた男が、晩年を養老院ですごすために貯めていたお金を、サーカス団の男にだまし取られる話は、あまりにもつらい話で、思わず悲鳴がでてしまった。
著者が旅を共にして、それがきっかけでずっと付き合うことになる最後の猿まわしとなる男は、この本が中国で刊行され、さらにはテレビなどにもとりあげられ、一躍有名人となり、自分で猿飼育場をつくるようにまでなるというのもサイドストリーとしては面白かったが、衝撃的だったのはいまの話であった。著者が日本語に翻訳されると知って、その後の猿まわしのこともあとがきで紹介しているのだが、そこでコロナのために猿飼育の商売は行き詰まったのではないかと思ったら、逆で大繁盛しているという。ここで飼育された猿たちはコロナのために実験用としての需要が増えたためだという。最後の猿まわしが、いまは猿を育てて、それを実験用に売って繁盛している、なんという逆説なのだろうとため息がでてしまった。この本に収められている猿と一緒の写真には、確かに猿まわしと猿という関係を越えたものが感じられる。そんな関係になんのこだわりもなく、実験用の猿を育てて、暮らしている。この逆説の中に、最底辺で生きている猿まわしの真実があるのかもしれない。
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