元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

テッド・チャン「あなたの人生の物語」

2024-01-14 06:03:50 | 読書感想文

 1967年生まれの台湾系アメリカ人SF作家、テッド・チャンが2002年に発表した短編集。本書を読んだ理由は、表題作「あなたの人生の物語」がドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画「メッセージ」(2016年)の原作だと聞いたからだ。この映画は封切り当時に観ていて、感想も拙ブログに書いているのだが、正直あまり評価出来るような内容ではなかった。ただ、捻った設定が少々気になったので、あえて元ネタの小説をチェックした次第。結果、映画化作品とはかなり違うことが分かる。もちろん、クォリティはこの原作の方が上だ。

 テッド・チャンは大学でコンピュータ科学を専攻していたとかで、執筆作も多分に理系らしいロジカルな展開だ。ただし、決して理詰めで融通に欠けるわけではない。サイエンスを突き詰めた先にある神秘性や寓意性、そして宗教観にまで達する深みが、作品に一筋縄ではいかない奥行きを与えている。

 この表題作は宇宙的なスケールの御膳立てを見せながら、いつの間にか文字通り“あなたの人生”に帰着していくプロセスが実に巧みだ。映画版のように、筋立てが突っ込みどころ満載の通俗的シャシンとは次元が違うと思わせた。なお、この短編はシオドア・スタージョン記念賞とネビュラ賞の中長編小説部門を受賞している。

 このアンソロジーには他に8編の作品が収められているが、どれも素材はさまざまながら、平易な論理性の裏に底知れぬ奇想が渦巻いている点は共通している。それだけに、読んでいて引き込まれるものがあるのだ。特に印象的だったのは、古代バビロニアを舞台にした「バビロンの塔」である。前近代的な宇宙観が、実は当時には正当性を得ていたという着想の元、主人公の青年の先の読めないアドベンチャーにもなっているという卓抜な筋書きには唸った。

 「顔の美醜について ドキュメンタリー」は、人間の外観に関する美意識が科学的に解析されるようになった未来を描き、社会風刺満点のコミカルなタッチもあり面白く読ませる。なお、同書に収められた「理解」は映画化が予定されているとかで、これも楽しみだ。この作者はもう一冊「息吹」という短編賞があり(2019年出版)、機会があればこれも目を通してみたい。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「マイ・ハート・パピー」 | トップ | 「マエストロ:その音楽と愛と」 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読書感想文」カテゴリの最新記事