大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第50回

2019年06月10日 20時28分14秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第40回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第50回



確かにこの青年の言う通りだった。

紫揺が初めて狼たちを見た時、その会話が徐々に聞こえてきた。 普通の人なら唸りとしか聞こえないはずの声を徐々に鮮明に聞き取っていた。

初めて見た時は余りの大きさもあるが、初めて見る狼に恐れをなした。 それも1匹や2匹ではない、沢山の狼。 沢山でなくとも1匹でも十分に怖い。 だから身体が固まった。 だがその狼たちが最初は唸りだけしか上げなかったのに、その内にその唸りの言葉が分かるようになった。 それが何よりの驚きだった。

狼たちの会話が聞こえる。 そこで全く頭まで固まってしまって、コキコキコキとまるでからくり人形のように小刻みにしか身体を動かすことが出来なかった。

だからリツソが本領から来たと聞いて驚いたのだ。 何故ならあの時、黄金の狼が白銀の狼に紫揺のことは『まずは本領に知らせるべきだろう?』 と言っていたからだ。 白銀の狼もその返事に『本領に知らせる』 と言っていた。

その前に『屠る』 という言葉も聞こえていた。 だからその本領とやらで紫揺の何かが決まったのか、屠られるのか、まるで裁判で刑の宣告を待っている気持ちになっていた。



数刻前、ハクロの頭に乗ったカルネラがリツソの元に来た。 

「おお、カルネラ」

白銀の狼の頭にリツソが腕を出す。 その腕を伝ってカルネラがリツソの肩まで上がる。

「ハクロ、苦労であった」

その一言にハクロが踵を返した。 勿論、主である青年とシグロの居たところに戻るためである。
それを見送ったリツソ。

「カルネラ、父上の居られない所に我を案内してくれ」

キューイ、と返事をするが、カルネラなりに迷いがある。
何故ならばカルネラの主はリツソである。 カルネラはリツソの供であるのだから、リツソの言葉が一番である。 その主であるリツソが父上の居ない所に案内せよという。 だが、先程とーってもこわ~いリツソの兄上に言われたようだった。 兄上が何を言っているのかは分からなかったが、シグロが言っていた。 己が午睡を楽しんでいた木の元にリツソを案内するようにと。

カルネラがとってもとっても小さい脳を動かした。 僅かしかない脳みそを絞る。 と閃いた。
己が午睡を楽しんでいた木の元に、リツソの父上が居なければそれでいいのだと。

「カルネラ、イク」

そうカルネラが言うと、リツソの肩から跳び下り走り出した。

「カルネラ?」

いつものカルネラと全く違う後姿を見送ったリツソ。

小さい足で地を走ったカルネラが、塀を上ると午睡を楽しんでいた木の元についた。 辺りをキョロキョロしても、リツソの父上である四方は居ない。

リョウ(良)! と叫び、再度リツソの元に踵を返した。

リツソの元に戻ったカルネラが、リツソを木の元に誘導する。 壁を上れないリツソが大門ではなく、小門を潜る。 その道々リツソがカルネラに問う。

「カルネラ? どうしたのだ?」

「ナニ?」

「ナニって・・・。 いつものカルネラじゃない」

「ワレ、カルネラ」

「そっ、そうであるな。 カルネラであるな・・・」

何かがピンとこないリツソであった。
カルネラに誘導され、木の元に隠れた・・・つもりのリツソ。

「なぁ。カルネラ。 何かあったのか?」

どうしても納得できない。

「ナイ」

「我がカルネラを置き過ぎたことは分かっておる。 だから正直に言ってくれ。 何があったのだ?」

「ナイ」

今までカルネラを疎んじていたところがあったのは確かだ。 供として毎日連れていなかった。 だって、空を飛べないのだから。

だけどそうじゃなかった。

紫揺に言われた言葉は、ちゃんと頭の引き出しに大事にしまってある。 いつでも何度でも見られるよう鍵はかけていない。

紫揺の言葉。 『確かに空を飛べるよね、鳥なんだから。 でもサギもフクロウも地を走れないじゃない? 木に止まることは出来ても、リスみたいに素早い動きで木に登れなければ、木々の間を器用に移動することも出来ないじゃない?』

