混沌なるおもちゃ箱

PCネタ時々家電、時折オカルトオーディオ批判?……最近は何でもあり。

そらあーた、当時のケータイと今のヌマホでは

2017-07-20 07:05:08 | 所謂一つのPCネタとか
ごくごくローエンドでHD、少し気が利いてFullHD……ミドルからミドルハイの価格帯でWQHDときて廃エンドに4kだったり特殊な解像度だったり……普通に網膜解像度当たり前のiPhoneだったりと続く訳ですし?

そもそも、表現可能な情報量が違うのですから@ITmedia
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1707/18/news029.html


当時の携帯小説……アレ、あんなモノ誰が読むのだろうというレベルで「文章の体裁茄子」とぼかぁ視界から追いやりましたね(ただ、俳句にゃ良いかな)

まぁ、当然ですが限られる表示環境から来る短いセンテンスの繰り返しですから、掘り下げたり背景だったり情景だったり……そうした状況や心理描写に割けるリソースには、極めて乏しく頭が空っぽな文章になるのだ!(だから、俳諧の方が良いって)
となると、やはり使用可能な情報量から来る幅の狭さ、故に突飛な方向に走らないとダラダラとした会話文の連続で物語が踊らないとなるから、意図して唐突で過激な方向に運ぶ事で舞台を揺らすのですな。



今だと、↑の様に他から動画やインスタグラム等々を引っ張ってきたり、色々と表現方法の幅がありますからね。
動画や音楽を入れるのは邪道っちゃ邪道なのですが、星空の画像を一コマ入れてみたり、引用okなデータや公的機関で公開されている自然画像を入れて前後にそれらしい文章を加えると、コレはコレで表現に幅が出てきます。
この辺り、利用可能なデータ量の勝利となる訳で、たとえば俳句や短歌の様な制限された様式美の世界でなく、小説という文章量の多いジャンルに縛られた(エッセイなら、まだまだ遣り様も有るが)枠というのは、やはり新しい表現形式に取って代わられ消え去るのでありましょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする