大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第54回

2019年06月24日 22時10分30秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第50回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第54回


「知りたいこと? ああ、そう言えば昨日そんなことを言っておったな。 あの娘がここが何処か知りたいと。 ここが何処なのか俺にあの娘に教えてやってくれ、と言っておったか」

「教えて欲しいとは言っていません! 我がシユラに教えます!」

そう言われれば途中で言葉を切ったな、と思い出す。

そうか、ではお前が教えてやれ。 と、いつもならそう言って終わるだろう。 だが、リツソがどういう説明をするのだろうか。 多分リツソには出来ないだろう。 協力をしてやってもいいかと考えているからには、教えてやろうか。

「それで? 何と言う?」

「え?・・・」

「ここは本領であって、東西南北の領土を統治している。 東西南北の領土はこの本領の元にある。 北の領土は四つの領土の内の一つ。 各々の領土の民の中には、他の領土のことを知らない民もいる。 とくに、南と東の領土の民が知らぬ。 北ほどに生活の営みが苦しくないからな。 他に目を向ける必要がないのだろう。 という事をか?」 

「あ、あ。 はい。 それを教えてやろうと思っております」

「だが、迷子と言っておったな・・・キュウシュウとか二ホンとかとも。 いったいどこから来たのか・・・」

これはリツソに対して言っているのではない。

「シユラはハッキリとキュウシュウと言っておりました」

「ああ、そんなことを言っておったな」

「そんなことではなく、そう言っておりました」

マツリの片眉がはねた。



「では、行ってまいります」

月夜に照らされリツソを乗せたハクロが己が主、マツリに言う。

「ああ、頼む」 そう言い残して、マツリがその場から離れた。

リツソの袖から出てきたカルネラが、肩の上にとまる。

今日シグロは居ない。 茶の狼と共に北の領土にいる。 
そのシグロ曰く

「ゆっくり出来ていいねぇ」 だ。

だからハクロが言い返した。

「では、代ろうか?」 と。

「御免だよ」 シグロが怖気だち身震いして応えた。


ハクロの走る背の上でリツソが問う。

「なぁ、ハクロ」

「はい?」

「兄上、おかしくないか?」

「はい?」

「・・・何でもない」

その時には気づかなかったが、こうして考えるとおかしなところが幾つかある。 例えば、いつものマツリなら首根っこをつまみ上げると 「この大馬鹿者が!」 と言って空高くブン投げるはずなのに、昨日はそんなことをしなかった。

いつもならブン投げられたリツソをマツリの肩の上で見送ったキョウゲンが、マツリの肩から羽ばたき、リツソに合わせて身体を大きくし空に舞い、宙に飛んでいるでリツソを鷲掴みにして四方の元へ連れて行くのだが、昨日は空に投げられなかった。

首根っこをつまみ上げたまま四方の元に連れて行かれた。 それに昨日はマツリの他出に同道させてくれた。 ましてや今日など、マツリがいないのに、リツソ一人を他出させている。 いったいマツリに何があったのだろうか、とリツソが考える。

ハクロにしては、走りながらリツソが何を言わんとしたのかを考えたが、全くもって分からない。

その時。

「アニウエ・・・・」 カルネラが初めていう言葉を言った。

「これ、カルネラ。 兄上ではなくてマツリ様―――」 言いかけて一旦口を閉じた。 そして続ける。

「カルネラは我と同じに兄上で良い」

「アニウエ・・・コワイ」

「カルネラ!」

思わず怒鳴ってしまったが、そう言えば日頃己が言っている言葉だと思い出した。 カルネラは己の独り言を、ずっと聞いていたのかと、改めて教えられた。 どこか心に隙間風が吹いた。 反省だ、今までの己を正さねば。 それに、紫揺にも言われた。 勉強と経験だと。

リツソが下がっていた顔を上げた。

「カルネラ・・・今度はシユラという言葉を覚えてくれ。 いいか、シユラだ。 シ・ユ・ラ」

カルネラがキョトンとしている。

ハクロが目を眇めたが、瞬時にしてその目を開放した。 全くもって関わり合いたくないのだから、考える必要などないと。


大階段を上り回廊を歩くマツリ。 今はもう月が出ている時だ。 だが月が出ているとはいえ、普通なら灯りがないと歩くことに二の足を踏んでしまう。 だが宮とご隠居の屋敷であるリツソのジジ様の屋敷では、それに不自由することはない。

歩く先でボゥッと光石が点灯するからである。 それはまるで自動点灯のように灯りをもたらす。
回廊を何度か曲がると自室に戻ったマツリ。 自室でも光石が点灯する。

「キュウシュウ、二ホン・・・」

部屋にある本の背表紙に人差し指を這わが、それらしいものが書かれたような本が見当たらない。 自然と眉根が寄る。

「これは、父上にお訊きせねばわからないか・・・」

本の背表紙を追っていた指が止まる。

紫揺自身のことを視られるのは、姉上であるシキだけだろう。 だが、土地のこととなれば、マツリがあまり知らない南と東の領土を見ているシキにも分かるだろうが、シキ以上に長年見てきた父上である四方の方が詳しいだろう。

もしシキが南と東の領土内で気になる村なりがあれば、食事の席で四方に訊くはずだ。 だが今までにキュウシュウも二ホンという土地の名も村の名も聞いたことがない。

マツリに北と西の領土、シキに南と東の領土を任せてからは、四方はその領土から手を引いている。 だからして、北と西の領土のことをマツリは詳しく分かるが、残りの南と東の領土のことはあまり知らない。

