大福 りす の 隠れ家

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国津道  第27回

2021年04月19日 22時06分10秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第10回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


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- 国津道(くにつみち)-  第27回



「野崎さんのとこみたいに、寝室がリビングに繋がってるってのがいいですよね、僕の部屋はいちいち廊下に出なくちゃならない」

廊下に出て冷えたのだろう、少し不服気に言う浅香の手にはファイルが二冊持たれている。

「浅香ぁー、うるさい」

「あ、ごめんごめん」

今も祐樹と詩甫は浅香に促されたソファーに座っている。

「野崎さん、いいですか?」

声を殺してセンターラグに座った浅香の横を指さす、そこはソファーの対面である。 詩甫がソファーから立ち上がり浅香の隣に座る。 フレアーのスカートがふわりと空気を含む。

浅香がファイルをカーペットの上に置く。 それは祐樹が駅で見たファイルであった。

「野崎さんが救急で運ばれた時、あの時の隊員の一人があの土地の者だったんです」

詩甫が祐樹に怒られないように小声で話し出した浅香を驚いて見た。
その詩甫に一つ頷いてみせるとその時のことを話し、次に駅近くのカフェで会ったことを話し出した。

メールで自分は大学時代、社サークルであった。 運ばれた詩甫は同じサークルの後輩であった。 二人ともあの社に魅せられ色々調べようとしたが、材料が薄く調べがついていない。 そんな時、たまたまあの日乗ったタクシーの運転手から社について “睨まれる” というワードを聞いていた。 瀬戸に訊かれたあの時は詩甫のことがあったのですっかり忘れていたが、詩甫を医者に託してから思い出して、連絡先を訊いたと説明したという。

「瀬戸さん、って言うんですけどね」

瀬戸も他の家族と同じように、昔語りを幼いころから聞かされていたということであった。

「幼い頃はそのまま鵜呑みにしていたそうなんです。 その話は運転手さんと同じ話でした」

詩甫が頷く。
だが中学生の頃に疑問を持ったという。
祖父母がまだ健在であったから疑問を投げかけた。 今も健在であるが祖父母共に痴呆が始まっていて、今からは何も訊けない状態であるということを念押しして言う。

「瀬戸さんが訊いた内容は」

どうして社に大蛇がとぐろを巻いているのか、ということであった。
祖父母は互いに目を合わせた。

『婆さん、知っとるか?』

婆さんが首を振りかけ『・・・いんやー。 あぇ、そう言やぁ・・・』 何かを思い出したように首を傾けた。

婆さんが言うには、何故かは覚えていないが違う話を聞いたという。 婆さんの爺さんからは社に大蛇がとぐろを巻いていると聞いたが、婆さんの婆さんからは山に大蛇が居ると聞いていたということであった。

『わしの覚え間違えやったかのう』 と言ったという。

それを聞いた爺さんが

『んなもん、お山に大蛇が居るって、どれほど大きな大蛇じゃ。 社じゃ、社』

そう言ったという。

「で、瀬戸さんはあちこちに聞きに回ったらしいです。 地元人ならではですよね」

再度詩甫が頷く。

「結果、瀬戸さんの見解では皆がお爺さんのように言って、お婆さんの勘違いだろうということでした」

再生をされているテレビでは「コナン君」 と、蘭がコナンに話しかけている。

「このファイルは瀬戸さんが今まで調べたことを書いているコピーです。 コピーまでしてファイルにまとめて持ってきてくれました」

「え?」

「中学生の頃から始まって今もあの山のことを調べている、いや、積極的にはもう調べていないようですが、気には留めているということです」

だから今回、詩甫があの山から落ちたということで、浅香に訊いてきたということであった。

「・・・どうして」

「どうしてそこまでして調べようとするのかっていう、どうしてなら、その質問には・・・男ってそうなんですよ」

「は?」

「あ、男女差別になっちゃうか」

「え?」

「男でも女性でも疑問を持ったら突き進むっていう、特殊人物が稀に居るんですよ」

浅香がファイルを開く。 そこには何枚ものA4用紙がバインダーに挟まれている。

「この時はまだ稚拙な書きようですし、進展はありません」

バインダーに挟まれていたのは当時の手書き。 きっと本体はノートに書かれていたのだろう、罫線までしっかりと写しだされている。 バインダーをしても読みやすいように、端に寄せてコピーをしてある。

何枚かをめくる。

「ここです」

浅香が一つの文言に指を這わせる。

『お婆の子孫を見つけた!』

大きな字で書かれたそれを、きっと蛍光塗料のラインマーカーで囲っていたのだろう。 白黒のコピーをされA4用紙となっては、薄く墨を塗ったようになっている。 探し出すまでに相当かかったのだろうか、当時の少年がどれ程嬉しかったのかが窺える。

