元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「恐怖分子」

2022-02-27 06:53:53 | 映画の感想(か行)
 (英題:The Terrorizers )86年作品。今は亡き台湾の名匠エドワード・ヤンの初期作品にして代表作。映画全体を覆う緊張感と、ヒリヒリするような人物描写、そしてドラマティックな展開により、観る者を瞠目せしめる一編に仕上がっている。また、扱われるテーマは現時点でもまったく色あせず、むしろ深刻度は高くなっているように思う。

 台北の下町にある不良どものアジトが警官隊のガサ入れを受ける。そこから逃げ出した混血の不良娘シューアンの姿を、アマチュア・カメラマンのシャオチャンが撮影していた。身柄を確保されたシューアンは母親によって連れ戻され、自宅から出ることを禁じられる。ヤケになった彼女はイタズラ電話に興じるが、その電話に偶然出たのはスランプ気味の女流作家イーフェンだった。夫に話があると一方的にまくし立てるシューアンのデタラメな物言いを真に受けた彼女は、愛人のシェンと共に相手が指定した古アパートに出かけるが、そこにいたのは恋人と別れたばかりのシャオチャンだった。



 一本のイタズラ電話により、当事者の不良少女をはじめ作家とその夫、および愛人、カメラマン、そして警官ら、さまざまな者たちの間に大きな波紋が広がる。そしてそれは、各人が本来持っていた屈託や人間不信、人には言えない弱点をあぶり出し、加速しながら破局に向かってゆく。その様子は、まさに(後ろ向きの)スペクタクルだ。

 タイトルにある恐怖分子とは、誰もが心の中に持っている疑心暗鬼であり、それはコミュニケーションの不全によって熟成される。普段は体裁を取り繕っているため表に出ないが、何かの拍子で顕在化し暴走する。ハーフであるため周囲から阻害されているシューアンをはじめ、登場人物とそれを取り巻く社会的環境との関係はまさに“崖っぷち”の状態に達しているが、これは現時点で見ても決して他人事ではない。特にコロナ禍などで社会の分断が進んでいる今の状態は、この恐怖分子は限りなく増長している。

 E・ヤンの演出は才気走っており、どのショットも濃厚な密度が感じられる。ドラマ運びはキレ味満点で、映像展開は実に非凡だ。特にラストの恐るべき処理には観ていて鳥肌が立った。チャン・ツァンのカメラによる台北の町並みはノスタルジックで、かつ殺伐として異世界の雰囲気をも感じさせるという独特のもの。コラ・ミャオにリー・リーチュンシェン、クー・パオミン、ワン・アン、マー・シャオチュンといったキャストはいずれもクセ者ぶりを発揮。ウォン・シャオリャンの音楽も効果的だ。
コメント
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