元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「仕立て屋 サイゴンを生きる」

2018-09-21 06:29:58 | 映画の感想(さ行)

 (英題:THE TAILOR)アジアフォーカス福岡国際映画祭2018出品作品。パッと見た感じは他愛の無いお手軽コメディで、一応ファンタジー仕立てにしてはあるが、どうにも薄く奥行きの無い映画としか思えない。しかし、中盤以降はそれなりに盛り上がり、けっこう満足して劇場を後に出来る。やはりこの映画祭には、本当に箸にも棒にもかからないシャシンは上映されないのだ。

 1969年のサイゴン。9代続いた由緒あるアオザイ専門の仕立て屋の娘ニュイは、欧米ファッションにしか興味を示さず、伝統を継承する母親の方針に反発している。そしていつの日か、自分の代でこの店をモダンなブティックとしてリニューアルすることを夢見ている。ある時、代々伝わった生地で作られたアオザイに戯れに袖を通してみたニュイは、突然現代のホーチミン市にタイムスリップしてしまう。

 彼女が現代で真っ先に遭遇したのは、首を吊ろうとしていた年老いた自分自身だった。あんなに繁盛していた店は潰れて荒れ果て、建物も人手に渡ろうとしている。何とか店を建て直そうとするニュイは、羽振りの良いファッション会社に潜り込んでノウハウを吸収しようとするが、時代のギャップがあって上手くいかない。

 アパレル業界を舞台にしているだけあって、前半はカラフルでポップな画面が目を引くが、撮り方が腰高で軽薄だ。その中にあって、ニュイの母親の厳格さだけが浮いているように見える。だが、舞台が現代になってくると、新旧のファッションの違いと衝突が前面に出てきて次第に興味を引く展開になっていく。

 思いがけずアオザイが再評価され、ニュイは製作を依頼されるが、母親の言うことを聞かなかった“新旧のニュイ”は両方とも仕立てる方法を知らない。そこで助け舟を出すのが、昔ニュイに疎んじられていた垢抜けない娘の成長した姿で、彼女はいつかアオザイがまた脚光を浴びる日を信じてその真髄を守ってきたのだ。さらに勤務しているファッション会社にもちゃんと仁義を通す展開にしているのは、観ていて気持ちが良い。

 チャン・ビュー・ロックとグエン・ケイによる演出は重みは無いが、大きな破綻は見られない。出演者も皆良い演技をしている。それにしても、ニュース画面で映し出されるベトナム戦争前のサイゴンの風景は実に都会的で洗練されている。それだけに彼の地が味わった辛酸を思わずにはいられない。
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