『---映ゆ---』 目次
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(我が村では男が歳を重ねた女を背負うことを禁じられているが、この村では女が背負うことも禁じられているのか? 先々、婆様が歩けなくなったらどうするんだよ) と、心でいっても口に出すことは無い。
「では・・・何か。 そうだ、板戸などはないのですか?」 辺りをキョロキョロとする。
「男達が持って出たよ」 村に帰り、何か運べるものがあったらと持って出たようだ。
「そうですか、それでは・・・」 首を捻り下を向いた。 少し考ると「ああ」 と言って顔を上げた。
「うつ伏せになってラワンの背に乗ってもらいましょう」
「え?」 二人が驚いた顔をシノハに向けた。
「ラワンであったら良いのですよね?」
「あ、まぁ・・・ズークに乗せてはいけないとは聞いたことがないねぇ」 ザワミドが顎に手を当てて言うと、続けてトデナミが問い直した。
「婆様をラワンの背に、うつ伏せにですか?」
「はい。 ラワンの背に横向きにうつ伏せると背が丸まってしまいますので、ラワンの背に沿って縦にうつ伏せてもらいましょう。 少し寝心地は悪いとは思いますが」 両の眉を上げ一言を添えるとラワンを呼んだ。
「ラワン、婆様の前に伏せてくれ。 婆様に尻を向けるようにな」 言われてすぐにラワンがタムシル婆の前で足を折った。
「手伝ってもらえますか?」 二人を見ていうと、どうすればいいのかという目を向けてくる。
「両脇から婆様を支えるように、脇と腰元に手を添え、そのままラワンの背に乗せてください」 それを聞いてザワミドが叫んだ。
「とんでもない!! 婆様が起きておられる時ならともかく、婆様の言葉もなく、勝手に私が婆様に触れるなんて!」
「今は婆様の命が一番なのです!」
タム婆の額がうっすらと汗ばみだしてきていた。 もうどんな文句も聞いていられないと厳しく言ってしまった。
言うとマントを脱ぎ、ラワンの背に拡げるように乗せた。 小さいタムシル婆ならシノハのマントの中に充分全身が入る。 ラワンから降ろす時にはマントを四方から引っ張って簡単に降ろすことが出来るだろうと考えてのことだ
「婆様、失礼します。 ほら、早く!」 急きたてるように言われ、腰がひけながらも二人でタムシル婆の脇に手を入れると、そのままソロっと前へ倒しもう片方の手でトデナミが腰元を支えた。
「ああ・・・婆様、婆様・・・お許し下さい・・・」 ザワミドが罰でも当たるかのように眉を下げながら腰元に手を添えた。
「もう少し前へ、あともう少し」 シノハが指示を出す。
タムシル婆は深い眠りに落ちたのか、全く目を覚ます様子がない。
なんとかタムシル婆をラワンの背に乗せるとシノハが言った。
「トデナミはザワミドさんの横に行って下さい」 言われてすぐにトデナミがザワミドの横に立った。
「我はこちら側に立ちます。 ザワミドさんとトデナミでそちら側から婆様が落ちないように支えていてください」
「なんとまぁ。 いや、でもこれは無理じゃないかね? ラワンとか言うのかね? いくら支えていても、立つ時には婆様が落ちるよ」 その言葉に返事をしたのはトデナミだった。
「ザワミドさん、きっと大丈夫だと思います」 それを聞いてシノハが口の端を上げ、ラワンを見た。
「ラワン、トデナミを裏切るんじゃないぞ」 ラワンがチラッとシノハのほうに目だけを動かした。
(こいつーーー! また無視しやがった!) 心の声が段々と口汚くなってきたが、顔は平静を装っている。
「それでは、立った後は何処へ行けばいいですか?」
「あそこに見える小屋の奥にまだ小屋があります。 そこで婆様が寝起きされています。 そこへ」 トデナミが指差した小屋は一番奥にある小屋だった。 その奥の小屋。
「わかりました。 それじゃあ、ラワン頼むぞ」 ラワンがソロっと足を動かした。 途端小さく揺れた。
