元・副会長のCinema Days

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「人間の境界」

2024-06-03 06:25:25 | 映画の感想(な行)
 (原題:GREEN BORDER)観終わって、目の前が真っ暗になってしまうような印象を受けた。監督はポーランドのアグニエシュカ・ホランドだが、本作は彼女の師匠であるアンジェイ・ワイダが1957年に撮った「地下水道」に通じるものがある。あの映画は徹頭徹尾マイナスのモチーフを繰り出して題材の深刻さを強力に訴えていたが、この「人間の境界」も、そこで扱われている“現実”には慄然とするしかない。

 ベラルーシを経由してポーランドとの国境を突破すれば、そのまま安全にEU圏に入ることが出来るという情報が難民たちの間に広がり、幼い子供を連れて祖国シリアを脱出した家族とその一行。彼らは何とかベラルーシ領内を抜けてポーランド国境の森林地帯にたどり着くが、そこに待ち受けていたのは武装した国境警備隊の非道な振る舞いだった。無理矢理にベラルーシ側に送り返されるものの、そこから再びポーランドへ強制移送されることになる。



 国境を挟んだまま落ち着く土地も見出せない難民たちが味わう地獄のような日々と、支援活動をおこなう人々や警備隊の中にあっても体制に疑問を抱いている者の視点を絡ませて描く。冒頭の、トルコ航空機の客席のシーンから不穏な空気が漂う。その暗い予感は的中するわけだが、そもそも彼らの存在が“人間の兵器”として敵対国を困らせる道具になっている点が悩ましい。

 そんな下衆な策略に翻弄されるばかりの難民には同情を禁じ得ないが、だいたい簡単に安全な国に逃れられるはずもないのだ。冷静に考えれば誰でも分かりそうなものだが、そんな正常な思考が脇に追いやられるほど、紛争当事国の事態は切迫している。これは国境警備隊の連中も同様で、自分たちがやっていることが単なる暴力行為であることを理解していながら、大半がそれ以外の選択肢に思い至らない。

 しかも、本編で描かれていた事情に加えて、昨今ではウクライナからの難民も国境を目指して押し寄せている。世界全体が“地下水道”に押し込められるように暗転し、取り返しの付かない状況になっていく様子をホランド監督は冷徹に描き出す。それでも、身を挺して難民の子供を守ろうとする者や、ある切っ掛けで支援活動に乗り出す市民、そしてリベラルな視点に目覚めてゆく国境警備隊のメンバーなどに言及することにより、暗闇の中に一筋の光を見出すような作者のスタンスが表現されているのは納得してしまう。

 152分という長尺で、しかもシビアな場面の連続ながら、観る者の目を最後まで釘付けにする求心力には感心するしかない。トマシュ・ナウミュクのカメラによるキレの良いモノクロ映像と、フレデリック・ベルシュバルの効果的な音楽。ジャラル・アルタウィルにアマヤ・オスタシェフスカ、トマシュ・ブウォソクといったキャストは皆好演。ホランド監督には今後も時代の前衛を走っていて欲しい。
コメント
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