元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「マリウポリの20日間」

2024-06-10 06:25:27 | 映画の感想(ま行)
 (原題:20 DAYS IN MARIUPOL )今世界で何が起きているかを知るためには、まさに必見の映画だと思う。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻開始から、マリウポリ壊滅までの20日間を記録したドキュメンタリー作品。切迫した状況でカメラを回し続けたのは、AP通信のウクライナ人記者ミスティスラフ・チェルノフのチームだ。ロシア軍の攻撃は容赦なく、水や食糧の供給は早々に途絶えてしまう。通信インフラも破壊され、チェルノフたちは外部とのコンタクトを取るために何とか電波が偶然にキャッチ出来る場所を探して町中を駆けずり回る。

 彼らは市民病院に前線基地を置くが、ロシア軍は病院に対しても無差別の攻撃を加える。多数のケガ人で院内は足の踏み場も無く、さっきまで生きていた市民もいつの間にか息を引き取っているという状況の連続だ、それでも病院側は、取材陣に向かってこの惨状を何とか国外に伝えてくれるように依頼するが、それだけ彼の国ではマスコミ報道が信頼されているのだろう。



 対してロシアではチェルノフたちが決死の覚悟で撮影した映像をフェイクだと決めつけ、犠牲者や困窮する市民はどこかの俳優が演じていると言い切る。この傲慢さには呆れるしかないが、意外と現場で身体を張って取材に挑むジャーナリストたちの働きが無ければ、外部の者はそんなロシアの見え透いたプロパガンダを容易に信じ込んでしまうのではないか。

 特に報道の自由度が著しく低い日本では、マスコミの姿勢を裏読みすることがエラいという風潮があり、その挙げ句に時事ネタに関心すら持たない層が多くなったように思う。もちろんそんな微温的な構図は、この映画の鮮烈なモチーフの数々を前にしては何ら存在価値を持たない。

 本作はまた、取材内容の重大さと同時に、映画的高揚をもたらす要素が盛り込まれていることも評価に値する。産声を上げない新生児を、叩いて泣き声をあげさせるという感動的なシークエンスをはじめ、チェルノフたちが厳しい環境の中で外部にコンタクトを取ろうとするサスペンスフルな場面、そして終盤のウクライナ軍の援護によって市内から決死の脱出を図るシーン。いずれも尋常ではない盛り上がりで、スクリーンから目が離せない。

 そしてジョーダン・ダイクストラによる音楽が抜群の効果だ。第96回アカデミー賞にて長編ドキュメンタリー賞を受賞。ウクライナ映画史上初のオスカー受賞作となっただけではなく、AP通信の働きに対してはピュリッツァー賞が授与されている。
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