大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第51回

2019年06月14日 22時25分08秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第50回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第51回



何があったのか理解できず、息さえ出来ずにいる紫揺。

「シユラ、大丈夫か? ほら、ちゃんと息を吸え」

リツソがしゃがんでいる紫揺の後ろに回り込んで背中をさすってやる。
そのリツソの声が遠くに聞こえ、なんとかヒュッと音を立てて息を吸う。

「ほら、今度は吐いて、次はゆっくりと吸ってゆっくりと吐け・・・ほら、息をして」

小さな手が心配そうに紫揺の背中を何度もさする。

「シユラ、恐れることはない」
手を止めて今度は紫揺の前に立った。

リツソが気遣って言うが、それでもこのシチュエーション・・・無理だろう。 人が鳥に乗ってやって来ただなんて。
だが、何とか息ができるようにはなった。

青年が一歩二歩と近づき、リツソの後ろに立つと看取したのか口を開いた。

「我はマツリ。 娘、何処から来た」

青年は最初に見たリツソのような服を着ていた。 ただ、その色は黒だ。 そしてリツソは短靴のようであったが、こちらは長靴のようである。

「兄上、娘ではなくて、シユラ」

「あ・・・兄上?」 出しにくい声で問いかける。

「そう。 オレの兄上。 ね、兄上、シユラは釣るような人じゃないでしょ?」

紫揺が無事息をしだしたのを見てとると、後ろに立つマツリを振り返った。

「確かにな。 だが、ここの領土の者でない者が、どうしてここに居るのかをハッキリとさせねばならん」

この北の領土の目の色をしていない。 明らかに北の領土の者ではない。

「だから、シユラは迷子なんだって」

リツソがいつもの話しかたと違う。 これもそうなのか? この娘のせいなのか? とマツリが目を眇めた。

「迷子などで、この領土に来られるはずはないのだが」

「だって、シユラがそう言ってるんだってば。 そう、シユラはここが何処か知りたいんだ」

「ここが何処かもわからないのか」

「兄上、ここが何処なのかシユラに教えて・・・」

まで言って言葉を止めた。 紫揺の困りごとを解決するのも、紫揺に何か教えてやるのも、全て伴侶である自分の役目なのだから。

「あ! 兄上、いい。 オレがあとでシユラに教えてやるから」
とは言っても、どう説明していいかは、まだ誰にも教えてもらっていない。

「何処から来たかくらいは分かるだろう」

先程からリツソが何を言ってもマツリがリツソを見ない。 ずっとシユラを見たままだ。 それが気に食わない。
それもそうだろう。 マツリは全て紫揺に質問しているのだから。 それに気付いていないリツソ。

「兄上、どうして我と話すとき我を見ない!」

(オレから我に変わったか・・・。 それに、疑問とは言え命令口調か? ふーん・・・)

軽く一瞥するとまた紫揺を見た。

無視をされたと思った。 伴侶たるもの、奥の前で誰かに無視されるとは、生き恥もいいところだ。 この上ない恥辱である。

「なんとか言ったらどうだ!」 拳を握りしめて言う。

これに慌てたのは紫揺だ。 息が出来るようになった後は、この二人の会話を聞いていたが、受け答えをするまでには回復していなかった。 だがリツソの態度があまりにも今までと違い過ぎる。 それに、あれほど恐いと言っていた兄上に対して、この口のききよう。 一つ大きく息を吸い大きく吐く。 そして

「リツソ君、有難う。 ちゃんと息が出来るようになった」 

紫揺の声に慌ててリツソが振り返り、憂慮わしげに尋ねる。

「シユラ、本当に大丈夫なのか?」

「うん」

リツソお気に入りの紫揺の 『うん』 に、リツソの顔がほころぶ。 それに応えるように笑顔を送ると立ち上がった。

「リツソ君の言うように私は迷子。 ここが何処なのかもわからない。 どこから来たっていうのは・・・」 

どこの括りで言おうか。 市? 町名? でも、先程まで考えていたことを思うと、市や町名では相手に伝わらないだろう。 そう、もしここが北海道なら、北海道の人に全然違う土地の市や町名を言ったところで、分かってもらえるはずがない。 ならば

「九州」

これなら分かるだろう。

「キュウシュウ?」

マツリが初めて聞いた言葉のように、眉をしかめ聞き返してきた。

(え!? 嘘でしょ!? いくらなんでも九州なら分かるでしょうよ・・・。 地理バカ?)

「シユラはキュウシュウという所から来たのか?」

リツソが問うが、紫揺の返事を待つことなくマツリが問う。

「そこはどこにある」

リツソがカッチーンときた。

「そ、そこはって・・・。 日本よ。 日本の中の九州よ」

これ以上どう説明しろというのか。

「兄上! シユラはちゃんと答えているだろう! 兄上の知らない所もあるんだ!」

マツリがやっとリツソを直視した。

「お前は黙っていろ」

睥睨する目が恐ろしいが、リツソもこのまま黙っているわけにはいかない。 何と言ってもここにシユラが居るのだから。 伴侶たるもの、誰かに黙されてたまるものか、それも奥の前で。 リツソが口を開きかけたが、それより先に紫揺が口を開いた。

「リツソ君の言う通りだわ。 私がここが何処なのか分からないのと同じように、兄上・・・アナタにも知らない所があるはずよ」

言いながらも、そんなことはないだろうと思う。 この日本で、九州を知らない人間が居るなんて有り得ない。

リツソが満面の笑みを作って紫揺を見る。 だって紫揺が自分の言ったことを認めてくれたのだから。
だがマツリは二人の考えていることなど全く考えていない。 今、アナタと言われたことに引っかかっている。