「お婆・・・」

タクシーの運転手が言っていたお婆の存在。 昔々のお婆。

「お婆が言ったことを訊きたいと接触をした」

読み上げながら動かす浅香の指を詩甫の目が追う。
その家では代々お婆の話が言い伝えられていると書かれていた。 その末裔に会ったと。

『お婆の話を聞かせて欲しい』

『どうして』

『おれはあの社に大蛇がとぐろを巻いていると聞いた』

聞いた相手が鼻から短く息を吐いた。

『でも・・・』

『なんだ』

『社じゃなく山に大蛇が居るとも聞いた』

『・・・誰から』

『婆さんから。 覚え間違いかもしれないって言ってたけど・・・』

『覚え間違いか・・・』

再度鼻から息を短く吐く。

『おれは真実を知りたい』

『どうして』

『疑問に思ったからだ』

『・・・そうか』

『おれはこの地で生まれ育った。 この地にずっと居たいと思ってる、 でもあの山には誰も入らない。 入ることを代々許されていない。 社があるのに誰も入ろうとしない』

『社か・・・あのお山には何百年と誰も入っていない。 それなのにどうしてお社があると知ってる?』

訊かずとも分かっている。 家々で昔語りがどれだけ変わってきているのかは知らないが、それでもこの少年は最初に言っていた。 昔語りでは社に大蛇がとぐろを巻いていると伝えられている、と。 少なくともお山に社があることはそこから知れる。

『・・・それは』

昔語りにそう言われていた、そう言えば済むことだった。
この地で生まれ育った者は、誰一人として山に入っていない。 決して入るのではない、そうきつく言いきかせられていたから。
何故知っているかと訊かれた。 正直に答えると怒られるかもしれない。 でも・・・。

『山に入ったから・・・』

山に入って社を見たから。

お婆の末裔がふん、と顔に皺をよせた。

『男には何も無いと言うからな』

そう言っただけだった。
怒られることは無かった。

『社か山かなんてどっちでもいい。 どうして大蛇が居て、なんでとぐろを巻いているか、それを教えてほしい』

末裔が口を曲げて少年を睨んだ。

『あ、えっと、なに・・・?』

言い方が悪かったのだろうか。

『お社かお山か、どっちでもいいだと?』

浅香の指が止まった。
ノートには今浅香が読み上げた会話が書かれていた。 そこには読み上げた以外にも書かれていることがあった。 それは少年が感じたことが書かれていた。

「すごまれて返事が出来なかったそうです。 それで最後は「帰んな」と言われたそうです」

浅香の指が一番下まで降りてトントンとその台詞の上で音を鳴らす。 この頁に来るまでに何枚かをめくっていた。

「どういう意味でしょう? お社か山か・・・そこで大きく違うということでしょうか?」

「分かりません。 瀬戸さんはそれからこの家を訪ねても玄関払いをされたそうです。 出禁ですね。 それで瀬戸さんなりに調べたらしいんですけど、以降はどこにも辿り着かなかったそうです」

コピーをされたファイルには、中高生時代に調べた細かなことが書かれていた。 それは日誌でもあり日記のようでもあった。

「どこかにヒントが無いかと思って何度も読み返すんですけど、それらしいのが見当たらなくて。 で、目が変わったらわかることがあるかもしれないって思いまして」

浅香が何を言いたいか分かった。 詩甫にも全部読んでみてほしいということである。

「はい」

「じゃ、お願いします」

そう言うともう一冊を詩甫に渡した。 浅香がコピーのコピーをしたようだ。 本体のノートから見れば孫になるとでも言おうか。

「それと、きっと野崎さんも同じように考えているだろうと思って曹司に言っちゃったんですけど」

浅香が言うには、浅香が曹司に向かって社を修繕する、祭とまではいかないかもしれないが、朱葉姫に民の姿を見てもらう、そう言ったという。
詩甫が微笑みながら聞いていた。 そして最後に頷く。

「私も朱葉姫に社を終わらせないといいました。 朱葉姫のお名前が今も残っているんですから。 朱葉姫のお名前を知っている人たちを朱葉姫に見てもらいたいと思っています」

詩甫も浅香と同じように考えていたということだ。 今度は浅香が詩甫に頷いてみせる。
淹れたコーヒーはもう冷たくなってしまっている。 どちらもまだ一口も飲んでいない。

「コーヒー、淹れ直しますね」

「あ、大丈夫です」

淹れ直させないために慌ててスヌーピーの柄が入ったカップを持った。 ちなみに浅香のカップもスヌーピーで、祐樹の飲んでいるオレンジジュースが入ったグラスは某ビール会社の名が書かれている。
ビール会社のグラスというのは分からなくもないが、どうしてスヌーピーなのだろうかと考えるが聞くに訊けない。