南と東の領土にはそれぞれ年に一度、祭が行われる時に行くが、領土内の詳しいことは知らない。 南か東の領土にキュウシュウや、二ホンという村か何かがあるのだろうか、と考える。

マツリとシキ、そしてリツソの父上であるの二つ名を持つシホウ。 『四方』 は、東西南北の四つの領土を統治下に治める任にある名であって、各領土に足を運ぶのはマツリとシキであっても、現在も四つの領土を治めているのは四方である。

そして二つ名のもう一つの名である『死法』と言う名はもう使っていない。 それは全て 『魔釣』 に任せたからである。

「姉上がお帰りになるまで待っていていいものだろうか・・・」 

先であろうが後であろうが、シキにお任せすると考えていたが、先に四方に訊いた方が、事が滞ることなく速やかに進むのではなかろうかと考える。 だが、

「・・・にしてもヤツ等に蹴られたくはないわな」

何故かハクロやシグロではなく、リツソと紫揺の顔が浮かんだ。


「シユラ―!」

ハクロから跳び下りたリツソが、掃き出しの窓をバンバンと叩く。

「リ、リツソ様! お静かに!」

ハクロが声を殺して言うが、リツソに通じない。

「シユラー! シユラ―!」

大声で怒鳴る。 と言ってもまだ声変わりもしていない子供の声だ。 辺りに深く響く声ではない。

「リツソ様! ―――」

ハクロが声を荒げかけた時、リツソがハクロを振り返った。

「ハクロ・・・シユラが居ない・・・」

「え?」

リツソの後ろに控えていたが、一歩二歩と前に進み出ると、ガラス越しに部屋の中を見た。

「・・・いませんね」

「シユラ・・・」 リツソが半ベソをかきかけた。

ここで大泣きをされてはどうにもいかない。 でも、己が主からは 『リツソをあの娘の所に届けてくれ』 と言われている。 ここで大泣きをされる前に咥えて走り去ることなどできない。 ハクロの全身の毛が輝ける白銀から、生気を無くした白になりかける。

と、その時、真正面に見える戸が開いた。 開けられた戸の向こうに紫揺の姿が見える。 そしてどこか蒸気立っているように見えた。

「あ! シユラ!」

ドンドンと窓を叩く。

「リツソ様! お静かに!」

諫言(かんげん)するが全く聞いていない。 だが救われたのは紫揺がすぐにリツソを見止めたからだ。

「リツソ君!」

走り寄って掃き出しの窓を開け、腰を屈めると膝に手を当てる。。

「シユラ!」

ああ、殆どロミオとジュリエットの世界だ。 だがハクロもリツソもそれを知らない。 紫揺に至っても、まさか自分がジュリエットなどとは思ってもいない。

「昨日も夜遅かったのに、今日も大丈夫なの?」

「うん! 兄上がハクロを呼んでくれたから、どうってことない!」

紫揺が居ないと思った途端、泣きそうになるほど寂しかった、悲しかったのだ。 そのすぐ後に紫揺を見られて嬉しい。

「そっか。 じゃ、父上様にも心配をかけないのね?」

「うん! 兄上が父上に話して―――」

ここまで言って兄上におんぶに抱っこだと気づく。 伴侶たるものそれではいけない。 いけないし、そんなことを奥に聞かせてはいけない。

「そんなことはどうでもいいんだ。 我はシユラに教えたいことがあって来た」

オレではなく我。 紫揺がそれに気付いたが、ここはスルーしよう。

「なに?」

「えっと、ここが―――」 ここまで言ってリツソが一度口を閉じた。

「どうしたの?」

「シユラ、今ここに居なかった。 何処に行ってたんだ?」

「え?」

「我が来た時、シユラはここに居なかった。 何処に行ってたんだ?」

「え? えっと、お風呂に入ってたんだけど?」

知らない言葉を言われ首を傾げる。 そして改めて紫揺を見る。 蒸気立ってしている。 それに髪の毛も濡れている。

「湯浴みか?」

「ユアミ? なにそれ?」

言いながらも、漢字を考える。 取り合えず、『ユアミ』 のユは『湯』 だろう。 水浴びを考えた時、『ユアミ』 の『ア』 は『浴』 だろう。 だから、湯を浴びたという事を言っているのだろうと思いみる。

「あ、そうそう。 身体が温まって気持ちよかった」

もしかしてリツソは立派なストーカーになれるかもしれない。 それとも、初恋のなせる業なのだろうか。

「なに? どうしたの?」

問われリツソ以外の男子であったなら、己の浅はかさに自嘲するであろう。 だがそれは普通の男子ならばの話である。 残念ながら普通の男子でないリツソ、立派にストーカーが出来るであろうリツソである。

「そうか! 湯浴みであったか!」

自嘲など遠い話。 思いっきり破顔する。 そして

「えっと、今日はシユラに教えたいことがあって来た」

うん、さっき聞いた、と言ってしまっては可愛そうか、と思っていると、リツソの肩に居たカルネラが、しゃがもうとした紫揺の肩に跳び乗ってきた。

「こら! カルネラ!」

思わずリツソが言うが、カルネラは意に介さない。 それに紫揺が嬉しそうにカルネラを迎える。

「カルネラちゃん、来てくれるの?」
紫揺の目が輝く。

「シユラ?」

「うん?」 リツソに言葉を向けるが、目はカルネラを見ている。

「シユラはカルネラが好きか?」

「うん、だってこんなに可愛いんだもん」

カルネラを見て言うと次にリツソに目を転じた。

「カルネラちゃんって本当に可愛い。 リツソ君が羨ましい。 私もこんなに可愛い友達が欲しい」

リツソにはカルネラがいる。 セキにはガザンがいる。 自分には・・・。

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