大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第13回

2021年11月22日 22時37分14秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第10回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第13回




「城家主が本当に金貨を渡すと思ってんのか?」

「あーん?」

振り返りながら思いっきり顔を歪めてみせる。
距離は歩いた歩数ほど広がっていない。 ついてきていたようだ。

「渡すわけねーよ。 城家主はそんな奴だ。 用無しに払う金なんか持ってねー。 だがそれを聞いた時には、もうこの地下にお前はいねえ」

僅かに辺りを気にしながら言っているようだ。

「だがさっきお前はリツソを見つけた奴をボコって自分が見つけましたって顔をして城家主の所に行くって言ってたじゃねーか」

「一見(いちげん)は用無しってことだ」

追って来ていた。 斜め後ろにやって来た。 俤が前を向きそのまま歩き出す。

「お前は一見じゃねーってことか?」

斜め後ろに居る男に聞こえるように言う。

「まぁな」

「何でそんなことを俺に言うんだ?」

「お前の自信過剰が気に入った」

鼻の横を掻きながら言う。

「そうかい、ありがとよ。 だが俺は探しに行く、じゃあな」

足を早めるふりをする。

「止めとけって。 俺はそんな奴を何人も見てきた」

とうとう路地を出る角に出た。

己のことを怪しんでいるわけではなさそうだ。 それよりコイツは探している者にかなり近いようだ。 さて、どうやって話を切り出そうか。

「チッ、マツリだ」

え? と思って男の目の先を見た。 間違いなくマツリが前から歩いてきている。

「昨日も見たが・・・」

俤が白々しく言う。

「マツリがリツソを探しているらしい。 宮の者が大探しだとよ」

地下ではリツソの名前とその馬鹿っぷりが知れ渡っていた。 だからいつかは誰かが手を出すだろうと思われていた。 俤はそれをマツリに報告をしていた。

「それでか。 それで城家主も地下に居るかもしれねーってことで探してるってわけか」

「そういうわけじゃねーんだがな」

「わけじゃねーって、どういうことだ?」

白々しく俤が言う。

「いや、そこまでは言えねーがよ、あのチビがこの地下のどこかに居るはずだ。 それは確かなんだがな」

「お前、色々とよく知ってるようだな」

俤が男に対峙するように身体の向きを変える。

「まぁな、一時は城家主の屋敷にいたからな」

「そういう事か」

やはり城家主の隠れ手下ということか。

「ヘマでもやって追い出されたか」

「ヘマなんざやっちまったら今頃生きてないわな」

「おおコワ」

わざと大袈裟に怖がってみせる。

「今はこの地下で城家主に逆らう者がいないか見てるだけだ」

「へぇ、さっき俺が言ったみたいなことということか?」

「オレだけじゃねーんだからな。 だから声高に言うなってんだよ」

「へい、へい」

「おやっさんの時代は良かったのになー、今じゃこうして逆らう者がいないかコソコソだ」

「おやっさんってのを俺は知らねーが、時々聞く。 そんなに良かったのか?」

「ああ、おやっさんはこの地下だけで・・・この地下を上手くまとめてた。 ヤサグレ者の集団をな。 だが城家主はまともに地下をまとめられないどころか、本領にまで手を出してやがるんだからな」

「本領に?」

マツリの言っていた見張番と繋がるのだろうか、そうであるのならば確かめなければならないし、本領に手を出したと言っているのだ、他の可能性であっても探らなければ。 だが思わず訊き返してしまった、これでは何も知らないということになる。 そうなれば何も話さないかもしれない。

「ああ、そういやぁ、そんなことも聞いたか。 ここのところ手下もよく外に出て行ってるのを見るな、ろくでもないことをしてんだろ」

「ああ、見たのか。 そうさな、ろくでもないことをしてやがる。 いや、させられてる」

「させられてるって、手下なら当たり前だろう」

「当たり前って、まぁ、そりゃそうだがな。 だがな、そんなことはこの地下に来る前に大体の者が終わらせてきた事よ。 それをまたこの地下に来てまでってな。 やらされてる方もたまったもんじゃねーわさ」

「へぇー、いったい何をやらされてるんだか」

俤が言うと男が辺りを気にしながら「誰にも言うなよ」と言い置いて続けた。

この男によると、手下の者を本領に向かわし強盗を働いているという。 この男も何度か行かされたらしい。
その上、何日もかけて領土の山の中を歩き、麓に下りると商人の荷車も襲っているということだった。

「金銀、飾り石があの屋敷にゃ五万とある」

「へぇー、羨ましいこった」

「おい、落ちぶれてここに来たのは分かるが、本領に出て悪さをするのだけはやめとけよ。 本領相手じゃ逃げも隠れも出来やしねー。 だからオレはそれが嫌になって屋敷を出たくらいだからな」

「肝に銘じておくよ」

自分が疑われていないであろうことは分かった、そこのところに気を向ける必要はなくなった。
この男の話によると強盗に商人の荷車襲撃、当然見過ごせる話ではないが見張番のことは知らないのだろうか。
だがどうしてこの男はこんな話をするのだろうか、いやそんなことよりもっと突っ込んだことをこの男は知らないのであろうか。

「おい」

マツリの声だ。
二人がマツリを振り返る。

「チビッコイのを見なかったか?」

「さーてね、まずこの地下にゃあチビなんて居ませんぜ」

「そうか」

そう言うと路地の奥に歩いて行った。

「噂通りだな」

「出来ない弟を持つと兄が忙しくなるってことか」

「さぁ、弟だけかどうか」

「どういうこった?」

「領主も抜けてるんじゃねーか、ってことだ」

「あの領主が? まさか」

「裏切り者に気付いてねー」

「宮に裏切り者が居るってことか? え? どういうこった、城家主と繋がってるってことか?」

「オレの知る限りじゃ、見張番に三人。 官吏に二人」

「ウソだろ!?」

知っていたのか。 だが見張番の名前など知らないはず。 何をどうやって聞き出そうか。

「ウソなもんか。 一度だけだがオレが情報を聞いてきたんだからな。 報酬の金も渡しに行った」

情報? 何の情報だろうか。
喰いついて、肩を鷲掴みにして揺さぶって訊きただしたいがそんなことをしてしまえば元も子もない。 冗談めかして話を続けさせるしかない。

「なんでー、お前の知り合いだったってのか?」

「そんなことあるわけねーだろーが、顔も見たことねー奴さ」

「にしても、いくら何でも領主が気付かねーわけねーだろ」

「なんだ、このオレを疑うってか? さっき言っただろ。 何日もかけて本領の山の中を歩いて商人の荷車を襲うって」

「あ? ああ」

「商人の荷車がいつどこを通るかなんて、この地下でどうして分かると思うんだ」

「え?」

「官吏からの情報だ」

見張番の話ではなかったのか。

賊の出やすい所は都司からの命令で、各都に常駐する武官が見回ることになっている。 その行程はまず書簡で商人から宮都に知らされ、宮都で承諾されてから都司に知らせが行き武官が動く。 その商人の行程を宮都の官吏が目にするということである。

「まさか、だな。 ってことは・・・その、領主の周りに侍ってる・・・なんてったっけ。 ああ、お付きって奴らもか?」

疑われるかもしれないが、ここは念を押して訊いておかねばならない。

「そりゃないな」

疑うことなく答えてくれた。

「お前が知らないだけだろう」

「いや、ない」

「その官吏とやらに手玉にとられてるってことも考えられんだろ」

「そんなことをしたら官吏が自分で自分の首を絞めることにならーな。 宮のお付きってのは地下にはかすりもしてこねーんだよ。 誰よりも領主の怖さを知ってるからな」

「お付きも肝っ玉がちっせーてことか」

疑われはしなかったようだ。 少なくともこの男からは側付きやお付き、従者を怪しむことは無いと分かった。 見張番のことを言っていた程だ、口にこそしなかったがマツリもこの事を気にかけているだろう。

「それだけじゃねーと思うがな。 領主は城家主と違って配下にまっとうなことをしてんだろ」

「あの城家主のことを考えると、そりゃ納得がいけるか。 そうか、お付きはもちろんだろうが、官吏にしろ見張番にしろたんと貰ってるってことか。 それなのに金で釣られたか。 たんと貰ってるはずなのによう。 お偉いさんのするこたー俺には分かんねーな」

官吏や見張番を “お偉いさん” と言って揶揄して言ってみせる。

「そう言っちまうと官吏が可哀想だ」

「金で釣られた奴のどこがだ?」

「それゃ言えねーな。 それに肝のちっせーのは城家主だ。 城家主はマツリを一番恐れてるからな。 領主は宮を出ないがマツリは本領の中でウロウロしてるだろ、そのマツリが本領を空けた時に強盗に入る。 で、その為には見張番が必要ってことよ。 コソコソとしてやがるぜ」

(何を隠してやがる)

金で釣られたと言ってしまえば官吏が可哀想? それはどういうことなのだろうかとは思うが、見張番、いま男がその言葉を出した。 今を逃せば訊く切っ掛けをなくしてしまうかもしれない。