「あわわー、あわわー。 大丈夫かね、大丈夫かね。 トデナミ、コッチへ落ちてきそうになったら頼むよ」 ザワミドがオロオロとする横で、トデナミが小さく笑っている。
すると、ゆっくりとゆっくりと大きく身体をぶらすことなく、段々とラワンが高くなっていく。
「これは何という事かね?」 トデナミは先ほどその様子を見ていて特に驚かなかったが、ザワミドは目を丸くして驚いている。
ラワンが完全に立ち上がったが、タムシル婆がズレ落ちてくることはなかった。
「よし、ラワンゆっくりでいいからな。 あっちに歩いてくれ」 指差された方向にゆっくりと歩き出した。
小屋に入るとすぐに板間になっていて入口のすぐ右横に腰高の小さな卓があり、左右両側には明り取りの窓が作られている。
板間の右奥には少し高くした簡易の寝床が作られていて、その上に左が頭になるように敷物が敷かれていた。 そして左奥には椅子と机が置かれていて、一人で過ごす小屋にしては広めであった。
寝床にタムシル婆を寝かせるとシノハは小屋を出た。
まずは、ザワミドはタムシル婆の背中の様子を見る為、トデナミは衣を脱がせる為に小屋に居たが、年老いた婆の背中といっても、そんなところに男が入っていられない。
ましてや、薬草師でも都の医者でもないのだから。
小屋の外にはラワンもいる。
「ラワンすまなかった。 今日は何度も無理な事を頼んでしまったな。 何処も悪くしていないか?」 身体をぶらさず立つ事など決して簡単な事ではない。
「また、だんまりか。 いったい何だって・・・あ・・・」 そうだったのか、と気付いた。
「婆様が心配だったんだな。 そうだよな、そう言えばこの村に近づいてきて婆様の話をしだしてからだんまりになったな」 シノハの話を聞いているのかいないのか、小屋の入り口をずっと見ている。
「だからって、返事くらいしてくれてもいいだろ?」 すると返事の代わりに、煩いといわんばかりに振り返り、睨め付けた。
「なんだよ、それ!」 睨み返すシノハにラワンは相手もしなかった。
「シノハさん?」 呼ばれ振向くとタイリンが居た。
「あ、あはは」 バツが悪そうな顔をして頭を掻く。
「今、長の具合が良くて、是非ともシノハさんに礼が言いたいと言っているのですが」
長への挨拶を気にはしていたが、あの大声の男から、長は具合が良くないと聞いていて今だに挨拶ができていなかった。
「挨拶をさせてもらえるのなら是非とも。 だが、無理をされていないか?」
「いえ、俺から見ても今日は顔色がいいです」
「では、お願いする。 ラワン、ここに居てくれ」 ラワンに言い残すと、タイリンの横を歩いた。
(くそ、ラワンのヤツ、また無視しやがった) 思いながらも気になっていた事を問うた。
「ずっと男たちが居ないが? いや、婆様、ザワミドさんとトデナミ以外誰も居ないが?」 タイリンを見て問うと、目が合ったタイリンがすぐに答えた。
「小屋の中には傷を負ったものが居ます。 えっと・・・森に逃げた以外のものが居ます。 森に逃げたのは働いていた者ばかりですから、今日は地の怒りが無いと聞いたので、皆で村に行っています。 シノハさんが来られたとき、丁度村に行こうとしたときだったんです」
「ああ、それであんなに男達がいたのか」
「地の怒りがずっと続いているんです。 だから簡単に村に行けないんです」
(そう言えば、さっきトデナミもそんな事を言っていたな。 今日は地の怒りが治まっている様だから婆様が村を見に行くと仰った、と)
「どういうことだ?」
「揺れがまだときどきあるんです。 殆どが小さい揺れですから大丈夫ですが、それでも万が一を考えると村には簡単に行けないんです」 タイリンはずっと下を向いて答えていた。
「そうか。 たしか、タイリンと言ったな?」
「はい」 歩を止め、少し嬉しげにシノハを見た。 さっき、有難うと言って貰えたことが頭をかすめた。
「タイリンは村に行かないのか?」