「さっき、我は名乗ったつもりだが」

そう言われて改めてマジマジとマツリを見る。

瞳の色は懐かしい黒色。 だが、染めているのだろうか、髪の毛は銀色である。 その肩甲骨の下まであろう銀髪の毛を、無造作に黒の平紐で首の後ろに括り、空を飛んで風に煽られたからであろうか、横の毛がその紐から数本落ちている。 身長は170センチ強か。 そして服装は、最初にリツソを見た時と同じような格好をしている。 1センチ程の幅に鞣した皮の紐を黒に染め、丸襟のベストのような形に編んであり、その下には横にスリットの入った膝丈より少し上の黒い皮の上衣、下は上衣と同じく皮の筒ズボンである。 足元は長靴。

紫揺の知るところではないが、この姿は本領から他出するときの服装であった。 本来ならまだ他出を許されていないリツソには不必要な服装であったが、ご隠居がいつでも他出できるようにとリツソに持たせておいたものをあの日初めて着たのであった。

だが今、服装なんてどうでもいい。 “マツリ君” なのか“マツリさん” なのかを見極めようとしていた。 早い話、年下なのか年上なのか。 だが、まったくもって分からない。

「・・・マツリ、と聞いたわ」

「そう。 お前の名はシユラと聞いているが」

「そう。 シユラ」

「ではシユラ、我に知らない所があると言うのか」

これまたリツソがカッチーンときた。 シユラと呼ぶのは自分だけだ。

「兄上! シユラのことをシユラと呼ぶのは―――」

まで言って口が開いたまま止まってしまった。

炯炯たる眼光を向けられたからだ。 眉目秀麗であるマツリだが、それだけに氷のように冷たくオソロシイ。

「チビが、黙っていろ」

声音静かに言う。 それがまたオソロシイ。 伴侶たるものの矜持さえ忘れてしまう。

リツソがピクリとも動かなければ、反論する様子もない。 訝しく思った紫揺がリツソに声を掛ける。

「リツソ君?」 

返事がない。 リツソの肩にそっと手を当ててこちらを向かせる。 素直に従ったリツソが、紫揺の胸あたりに顔を伏せしがみついて来る。

「どうしたの?」

紫揺とリツソの姿を見て、そして今までのリツソの態度に対してマツリが吐く。

「お前はまだその程度だ。 己を知ること―――」 

「黙りなさい」

両方の眉を寄せリツソを見ながら、リツソの頭を撫でてやりながら紫揺が言った。

白銀黄金の狼のアゴが外れかける。 キョウゲンにおいては、マツリの肩の上から落ちかけた。

「お・・・お前、今何と言った」

今にも歯をギリギリと鳴らしかねない様子だ。

「黙りなさいって言ったのよ。 早い話うるさいって言ったのよ。 これだけ頑張ってるのに、そんな子になんてことを言うのよ。 アナタ・・・マツリって言ったっけ、アナタの弟でしょ!? これだけ頑張っている自分の弟をどうして認めないの!? リツソ君の兄上なんでしょ、頑張ってるリツソ君を馬鹿にするようなことをどうして言うの!?」

マツリを睨み据えて言うとリツソに目を移した。

「ほら、リツソ君おいで」

リツソを部屋の中に招き入れ、硝子戸を閉めた。

白銀黄金の狼が、リツソを置いてこの場から逃げようかという目で、互いに見合わせたが

「ハクロ! シグロ!」 

マツリの髪の毛を結んでいた紐がスルリと解け、髪の毛が毛先から逆立ってくる。 そしてその銀髪が徐々に赤くなってきている。

「は、はい!」

逃げ遅れてしまった二匹が慌てて返事をするが、到底この場にいたくない。 巻き添えはゴメンだ。

「あの娘はどういう感覚を持っているんだ!」

「そ・・・それは」

白銀黄金の狼が目を合わせる。 そして口を切ったのは白銀の狼ハクロである。 何かを言わなければ巻き添えを食らうだけだ。

「そ、それは・・・我らよりマツリ様の方がご存知かと」

黄金の狼が頷く。

「なんだと?」

マツリの眼光が光り二匹を睨み据える。

「俺の眼がくすんでいるとでもいうのか!」

さらに毛が逆立ち赤くなっていく。

「そ、そんなことは申しておりません。 ここはシキ様に任せられた方がよろ―――」

「バカを言うんじゃないよ!」

すぐに黄金の狼が止めたが、時すでに遅し。

「なんだと!? 俺では不十分というのか!!」

「そ、そんなことはございません! ただ・・・リツソ様をご覧ください」

黄金の狼が視線を部屋の中のリツソへ向けた。

怒りが収まらないマツリではあったが、何故か黄金の狼の視線につられてしまった。
部屋の中には静かに涙を流しているリツソが居る。 いつものように大声を上げて泣きじゃくり、鼻を垂らしているわけではない。 そのリツソの頭や身体を撫でてやる紫揺の姿がある。 その間に涙も拭いてやっている。

「リツソ様はきっと、あの娘に心を開かれております」 

真実そうなのかどうかは分からないが、黄金の狼がとにかく巻き添えを食いたくない一心で言葉を探す。 それが的を射ようが、真実でなかろうがどうでもいいこと。 とにかく一度拾った命であるのだから、それを守りたい。 思わぬ事故になど巻き込まれたくない。

黄金の狼は『心を開かれている』 と言った。 だが、そうとは違う考えがマツリにある。
二人の様子を暫く見ていると、マツリの逆立っていた髪の毛と、赤く染まりかけた髪の毛がストップする。

白銀黄金の狼がゴクリと唾を飲んだ。

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