元・副会長のCinema Days

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オルテガ・イ・ガセット「大衆の反逆」

2022-01-16 06:16:56 | 読書感想文

 1930年に刊行された、スペインの哲学者による啓蒙書だが、驚くべきことに内容は現代でも十分通用する。それどころか、作者が危機感を抱いた社会的状況は、現在の方がより深刻化していると言える。まさに、今読むべき書物である。

 作者は、当時ヨーロッパ中に蔓延っていた“大衆”なるものを徹底的に批判する。彼の言う“大衆”とは、単なる民衆のことでもなければ国民のことでもない。いわば“大衆”とは、それ自体が何がしかの“権利”を当初から持っているものと錯覚し、その“権利”の真の価値や成立の過程などに無頓着な者たちのことだ。

 困ったことにそれらは“権利”ばかりを振りかざし、社会の中心へと躍り出て支配権を振るうようになってしまった。身も蓋もない“今だけ、金だけ、自分だけ”という本音を垂れ流し、自身が所属する共同体への帰属意識を限りなく希薄にさせる。さらには自分たちの価値観が“すべての人間に当てはまる”と過信し、“大衆”とは与しない少数派を冷遇する。

 1930年代のヨーロッパは、ナチスの台頭をはじめとする全体主義の萌芽が見え始めた時期だ。作者の地元スペインでも軍事独裁政権が続いていた。社会的リファレンスを持たない“大衆”は、ファシストの提唱する極論に何の疑問も持たずに共鳴し、暴走を始める。自分たちがやるべきことを忘れ、ひたすら“大衆”から外れた者たちを指弾して悦に入る。

 この憂うべき状況に対し、作者は何とか共同体を立て直すべくヨーロッパ連盟のような構想を示している。言うまでもなく、現在の欧州連合の思想の先取りだ。今のEUがすべて上手くいっているとは思わないし、この本が書かれた頃には多分に理想主義的(≒夢想的)とも言える主張だが、その志の高さは読む者を納得させるものがある。

 さて、現在の日本ではこの“大衆”が増殖し、手の付けられない状態になっている。知性も感情も衰え、自分たちの置かれた立場を深く考えもしない。オルテガが強調した、他者を尊重し権利を守ることの重要性に気付きもせず、くだらないルサンチマンにとらわれて社会の発展を阻害している。出口の見えない不況がそうさせたのか、あるいは元々そんな気質を持っていたところネットという媒体がそれを増幅させたのか分からないが、この“大衆の反逆”を押さえ込む方法論を見出さない限り、将来への展望は開けないのではないか。

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