「俺は・・・俺は役立たずですから」 また下を向いて歩き出す。
「そんな事はない。 役に立たない人間などおらん」 言われたが、二度とシノハの顔を見ようとはしなかった。
「この小屋です」 そう言うと「シノハさんをお連れしました」 と告げ、戸を開けた。
開けられた戸の先、明り取りの窓から僅かな光が漏れ入ってきているようだが、薄暗くしか見えない。
「どうぞ」 疑り深い村だとセナ婆から聞いているだけに、小屋に入るのには色んな可能性を考えた。
タイリンは元気な者はみんな村に行ったと言っていたが、何人か残っていてもおかしくない。 そしてその手に槍を持っていても・・・。
さっきまでの男達の態度を考えると有り得なくもない話だ。 だが小屋は狭い空間、槍を向けられたらどうしようもないだろう。
(なるようになるか・・・) 腹を決め、一歩小屋に入った。
タムシル婆の小屋と同じような作りになっている。 そしてうっかり厳しい目を動かし周りを見てしまった。
「安心せい。 誰もおらん」 奥から聞こえてきた声に、しまったと思ったが後には戻れない。
小屋の外から見たときには僅かに明かりがあるように見えたが、いざ中に入ってみると気味の悪い雲がまだ太陽にかかっているせいで、明り取りの窓がほとんど用をなしていない。 その陽が差さない薄暗い中でも、声の主の顔の輪郭が分かる。 面長の顔。
男達もみな面長の顔だった。 いや、面長では済まされないほどだった顔もあった。
(かなり血が濃くなっているのか・・・月夜の宴(つきよのえん)に出ていないのか・・・)
月夜の宴、それは昔から続く村々の血を薄くするための、年に一度催される若い男と女の出会いの場であった。 あちらこちらの村から、何日もかけてやってきた若者の宴(うたげ)。 年かさのある身を固めた者が、飲み食いの場を作り、若者を盛り上げるそれはそれは、賑やかしいものだった。
(疑り深い村か・・・他の村からの人間を受け入れていないという事か・・・)
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- 映ゆ - ~Shinoha~ 第13回
(我が村では男が歳を重ねた女を背負うことを禁じられているが、この村では女が背負うことも禁じられているのか? 先々、婆様が歩けなくなったらどうするんだよ) と、心でいっても口に出すことは無い。
「では・・・何か。 そうだ、板戸などはないのですか?」 辺りをキョロキョロとする。
「男達が持って出たよ」 村に帰り、何か運べるものがあったらと持って出たようだ。
「そうですか、それでは・・・」 首を捻り下を向いた。 少し考ると「ああ」 と言って顔を上げた。
「うつ伏せになってラワンの背に乗ってもらいましょう」
「え?」 二人が驚いた顔をシノハに向けた。
「ラワンであったら良いのですよね?」
「あ、まぁ・・・ズークに乗せてはいけないとは聞いたことがないねぇ」 ザワミドが顎に手を当てて言うと、続けてトデナミが問い直した。
「婆様をラワンの背に、うつ伏せにですか?」
「はい。 ラワンの背に横向きにうつ伏せると背が丸まってしまいますので、ラワンの背に沿って縦にうつ伏せてもらいましょう。 少し寝心地は悪いとは思いますが」 両の眉を上げ一言を添えるとラワンを呼んだ。
「ラワン、婆様の前に伏せてくれ。 婆様に尻を向けるようにな」 言われてすぐにラワンがタムシル婆の前で足を折った。
「手伝ってもらえますか?」 二人を見ていうと、どうすればいいのかという目を向けてくる。
「両脇から婆様を支えるように、脇と腰元に手を添え、そのままラワンの背に乗せてください」 それを聞いてザワミドが叫んだ。
「とんでもない!! 婆様が起きておられる時ならともかく、婆様の言葉もなく、勝手に私が婆様に触れるなんて!」
「今は婆様の命が一番なのです!」
タム婆の額がうっすらと汗ばみだしてきていた。 もうどんな文句も聞いていられないと厳しく言ってしまった。