ふと目を上げると祐樹がテレビのリモコンを持っている。 画面に目を移すと録画一覧画面になっているではないか。

「祐樹! 勝手にしちゃ駄目でしょ」

三十分間のコナンが終わったようで、その次を見ようとしているらしい。

「ああ、いいですよ。 気にしないで下さい。 へぇー、祐樹君よそん家のテレビリモコンの操作が分かるんだ」

テレビのメーカーによったり、汎用のリモコンであれば操作が違ってくる。

「それくらい分からいでか」

「おおそうか、男だもんな。 リモコンくらい扱えなくっちゃな」

「祐樹・・・正直に言いなさい」

祐樹が最後のボタンを押して、バツが悪そうに詩甫を見てリモコンを座卓に置いた。

「オレん家と同じテレビ。 大きさは違うけど」

だからリモコンの扱いを知っていたということである。
祐樹が言ったように同じメーカーのテレビで、浅香の家のテレビは24インチ、祐樹の家のテレビは40インチである。

「あ・・・そうなんだ」

男同士で心のやり場に彷徨う。

「浅香うるさい・・・」

「ごめん」

オープニング曲も無くコナンが始まった。

詩甫が溜息をついて冷めたコーヒーを飲むと、まだ混ぜていなかったことを思い出した。 最後の一口は沈殿した角砂糖で砂糖白湯を飲んでいるようである。

「お替わり淹れましょうか?」

「あ、はい。 すみませんがお願いします」

口の中の砂糖を流したい。

浅香も自分自身に入れたコーヒーを一気に飲み干すと、下げたカップを流しに入れ、新たなカップにコーヒーを淹れて二人分持って来た。

「有難うございます」

新たに置かれたカップはまた同じスヌーピーのカップだった。
いくつ持っているのだろう。
フレッシュと角砂糖を入れると、スプーンで混ぜすぐに一口飲む。 口の中の砂糖が喉の奥に流れて行く。

カップに口を付けかけて上目遣いに浅香が詩甫を見て言う。

「喉乾いてました?」

喋っていたのは浅香だったのに。

「あ、いえ、そうではなくて」

理由を述べた。

「やっぱりあの時、淹れ直した方が良かったですね」

詩甫が首を振る。

「今度はちゃんと美味しく頂きます」

詩甫の視線が祐樹に移る。 ソファーにほぼ九十度に座ったままコナンを見ている。 オレンジジュースはまだ残っている。
詩甫につられて浅香も祐樹を見ている。

「どうして・・・」

「え?」

「・・・私がお社のことを諦めるとは思わなかったんですか?」

あんな事があったのだから。 朱葉姫にも曹司にも止められていたのに。 それなのにこうして資料を提示してくれる。
浅香が薄く笑う。

「あの時・・・病院で『有難うございます』 って言ってくれたでしょ? “有難うございました” 過去形ではなかったでしょ。 それに、僕のことを・・・存在を心強いと言っていたでしょ? まぁ、そこんところは照れる話ですが。 それは置いといて、それって野崎さんの決めた道を進むということではないのかと思って」

だから『昔語りにある大蛇、そちらから考えたい』 そこを突き進むのだろうと考えた、と言った。
ほんの些細な言葉、詩甫さえ気づかなかった言葉。 心から出た言葉。 それに浅香が気付いていた。

「それに野崎さん・・・」

浅香の言葉が止まる。

何? と言うように詩甫が眉を上げる。

「・・・朱葉姫の声を聞いたのは野崎さんです。 朱葉姫の気持ちを一番分かっているのは野崎さん・・・って、曹司が聞いたら怒るかな」

詩甫が相好を崩して下を向く。

「怒られるでしょうね。 でも、そう言ってもらえると嬉しいです」

曹司は千年以上も朱葉姫の事だけを考えて朱葉姫についている。 瀞謝の時の一年にも満たない時、そして詩甫として朱葉姫と時を過ごしたとは言っても、それは曹司のように濃厚ではないしあまりにも僅かな時。

「瀬戸さんでしたっけ」

話しが飛んだ。

「はい」

「瀬戸さんに朱葉姫と・・・と言うか、私たちの話は?」

「していません。 あくまでも社サークルで通しています」

詩甫は何を懸念しているのだろうか。

「そうですか・・・。 あの、お社を終わらせるにあたって祝詞を教えてもらった人が居るんですけど」

願弦の話をした。 祝詞を教えてもらい、修行と称した所作を習いに行くつもりだったということも、加奈から詩甫の怪我を聞いたことも。

「それで私が怪我をしたことに自分も一枚噛んでいるからって」

『その社のこと聞かせてもらえない?』 そう訊かれたという。
社のことを話すということは、何故閉じるかということ。 それは朱葉姫のことを、今も存在する朱葉姫のことを話さなければいけないということ。

「話せないと言いました」

だが詩甫がこうして浅香に願弦のことを話しているのは、願弦に話したいと思っているからなのだろう。

「どこまで信用できる人ですか?」

「私自身は疑うことなく信用しています」

浅香は今、詩甫から願弦は神職の学校を出た、だが兄が神社を継ぐからと、詩甫と同じ会社で働いていると聞かされた。
神職の心得があるのならば、社を閉じるに必要な人間と言ってしまえばそうだろう。 それは詩甫が習ったように知識であるのか実際に閉じてもらうのか、どちらにしても知識のある人物だ。

「・・・」

浅香が口を閉じてしまった。
やはりこの事は、朱葉姫のことは、当事者以外話さない方がいいのだろうか。

コト、という音で二人が顔を上げた。 祐樹がリモコンを置いた音だ。 座卓に置かれていたグラスに手を伸ばし、残っていたオレンジジュースを飲みだした。

「終わった?」

「ん」

飲みながら返事をした。

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