元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「大楽師」

2018-09-23 06:56:08 | 映画の感想(た行)
 (原題:大樂師 為愛配樂)アジアフォーカス福岡国際映画祭2018出品作品。娯楽作品として面白く、しかもメッセージ性があり感銘を受ける。誰にでも奨められる、香港映画の秀作だ。

 チンピラのヨンは絶対音感を持ち、街にあふれる喧しい音に我慢が出来ない。そんな彼が精神安定剤代わりにしているのが、ネットからダウンロードした未完成の女性ヴォーカル曲だ。ある日ヨンが根城にしている海上に浮かぶイカダの家に戻ると、麻袋に詰め込まれた若い女チーモクが転がっていた。



 彼女は売れっ子歌手の恋人で、兄貴分が身代金目当てに誘拐したのだった。ヨンは監視役を命じられ、何かと反抗するチーモクに手を焼くが、彼女が実はくだんのダウンロード楽曲の作者と知って驚く。そしてチーモクも、ヨンの意外な才能と魅力に気付いてゆく。

 何より素晴らしいのは、音楽の持つ力を可視化している点だ。ヨンが音楽を聴くと、周りの風景が一変して全てが彼自身の心象風景に早変わりする。圧巻は、上納金を取り立てるヤクザ連中とヨン達との立ち回りの場面で、カーラジオからモーツァルトの曲が流れると、殺伐とした暴力場面がミュージカルになってしまうシークエンスだ。一歩間違えればベタなお笑いに終わるところだが、絶妙なタイミングと振り付け(?)により、目を見張る高揚感を味わえる。



 音楽好きのチーモクが、拘束された中にあってもあらゆる手段を使って楽曲を完成させようとするくだりも、実に健気で微笑ましい。ヨンとチーモクとのスクリューボール・コメディ的な展開の一方、誘拐事件とそれを追う警察との駆け引きはスリリングだ。

 後半の、身代金をめぐるサスペンスフルな筋書きから、解放されたチーモクが音楽コンテストに出場するまでの段取り、そして圧倒的なクライマックスとそれに続く気の利いたエピローグに至るまで、監督フォン・チーチアンの手腕が存分に発揮されて一時たりとも目が離せない。

 主演のロナルド・チェンとチェリー・ナガンはどちらも決して美男美女ではないが、見事な演技だ。そしていずれも歌が上手い。劇中でチーモクが作るナンバーがこれまた良い曲で、観た後もしばらくは耳から離れない。クリッシー・チャウやフィリップ・キョン、アーロン・チョウといった脇の面子も万全だ。ぜひとも一般公開を望みたい。
コメント
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