言うとマントを脱ぎ、ラワンの背に拡げるように乗せた。 小さいタムシル婆ならシノハのマントの中に充分全身が入る。 ラワンから降ろす時にはマントを四方から引っ張って簡単に降ろすことが出来るだろうと考えてのことだ
「婆様、失礼します。 ほら、早く!」 急きたてるように言われ、腰がひけながらも二人でタムシル婆の脇に手を入れると、そのままソロっと前へ倒しもう片方の手でトデナミが腰元を支えた。
「ああ・・・婆様、婆様・・・お許し下さい・・・」 ザワミドが罰でも当たるかのように眉を下げながら腰元に手を添えた。
「もう少し前へ、あともう少し」 シノハが指示を出す。
タムシル婆は深い眠りに落ちたのか、全く目を覚ます様子がない。
なんとかタムシル婆をラワンの背に乗せるとシノハが言った。
「トデナミはザワミドさんの横に行って下さい」 言われてすぐにトデナミがザワミドの横に立った。
「我はこちら側に立ちます。 ザワミドさんとトデナミでそちら側から婆様が落ちないように支えていてください」
「なんとまぁ。 いや、でもこれは無理じゃないかね? ラワンとか言うのかね? いくら支えていても、立つ時には婆様が落ちるよ」 その言葉に返事をしたのはトデナミだった。
「ザワミドさん、きっと大丈夫だと思います」 それを聞いてシノハが口の端を上げ、ラワンを見た。
「ラワン、トデナミを裏切るんじゃないぞ」 ラワンがチラッとシノハのほうに目だけを動かした。
(こいつーーー! また無視しやがった!) 心の声が段々と口汚くなってきたが、顔は平静を装っている。
「それでは、立った後は何処へ行けばいいですか?」
「あそこに見える小屋の奥にまだ小屋があります。 そこで婆様が寝起きされています。 そこへ」 トデナミが指差した小屋は一番奥にある小屋だった。 その奥の小屋。
「わかりました。 それじゃあ、ラワン頼むぞ」 ラワンがソロっと足を動かした。 途端小さく揺れた。
「あわわー、あわわー。 大丈夫かね、大丈夫かね。 トデナミ、コッチへ落ちてきそうになったら頼むよ」 ザワミドがオロオロとする横で、トデナミが小さく笑っている。
すると、ゆっくりとゆっくりと大きく身体をぶらすことなく、段々とラワンが高くなっていく。
「これは何という事かね?」 トデナミは先ほどその様子を見ていて特に驚かなかったが、ザワミドは目を丸くして驚いている。
ラワンが完全に立ち上がったが、タムシル婆がズレ落ちてくることはなかった。
「よし、ラワンゆっくりでいいからな。 あっちに歩いてくれ」 指差された方向にゆっくりと歩き出した。
小屋に入るとすぐに板間になっていて入口のすぐ右横に腰高の小さな卓があり、左右両側には明り取りの窓が作られている。
板間の右奥には少し高くした簡易の寝床が作られていて、その上に左が頭になるように敷物が敷かれていた。 そして左奥には椅子と机が置かれていて、一人で過ごす小屋にしては広めであった。
寝床にタムシル婆を寝かせるとシノハは小屋を出た。
まずは、ザワミドはタムシル婆の背中の様子を見る為、トデナミは衣を脱がせる為に小屋に居たが、年老いた婆の背中といっても、そんなところに男が入っていられない。
ましてや、薬草師でも都の医者でもないのだから。
小屋の外にはラワンもいる。
「ラワンすまなかった。 今日は何度も無理な事を頼んでしまったな。 何処も悪くしていないか?」 身体をぶらさず立つ事など決して簡単な事ではない。
「また、だんまりか。 いったい何だって・・・あ・・・」 そうだったのか、と気付いた。
「婆様が心配だったんだな。 そうだよな、そう言えばこの村に近づいてきて婆様の話をしだしてからだんまりになったな」 シノハの話を聞いているのかいないのか、小屋の入り口をずっと見ている。
「だからって、返事くらいしてくれてもいいだろ?」 すると返事の代わりに、煩いといわんばかりに振り返り、睨め付けた。