そうだった。 言われて初めて気づいた。 飛ぶだけが能じゃないんだと。 カルネラは我が供、もっとカルネラと共に居なくちゃいけないと。 でなければ、カルネラは言葉も覚えなければ、確かな主と供としての関係さえも築けないと。 そんなことを考えていた時、首根っこをつまみ上げられた。 足が宙に浮く。

「何をする! 我を誰と心得ておるかっ! 無礼極まりないっ!」

つまみ上げた者がクイと手首を返した。

「ヒッ! ・・・あ、兄上・・・」

リツソの目の前に兄上が居る。 それもとってもこわ~い目をして。

「禿び(ちび)、また何かやらかしたようだな」 

蛇に睨まれた蛙とはこのことだろうか。

「い・・・イエ、その様なことは。 我はこうしてカルネラと―――」

その蛙がゴクリと唾を飲み込むと、息を吹き返したように手をバタバタさせて訴えようとするが、最後まで聞いてもらえない。

「ずっと共に居れば、カルネラがもう少し話せるはずだが」

「そっ! それは―――」

炯眼(けいがん) を向けられピタリと手の動きが止まった。

「それは何だ」 

更に炯炯たる両眼に射られる。

「・・・」

「言えないか。 そうだな。 カルネラを見ていれば分かる」

「・・・兄上、カルネラが悪いのではありません」

「では何と」

「我が・・・」

「禿びが?」

「・・・我が悪うございました」

青年が驚いた。 このチビが、あ、いや、この我が弟のリツソが、己が悪いなどと認めることは今までなかったのだから。

「リツソが悪いというのか」

「・・・はい。 我がカルネラを遠ざけておりました。 だからして、カルネラがまだちゃんと話せないのです。 ですが、心改めました!」 

「改めた?」

この弟が心改めるはずなどない。 先程自分が驚いたのは一瞬にしてこの弟にしてやられたのかもしれない。 何か新しい策を持ってきたのだろうか。 騙されることなどはないが、リツソからは人を騙そうという気配を感じない。 だが、余りに日頃正直でないこの弟が、さも正直に話すのを訝しんで見る。

「はい! カルネラともっとイッパイ話をします。 カルネラは、地を走れるし、木々の間を器用に移動して木に止まることも出来るのですから」

青年にしてみれば当たり前に分かっていることであるが、リツソがそれに気付いたというのが・・・いや違う。 今までそれに気付いていなかったのかという方が驚きであった。

「どうしてそれを思い立った」 

「・・・それは」

リツソが口淀んでそれ以上を言わない。

すぐに青年には何かあったのだと分かった。 それは黄金の狼から聞いた話に繋がる。

「リツソ、俺は今晩お前の呼ぶシユラという者の所に行く」

「え?」

どうして他出から帰って間がない兄上がシユラのことを知っているのだ? 疑問は出るが、今はそれどころではない。

「ま、まさか! 釣るつもりじゃ・・・」

「釣るもなにも、俺はまだその者を見ていないのだからな。 まぁ、釣らなければならないような者ではなさそうだが」

「勿論! モチロン、モチロン! シユラはその様な者ではない!」

「今晩、お前も一緒に行くか」

「は、はい! 行きます!」

リツソの顔がパァっと明るくなった。 それだけで全てが分かった兄上であった。

「では、お前はシグロの背に乗っていけ。 いいか、分かっているとは思うが、行くのは月が出てからだ。 ウロウロしていると置いて行く」

「お、大人しく! 大人しくしております! ずっと、じーっとしております!」

「よし、ではその前に俺と一緒にこい」

「どこへ?」

「俺は他出の報告に、お前は父上に己のしでかしたことの謝罪にだ」

「兄上! 兄上! それは―――」

リツソの訴えなど知ったことではない。 首根っこを持ったまま回廊に上がっていった。 ちなみにカルネラは、首根っこを持たれたリツソの肩にはとまりにくいし、こわ~い兄上が居る。 すぐにリツソの袖内に入っていた。