「へぇー、じゃ、その見張番ってのこそお前の知り合いか?」

わざとおちょくるようにニヤケてみせる。

「馬鹿言うな、官吏や見張番に知り合いなんかいるもんかい、顔も何も知らねーよ」

(知らないのか)

今はこれ以上訊くと怪しまれるかもしれない。 時を置いた方がいいだろう。
俤が胡乱な目で男を見る。

「なんだってんだ、その目は」

「どうしてそんなことを俺に言う?」

「お前の自信過剰が気に入ったって言っただろ」

「お前が今言ったことを俺が城家主に話したら、お前は生きてられねーってのにか?」

「お前はそんなことをするかい」

「何をもってそう言ってんだ?」

「自信過剰なやつは姑息なことをしねーってもんだ」

「はっ、お前のその思い違いを起こしている脳みそを、一度水で洗うこったな」

男が両の眉を上げる。

「そうしてみるか」

やけに嬉しそうな顔をして言う。

「なんだ? 気持ちの悪い」

「ここに来る前に息子によく言われた。 親父の腐った脳みそを洗えってな」

「けっ!」

「新顔に言ってる前に、お前がこんな地下にいつまでも居るんじゃねーよ。 さっさと出ちまいな」

新顔を見ると金を渡し、地下を出ろと言っていることだ。

「おい、どうしてそれを知ってる」

去ろうとした男の胸ぐらをつかんだ。

「目立ってる。 気を付けな。 陰でお前のことは言われている。 まぁ、悪いこととしてではないがな。 だが城家主にも気付かれてる。 目を付けられる前にさっさとここを出な」

俤が手の力を緩めた。 その手を男が掴んで胸倉から外す。

「お前は息子によく似てる」

男が路地に入って行った。 その背中を見ていたが、路地の奥で曲がって見えなくなってしまった。
己が疑われて城家主があの男を己に近づけたのだろうか。 すると今聞いた情報は作り事なのだろうか。

今聞いた情報をマツリに流し、見張番や官吏が捕らえられれば疑うことなく己が情報を漏らしたことになる。 試されているのだろうか。
いや、あの城家主ならそんな回りくどいことをしないであろう。 疑っているくらいならさっさと捕らえるはずだ。

「あの男・・・」

そう言えばあの男を何度か見たのは、視線に気付いて振り返ったり顔を上げたりした時だ。 己を疑って見ていたのではなく、あの男が言っていたように、息子と似ていて見ていたのだろうか。
そして城家主のやり方を言って己をここから出そうとしたのだろうか。 本領で正しく生きろと言いたかったのだろうか。 己が城家主に目を付けられる前に。

だが己がやっていることを気付かれても、疑われても城家主に捕らわれてもいい。 掴んだ情報はマツリに告げなければ。
いつもマツリと会う路地に向かった。



四方との挨拶をし終えた紫揺。 着替えている時に彩楓(さいか)からマツリから聞いたという話を聞かされていた。 もちろん紅香(こうか)も聞いていた。

『じゃ、本領領主さん・・・ああ、回りくどい。 四方様との御挨拶の後はどうすればいいんですか?』

“最高か” が目を合わせる。

『わたくしたちにお任せください』

“最高か” は宮内の隅々まで知っている。 最初はまるで紫揺がシキの元に行くように見せかけ、その紫揺を床下に誘(いざな)っていた。
門番にまでその姿を見せることは必要とされていないだろう。 もしそうであればマツリが違う言い方をしたはずだ。

「紫さまにこのような所をお歩き頂くのは申し訳ないのですが」

先を歩く彩楓が言う。
後方に目を光らせているのは虹香だ。
そしていつの間にやら紫揺の着る裾を持っているのは丹和歌(にわか)と世和歌(せわか)姉妹である。

「どうってことないです」

頭を打たないように腰を屈めている紫揺が言う。

彩楓の話しからリツソは普通ではない、何かがあったと覚ることが出来る。 『紫さまには何をご覧になっても大声を出されませんようにと』 彩楓が言ったそれはリツソのことであろう。 リツソを見て大きな声を出さない様になどと、どう考えても普通の状態ではないということだ。