「なんだよ、それ!」 睨み返すシノハにラワンは相手もしなかった。
「シノハさん?」 呼ばれ振向くとタイリンが居た。
「あ、あはは」 バツが悪そうな顔をして頭を掻く。
「今、長の具合が良くて、是非ともシノハさんに礼が言いたいと言っているのですが」
長への挨拶を気にはしていたが、あの大声の男から、長は具合が良くないと聞いていて今だに挨拶ができていなかった。
「挨拶をさせてもらえるのなら是非とも。 だが、無理をされていないか?」
「いえ、俺から見ても今日は顔色がいいです」
「では、お願いする。 ラワン、ここに居てくれ」 ラワンに言い残すと、タイリンの横を歩いた。
(くそ、ラワンのヤツ、また無視しやがった) 思いながらも気になっていた事を問うた。
「ずっと男たちが居ないが? いや、婆様、ザワミドさんとトデナミ以外誰も居ないが?」 タイリンを見て問うと、目が合ったタイリンがすぐに答えた。
「小屋の中には傷を負ったものが居ます。 えっと・・・森に逃げた以外のものが居ます。 森に逃げたのは働いていた者ばかりですから、今日は地の怒りが無いと聞いたので、皆で村に行っています。 シノハさんが来られたとき、丁度村に行こうとしたときだったんです」
「ああ、それであんなに男達がいたのか」
「地の怒りがずっと続いているんです。 だから簡単に村に行けないんです」
(そう言えば、さっきトデナミもそんな事を言っていたな。 今日は地の怒りが治まっている様だから婆様が村を見に行くと仰った、と)
「どういうことだ?」
「揺れがまだときどきあるんです。 殆どが小さい揺れですから大丈夫ですが、それでも万が一を考えると村には簡単に行けないんです」 タイリンはずっと下を向いて答えていた。
「そうか。 たしか、タイリンと言ったな?」
「はい」 歩を止め、少し嬉しげにシノハを見た。 さっき、有難うと言って貰えたことが頭をかすめた。
「タイリンは村に行かないのか?」
「俺は・・・俺は役立たずですから」 また下を向いて歩き出す。
「そんな事はない。 役に立たない人間などおらん」 言われたが、二度とシノハの顔を見ようとはしなかった。
「この小屋です」 そう言うと「シノハさんをお連れしました」 と告げ、戸を開けた。
開けられた戸の先、明り取りの窓から僅かな光が漏れ入ってきているようだが、薄暗くしか見えない。
「どうぞ」 疑り深い村だとセナ婆から聞いているだけに、小屋に入るのには色んな可能性を考えた。
タイリンは元気な者はみんな村に行ったと言っていたが、何人か残っていてもおかしくない。 そしてその手に槍を持っていても・・・。
さっきまでの男達の態度を考えると有り得なくもない話だ。 だが小屋は狭い空間、槍を向けられたらどうしようもないだろう。
(なるようになるか・・・) 腹を決め、一歩小屋に入った。
タムシル婆の小屋と同じような作りになっている。 そしてうっかり厳しい目を動かし周りを見てしまった。
「安心せい。 誰もおらん」 奥から聞こえてきた声に、しまったと思ったが後には戻れない。
小屋の外から見たときには僅かに明かりがあるように見えたが、いざ中に入ってみると気味の悪い雲がまだ太陽にかかっているせいで、明り取りの窓がほとんど用をなしていない。 その陽が差さない薄暗い中でも、声の主の顔の輪郭が分かる。 面長の顔。
男達もみな面長の顔だった。 いや、面長では済まされないほどだった顔もあった。
(かなり血が濃くなっているのか・・・月夜の宴(つきよのえん)に出ていないのか・・・)
月夜の宴、それは昔から続く村々の血を薄くするための、年に一度催される若い男と女の出会いの場であった。 あちらこちらの村から、何日もかけてやってきた若者の宴(うたげ)。 年かさのある身を固めた者が、飲み食いの場を作り、若者を盛り上げるそれはそれは、賑やかしいものだった。
(疑り深い村か・・・他の村からの人間を受け入れていないという事か・・・)