一旦、北の領土に帰って来たハクロが、身体をブルブルと震わせた。 陽に照らされキラキラとした飛沫が飛ぶ。

「サッパリしたかい?」

「ああ」

「まるで背守りみたいだったよ」 鼻で笑いながら言う。

「早くそれを言え」

背守りと言えといったのではない。 背の汚れのことを早く言えといったのである。

「アタシだって、いつその背守りを付けられるか分からなかったんだから、アンタの心配をしている暇なんてなかったさ」

「背守りなどと言うな。 人間の子ではあるまいし」 鼻白みながら言い返した。



今日も家の周りを散歩しただけで、ずっと部屋に籠っていた紫揺。 常の紫揺ならそんなことはない。 これだけ自然に囲まれているのだ。 アスファルトであれば、膝や腰を痛めるところだが、地道なのだから宙返りをしたりして楽しめる。 それに裏には木々がある。 木に登ったり、道具を借りて自家製アスレチックでも作りたいところだが、如何せん、今の自分の立場が分からない。 気楽に居られるはずがない。

夕飯を終えたあと夜のストレッチを終え、掃き出しの窓の内側に座り、月明かりを見ていた。 
今日は雲一つなく綺麗な月が見える。 その月の周りに沢山の星が輝いてもいる。

「綺麗な空」
言いながら首を傾げる。

「これだけ綺麗な空と月が見られるなんて、それもあんないっぱいの星も。 これって簡単に見られないはず。 もしかして、ここって・・・北海道?」

思ったが、残念ながら北海道には行ったことがない。 北海道でどれだけ綺麗な空と月、数多の星が見られるのかを目にしたことはなかった。

「北の領土・・・屋敷からあの洞窟を通ってここに来た。 屋敷では波の音が聞こえてた。 どこの海なのか分からないけど。 屋敷も寒かったことは寒かったけど、ここほどじゃなかった。 普通の冬の寒さだった。 でも、ここと屋敷を結ぶ道は歩いて通った洞窟だけ。 なら、どうしてこんなに寒さが違うの? ・・・えっと、頭がこんがらがってきた。 とにかくここは北海道? 北海道って大きいから、北の領土と言われる所があるのかな」

頭をこんがらがせながらも、それなりに自分の居る場所を把握しようとして考えるが、北海道以外でてこない。
と、その時、月明かりに照らされて大きな何かの影が映った。

「へっ!?」

思わず腰を上げ月空を注視しする。 途端、

「シユラ!」

今度は真正面から声がした。 視線を真正面に変えると、そこにはリツソが黄金の狼の背に跨って走って来ていた。 リツソが黄金の狼の背から跳び下りると、黄金の狼は後ろにいた白銀の狼と共に数歩後ろに下がった。

掃き出しの窓を開けてしゃがんでリツソを迎えてやる。 と、その肩にリスがとまっているのを見止めた。

「あ! カルネラちゃ―――」

まで言うと、月明かりが無くなり一瞬あたりが暗くなった。

「え?」

上を見上げる。 するとリツソの後ろ上空に、大きな鳥が舞い降りてきて、その背から見たこともない銀髪の青年が跳び下りてきた。

大きな鳥は地に足をつけることなく、クルリと縦に一回転すると、その間に身体が小さくなり、フクロウの姿になった。 薄い灰色の顔から始まって、段々と羽先と尾にいくほどに黒い色をしたフクロウが青年の肩にとまった。

知らず青年の息が止まった。

「マツリ様?」

肩に止まったキョウゲンが我が主の名を呼ぶ。 主からの返事がない。 首を捻って主の顔を覗き込みもう一度名を呼んだ。

「マツリ様?」

「え? あ、ああ」

「如何なさいました?」

「何でもない」

そう言うと、青年が紫揺に慧眼を向けた。

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