「あと少しで出ることが出来ますので、今少しのご辛抱を」

「そんなに気にしないでください。 全然、大丈夫ですから」

彩楓が紫揺を振り返る。

「私より背の高い皆さんの方が大変でしょう?」

彩楓を見て言うが、それは紅香や丹和歌、世和歌姉妹にも言っている。

丹和歌、世和歌姉妹を紹介された時には、この本領領土は “か” で終わる名が多いのだろうかと紫揺が思ったが、そうではなく偶然だったようだ。

丹和歌、世和歌姉妹は “庭の世話か” と覚えたが、あくまでも後につく世和歌が姉だということは忘れないでおかなければならない。

「そのようなことを紫さまがご心配されるなど・・・」

「後でいくらでも腰を揉みます。 付き合ってもらって御免なさい」

「む・・・紫さま・・・」

彩楓だけではなく、他の三人も口の中で紫揺の名を呼んでいた。

床下を抜け裏側に出た。 そこは作業所(さぎょうどころ)と言われる場所であった。
腰を伸ばした紫揺と “最高か” と “庭の世話か”。 四人が辺りを警戒しながら作業部屋に進む。 いま宮ではリツソ探しに作業者もかり出されている。 辺りに人はいない。

彩楓が紫揺と “庭の世話か” と共に作業部屋の前に、紅香が作業部屋の裏に回った。 その紅香が医者を見つけた。

「マツリ様から言いつかってご案内して参りました」

紅香が医者に言うと医者が心得たように頷く。

「どちらに?」

「作業房の前にお待ち願っております」

「分かりました」

医者が木窓をコンコンと叩く。 暫くして木窓が開くと白煙が木窓からもうもうと出てきた。

医者が作業部屋の前に回る。 紅香がその後ろをついてくると医者が紫揺を含む四人の女人を目にした。 そのうちの二人は紫揺の裾を持っている。 裾を持たれている紫揺がリツソに会いに来た女人なのだと分かる。

「ここからお離れ下さい」

四人と後ろをついて来ていた紅香を二つ隣りの作業部屋まで退かせる。 薬草師が戸を開けると炙っていた白煙が出てくる。 それを吸わせるわけにはいかない。

間もなく、手巾で口を押えた薬草師が作業部屋から出てきた。 薬草師を追うように更に白い煙が出てくる。

「この煙をお吸いにならないよう、しばしお待ちください」

医者の後ろに居る五人に肩越しに言う。

「どうだ」

医者が薬草師に問う。
薬草師が首を振り「何の変化も見受けられません」 と答えた。

この中にリツソが居るのか? リツソに何があったのか、紫揺が不安を隠せない顔になっていく。

「こちらの方は?」

振り返った医者が紅香に問う。

「東の領土の五色様、紫さまに御座います」

何故か胸を張って言う。

「東の領土の五色様が・・・。 そ、そうですか」

紅香に言うと次に紫揺に目を向けた。

「紫さま、こちらにリツソ様が居られます。 この煙がなくなりましたら、リツソ様にお会いできますが大きなお声を出されませんよう」

大きな声を出さないようにと彩楓からも聞いているし、ややこしい話も聞いている。 それに人目を避けるように床下を通って来たのだ、秘密の事だと充分に分かる。 大声を出して誰かに見つかってはいけないだろうことは、言われれなくても分かっている。
いったいリツソに何があったというのか。

リツソの尻から尻尾でも生えてきたのだろうか、それとも背骨から山の形をした恐竜のようなイガイガが出てきたのだろうか、いや、それとも頭に角か。 足がなくなって人魚のように尾びれになったのだろうか、それとも嘴(くちばし)のようなモノが生えてきて河童になったのだろうか。
想像はどんどんと膨らんでいく。 でもどんな姿になっていても、リツソには違いない。

「リツソ君に何があったんですか?」

声を殺して言う。

「煙がなくなるとお会いできます。 リツソ様は今、薬草を飲まされて昏睡状態にあられます。 リツソ様にお声を掛けて頂ければ、お目覚めになるかもしれません」

医者の話から恐竜になったわけでも人魚や河童になったわけでもなかったようだ。 ほんの少し前には、どんな姿になっていてもリツソには違いないとは思ったが、紫揺に泣きながら抱きついてきたリツソを見下ろした時に、河童の皿が見えてはどんな顔をしていいのか分からなかっただろう。

安堵の息を吐きたかったが、昏睡状態と聞かされては安堵も何もない。

「昏睡?」

「今日の夕刻で丸三日になられます」

「三日?」

日本の医療であれば、昏睡状態が続いても栄養や水分は点滴や経管栄養から摂れる。 だがここは日本ではない。
医療のことはよく分からないが、それでも三日も水分を摂らなければ脳に支障をきたすかもしれない。 一刻も早くリツソに声を掛けたい。

「私は五色(ごしき)です。 五色(ごしょく)を一人で持つ者です。 煙を体内に入れないことなど容易いことです。 入ってよろしいでしょうか」

自信がなくとも自信ありげに言わなければ。 それに問うている言葉ではあるが、否とは言わせない口調である。

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